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ギャラリーランコントル  作者: 津村
13/42

特別な朝



【3】



 夜明けの澄んだ空気の中、俺は箒を持ってギャラリーの戸口に立っている。どんなに早くてもバイトは九時からだったから、何だか不思議な気分だ。


 一通り玄関周りを掃き終え、新聞配達のおじさんから朝刊を受けると、コーヒーの香りがしだしたキッチンへ戻った。


「朝早くからありがとう、ハル。ちゃんとタイムカードに書いておいてね」


 俺にマグカップを差し出すメアリーは、薄化粧こそしているものの、コットンのTシャツにジーンズという、普段では絶対に見ることのないラフな格好をしている。そして俺自身も、嗅ぎ慣れない匂いのするルカのブカブカなTシャツを着ているから、不思議な気分も相まって、まるで俺の方がニューヨークへ来ているみたいな感覚になる。


「いえ、これは泊めてもらったお礼です」


そんな風に日常から逸れた朝。開け放たれた窓から入る柔らかな風の中で飲むコーヒーは、いつもと違う味がして、鼻に抜ける香りも何だかとても奥深い。


「今朝はアトムくんのお散歩はいいの?」

「はい。妹が連れて行くので大丈夫です」


二口目を飲みながら、一瞬だけ日常に戻り、愛犬アトムのことを考える。普段滅多に外泊をしない俺が帰って来ないことを、あの呑気なアトムは心配してたりするのだろうか。それとも妙に賢い所があるから、余った夕飯を貰ってシメシメとほくそ笑んでいるかもしれない。後者だといいのだけれどと、子犬だった頃のアトムを思い出す。


「今度遊びに来たら、お兄ちゃんを返さなかったお詫びをしないとね」

「いいえ、甘やかさないでください。あいつすぐに調子に乗るから」


 小五の終わり頃から飼っているアトムの散歩は、主に俺が担当していて、たまにギャラリーまで散歩がてら連れてくることがある。動物は人を見る目があると言うけど、アトムは初対面のメアリーにやたら馴れ馴れしくて、出会って五分でお腹を見せる程だった。その上、頑張って丘を上がってきたご褒美にとメアリーから牛肉を貰ったものだから、しばらくは散歩の度にギャラリーの方へ行こうとして、止めるのが大変だったんだ。


「月曜日の朝にのんびり出来るって、最高ですね」

「今日の予定は決まったの?」

「まずはルカに富士山を見せて……」

「それは予定とは言えないわね」

「ですね。それから街を案内します。半月はメアリーと一緒にいれますけど、その後はしばらく一人でしょう?だからスーパーとか薬局とか、生活上、必要最低限のことは覚えてもらわないと」

「そうね。よろしく頼んだわ」

「はい」


それから口数少なくゆったりと贅沢な朝の時間を過ごし、パンの焼き上がる香りが漂い始めると、俺はソファから立ち上がって階段へ向かった。


 二階の廊下の突き当たりで足を止めると、夜明けと共に出てきたドアを三回ノックする。


 しばらく経っても反応はなく、もう一度ノックするも、中は静かなまま。背後の窓からスズメの群の騒がしい鳴き声が響く。


地球の反対側から来たんだから、ルカはきっと酷い時差ぼけになっているに違いない。無理に起こすのは可哀想。しかし一日でも早くこの国での時間に慣れてもらうしか。


「ルカ、朝だよ。入るよ?」


ドアを開けると、さっきとは反対側を向いて眠るルカが真正面に転がっていて、俺は蹴り出された毛布を避けながら枕元へ屈み込む。


「ルカ、おはよう」

「うーん」


ルカが眠りの中で、無意識に顔を枕へ隠そうとするのを制止しながら、脇腹を優しく叩く。


「もうすぐ朝ごはんだよ。メアリーがルカの為にパンを焼いてくれたんだ」


 ルカはやっと薄眼を開けて俺を見ると、数秒考えてから勢いよく起き上がる。ここがどこか分からないのか、クエスチョンマークを浮かべてキョロキョロするルカの姿に、ふと親戚の子供を預かってるような気分になった。ホームシックで泣くなんてことは無いと思うけど、心なしか話しかける声もいつもより柔らかくなる。






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