表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ギャラリーランコントル  作者: 津村
12/42

愛情表現


「未亡人って、まさかジョージさん……」

「末の娘がお腹に出来てすぐ、天に召されたの。不運な事故でね。あの時はとにかく急で大変だった」

「そうだったんですか」


 ジョージさんのことは、古い写真を見ながらほんの少しだけ人柄を聞いていただけだった。


 まさか早世していたなんて。


 しかし、ルカのことにしろ、ジョージさんのことにしろ、メアリーとはほぼ毎日顔を合わせているのに、家族のこととなると何にも知らないんだな、俺は。


「だから俺もアンナの妹のクロエも、ジョージに会ったことはないんだ。大好きだったって言えるのは、アンナから何度も二人のエピソードを聞かされていたから。例えば、ヨーロッパでの長いビジネス帰りのパーティーで、ジョージが三時間もメアリーのドレスを褒め続けた、とかね」

「ドレスを?」

「そう。あの人、出張から戻ってやっと会えたと思ったら、ドレスしか褒めないの。ヘアメイクに二時間もかけたって言うのに、男の人は分からないのね。三週間前の髪型も覚えてないのに、何が「そのドレスは君の為に存在している」よ。あのドレスはオートクチュールで、私の為に作られたのだから当然でしょう?それなのに、パーティーの間中ずっと「世界で一番素敵なドレスだ、君にしか着こなせない」って。それをアンナは不思議そうに見ていたのよ。なぜシャワーを浴びておめかしをした母を褒めないんだ、ってね」


 俯いて笑いを堪えるメアリーを見て、その時どれほど幸せだったのか伝わってくる。三時間も褒め続けてくれたんだ、きっとメアリーは嬉しかったに違いない。


「メアリー、ハルにジョージがメアリーを口説いたときの話もしてやってよ。ジョージを試そうと五時間も遅刻した話。あれ酷すぎて、何度聞いても笑えるんだ」

「いいえ、私はボーイフレンドに昔の男の話をする趣味はないの。だからもうジョージの話はお終い」


 そう言うとメアリーはすっと立ち上がって、空いた食器を流しに移しだす。「手伝います」と俺が立ち上がるより前に「二人はゆっくり食べててちょうだい」と言い残すと、メアリーは俺たちを残して、機嫌良さそうにリビングへ行ってしまった。


「やっぱりハルとはそういう仲だったか」


 メアリーの姿が見えなくなった途端に、ルカがニヤニヤしながらそう英語で呟くものだから、俺は慌てて否定する。


「ノー!」

「恋愛に歳は関係ない。そうだろ?」

「ノー!そういう問題じゃない。俺とメアリーとじゃ月とスッポンだよ」

「月って、ムーン?」

「そう」

「スッ、ポン……?」

「簡単に言うと、タートル。通じてる?発音分からないけど」

「亀だろ。月と亀って?」

「キレイな月と泥の中のスッポンとじゃ、物凄く違うってことだよ。ベリーディファレンス」

 

 説明の仕方が悪かったのか、ルカは難しい顔で考え込む。スッポンがアメリカにもいるのかは不明だけど、英語で説明しようにも、アメリカっぽい上手い例えが出てこない。


「キレイな月がメアリーで、汚い泥の中の亀がハル……か?」

「そうだよ」


 良かった、ちゃんと通じてるみたいだ。


「分からない」

「え?ちゃんと伝わってるでしょ?」

「ハルが汚い泥の中の亀なんて思えない」

「え。あ、違うんだ、それは物の例えで。つまり、美人なメアリーとこんな顔の俺とじゃ、不釣り合いってこと。不釣り合いっていうのは、アンバランス?アンマッチ?」

「分からないな」


 ため息混じりにそう言うと、ルカはお喋りをやめて黙々とおかずを口に運ぶ。もしかしてルカに何か変なことでも言ってしまったのだろうか?


 今さら後悔しても遅いけど、もう少し真剣に英語の勉強をしておくんだった。思えばこの一ヶ月、ルカへの第一印象ばかり気にして、ろくに英語の勉強をやってこなかった。


「そうだルカ、明日はどうしようか。何にもない所だけど、やりたいこととかある?明日は学校が休みだから、一緒にいられるんだ」


 この微妙な空気を変える為に、俺は声のトーンを上げてルカに話しかける。ルカは唇についた半熟卵を親指で拭うと、ちょっとだけ考えてから口を開いた。


「フジサンが見たい」

「富士山?」

「そう。富士山。日本と言えば富士山だろ?新幹線で見忘れたから……って、どうした、ハル?」


 ルカと交代して黙り込む俺を、ルカが覗き込む。


「うーん、富士山か……」


 これは参った。


「富士山、ないのか?まさか爆発した?」

「そんな、縁起でもない」


 またしても微妙な空気に、リビングで会話を聞いていたメアリーから、軽快な笑い声が投げ入れられた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ