純喫茶
「はい、これが榛名くんの名前です」
「ありがとう。俺も書いていい?」
「どうぞ」
高城さんからペンを借りると、ルカは難しそうな顔をしながら次のページに書き写す。榛と湊の微妙な違いが分からず、高城さんに何度も教えてもらう姿に、俺は少しだけつまらない気持ちになった。
「タカギさんの漢字は?」
「私のはね」
ノートが半ページ真っ黒になり、何とか漢字が形になってきたところで、高城さんが俺の名前のすぐ下に自分の名前を書く。
「はい、これで高城 雫です」
「難しいな」
「ごめんね、田中花子とかが良かったよね」
「ハナコ?」
「えっと、フラワーチャイルド……?」
「フラワー!グッドだよ!」
「やだよ!雫の方が全然いいって!」
つい口走ってしまった後に気づく。失言とも言える高城さんへの呼び捨てに、罪悪感でまともに視線を上げられない。しかも二人の会話が盛り上がってる時に割って入って、だ。もしかしたら高城さんを嫌な気分にさせてしまったかも……。
「そうだね、ハルの言うとおり雫の方がいい」
「ありがとう」
「このページ貰ってもいい?」
「はい、どうぞ」
ルカは切り取ってもらった紙を丁寧に折ると、ジーンズのポケットから財布を取り出して仕舞い込む。
「榛名くんたちは今から出掛けるの?」
「うん、ルカに駅と商店街を案内して、行けたらヨーカドーの方まで」
「学校に藤間くんたちいたよ?」
「ルカのことはまた今度紹介するよ」
「そっか」
「忙しいのにありがとう」とその場を離れると、駐車場の端からルカに「バーイ!」と手を振られ、高城さんが恥ずかしそうに手を振り返した。
本当に得だな、アメリカ人って。
ルカの自由奔放のせいで、高城さんがなぜ制服姿であんな所にいたのか、聞きそびれてしまったじゃないか。いや、ルカがいなきゃ余計に話せなかったか。
「可愛い子だったな」
「まぁね」
「スイートか?」
「意味が広すぎて分からないよ。それに何でカタコト?普通に話せるだろ?」
「日本人って弱い人には優しいなーって」
「はぁ?」
しばらく歩いて駅前まで来ると、休憩がてら駅前の喫茶店に入ってみることにした。
毎日通学で前を通っているのに、入ってみるのは今日が初めて。
入り口を開けると感じのいいマスターが笑顔で迎えてくれて、ルカがスマホを取り出しながら「きっさてん、きっさてん」と覚えたての日本語を繰り返しつつ奥へ入っていく。
「いらっしゃいませ、お好きな所へどうぞ」
薄暗い店内はブリティッシュ風のクラシカルな内装で、ルカが興味深そうに装飾品を写真に収めていく。俺が適当に一番奥のテーブルに座ると、マスターがカウンターにいるルカに何か話し掛けながら、メニューを持ってきてくれた。
「じゃあ、これと、これをひとつずつ」
「かしこまりました」
注文を終えると、ルカはまたテーブルを離れて遊びだし、店内を一通りスマホに収めると、とうとうマスターまで撮りだしてしまう始末。
「おい、ルカ!」
「ああ、大丈夫だよ。僕からお願いしたからね」
マスターが席を立とうとする俺を、笑顔で止める。
「そうだよハル!かっこよく撮るよ!」
やれやれ、高城さんもマスターもルカに甘過ぎないか?って、俺も人のことは言えないが。