first name
「それでね、ハルってば俺のこと女だと思ってて、シャウトしたと思ったら今度は大っきな目でゾーンアウトするんだ。こっちはようやく会えてエキサイトしてたのに、ハグもしてくれないんだぜ?」
ルカは声を出して笑いながら、祖母であるメアリーに空港でのシーンを饒舌に説明してみせる。ルカの日本語は手紙よりよっぽど上手で、発音もハッキリしていて聞き取りやすい。
食卓にはメアリーとうちの母さんがルカの為にと作った料理が所狭しと並べられ、ルカはお喋りの合間に「美味しい」と喜びながら、慣れた手つきで箸を動かしていった。
どうやら本場の和食は口に合ったらしい。
「ごめんなさいね、ハル。私ってば肝心なことを言ってなかった」
「メアリーのせいじゃ……。ただ何となく名前の響きが女の子っぽくて、俺の勘違いです」
何とか無事にルカを画廊まで連れ帰ると、いつの間にか母さんが夕飯を差し入れていて、今夜はそのままメアリーの家でルカの歓迎会をすることになった。
「日本じゃルカは女の名前なのか?」
気に入ったのか、母さんが作った肉じゃがをおかわりしながらルカが聞く。
「男もいるだろうけど、日本じゃ女の子のイメージの方が強いんじゃないかな?」
「へぇ。そうなのか」
女だと思われていたことを特に嫌がりもせずに、ルカはまた思い出したようにクスクス笑う。
「ルカは俺のこと男だって分かってたのか?アメリカじゃハルって女だろ?女優のハル・ベリーとかさ」
「ハルは自分のこと僕って言ってたじゃないか」
「そっか」
「それにアメリカなら、ハルはファーストネームよりラストネームかな。ね、メアリー」
「そうね。それほど多くはないけれど」
「なら俺だって、ハルはラストネームだよ」
「そうなのか!?」
突然ルカが大きな体で立ち上がるものだから、俺はビックリしてメアリーお手製のエビ天を箸から落としそうになる。
「なんだよ、聞いてなかったのか?」
「聞いてない!メアリーにはハルって名前だからって言われてただけで。メアリー!!」
「そういえば俺、メアリーの手紙と同封だからってハルとしか書いてなかったかも」
「ごめんなさいね、ルカ。私ってば肝心なことを言ってなかったみたい」
「それはさっき聞いたよ!!」
両手で顔を覆うオーバーなアクションでショックを表現するルカに、本当にアメリカ人なんだな、と感慨深くなる。そうだ、目の前に座っているのはたった十数時間前まで海の向こうにいた、正真正銘のアメリカ人。言葉の端々に発せられる英単語もネイティブで、手足もモデルみたいに長く、本当にこの人は、あの達筆な筆記体を書く、あのルカなんだ。
「それで?」
「それでって?」
メアリーに三杯目のご飯をよそって貰いながら、ルカが俺の目を見る。
「ファーストネームだよ!ハルの!」
「ああ。ミナトだよ」
「ミナト?」
「そう。俺の名前は、ハルナミナト」
「ハルナ、ミナト」
「ハルナっていうラストネームも、日本じゃ女性のファーストネームとして使われてるから、ちょっとややこしいけどね」
「ハルのフルネームの漢字、教えて!」
「それはご飯を食べ終えてから。ルカ、座りなさい」