女心と古い写真
横に座るメアリーからピシャリと言われ、ルカはむくれながらも素直に座り直す。そして、よそって貰ったご飯を再び左手に持つと、ツヤツヤの照りが魅惑的な角煮を一口で頬張った。幸せそうなその顔に、釣られて俺まで口角が上がってしまう。
ルカが男だというのは予想外だったけど、幾度も思いを馳せてきた相手と、こうして同じ空間に居られることはとても嬉しい。嬉しくて、飛び上がりそうなくらい。
それに正直なところ、容姿についての悩みも無くなって丁度良かった。これで安心して、ひと夏をルカと過ごせそうだ。
「性別なんかでこんなに驚くなら、初めからメアリーにルカの写真を見せて貰えば良かったです」
俺の独り言のような呟きに、ルカがまた席を立つ。
「こら、ルカ。貴方いつもそんな風なの?」
「こらじゃないよ!そうだよ!メアリー!なんでハルに俺の写真見せてなかったの?」
俺がルカの性別を勘違いしていたのも、元はと言えばメアリーがルカの写真を見せてくれなかったからだ。思えばメアリーから見せて貰っていた写真の全てが、ルカが生まれるずっと前……メアリーがまだ若かった頃のものだった。
「見せるわけないじゃない。私が持ってるルカの写真には、全て私が写っているもの」
「……なぜ?」
メアリーがお茶をひと口飲んで、俺とルカを交互に見る。
「なぜって、ルカが生まれた時、私はもうお婆ちゃん」
食卓の真ん中に宙へ浮いた間が出来る。俺もルカも、念の為メアリーへ疑問を投げかける前に理由を考えるも答えは出なくて、俺と同じ表情をしているルカが小首を傾げる。
「お婆ちゃんだから、何だって言うの?」
きっとそう言ったであろう英語を呟くルカへ、メアリーが視線を移す。
「女心が分からないの?まだまだお子ちゃまね」
「お子ちゃま……?」
ルカが通訳を求めて俺を見る。
「えっとー、リトルチャイルド?」
「リトルチャイルド……」
「つまり、お婆ちゃんになった姿の写真は、俺に見られたくないってことですか?」
「その姿でいつもハルと一緒にいるのに?」
「ハルに見せるんだもの、写りのいい物を見せたいに決まっているでしょう?それが女心」
それでメアリーの気持ちを察したらしい呆れ顔のルカが、頬杖をついて俺を見る。
「なんだ、二人はそういう関係だったのか。俺が邪魔なら言えばいいのに」
「なにが?ち、違うよ」
そりゃあ若い頃のメアリーとなら……いや、これは妄想にしても分不相応か。
「メアリー、ジョージが知ったら妬くよ?」
「ジョージ?」
聞き慣れない名前に、思わず反応してしまう。
「ジョージは私の夫の名前」
「あ。あの素敵な」
メアリーと一緒に写真を見ていても、今まで「主人」としか紹介されていなかったから、メアリーの口から初めて聞く旦那さんの名前に、少しだけ動揺した。
なぜ動揺?理由を探っても、言葉で捉えられるほど大きな感情ではないから分からない。けど、心にチクッと刺さるものがあるのは確かだった。俺は本気でメアリーを好きだったんだろうか。
いやまさか。まさかね。
「ジョージはメアリーのことが大好きだったからな」
「あの人だって、今頃あっちの世界で他の子と楽しくやってるはず」
「あっちの世界って?」
「そんなことも知らないのか?」とでも言いた気な表情のルカが、俺を見た後にメアリーを見る。
メアリーはグラスに冷たい緑茶を注ぎながら、口元を緩ませた。
「未亡人なの、私」