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七月二十九日  練炭

 七月二十九日

 今日も奴は天井裏から私を覗いている。掃除中、本棚の上にハタキをかけつつ天井を一瞥すると、天井板の節穴に奴の眼球が確認できた。

 それにしても、昨日はえらい目に遭った。何とか隙を見て逃げられたからよかったものの、スズメ蜂の恐ろしさは想像を絶していた。次はもう少し手軽で現実的な方法を考えよう。

 相手にさとられず、かつ、警察沙汰にもならない殺害方法。なるべく日常生活に即したものがいいだろう。

 その時、妙案が浮かんだ。屋内で発生し得る死亡事故として、一酸化炭素中毒がある。毎年冬になると暖房器具の不完全燃焼による死亡事故がニュースになる。これは使える。

 早速、私は町の金物屋に七輪と練炭を買いに行った。一時期流行った練炭自殺を連想させる組み合わせのせいで店主が訝しげな顔をしたが、無事に購入することができた。帰りに肉屋と八百屋に寄る。

 部屋に戻り六畳間の中央で火を熾す。火力が強くなるのを待つ間、買って来た肉と野菜を切った。

 真冬ならともかく、夏の盛りに部屋で暖を取るのは不自然だ。そんなことをすれば天井裏の奴も異変を察知するに違いない。ここはあくまでも自然に、日常生活の一環として、焼肉をすることにした。

 私は、練炭が不完全燃焼を起こすように食事中こっそりと細工し、食後何食わぬ顔で外出すればいい。後は一酸化炭素が奴を始末してくれる。誰も、殺意を持って焼肉を食べたとは思うまい。警察も火の不始末による不慮の事故として処理するだろう。

 火加減がいい塩梅になったのを確認し、七輪に金網を置いて肉と野菜を並べた。ジュウッ、と肉の焼ける音とともに白い煙が立ち上る。肉から滴り落ちた脂が炭に触れて小さな炎が上がった。肉の焼ける香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。部屋を閉め切っているので、狭い六畳間はあっという間に煙が充満した。煙が目にしみる。

 煙たさに閉口しながら、食べ頃の肉を一枚頬張る。美味い。やはり炭火焼は格別だ。肉の内部に閉じ込められた肉汁が、噛んだ瞬間、口一杯に溢れた。これが遠赤外線効果というやつか。

 しばらくの間、焼肉に舌鼓を打ち、気が付くと炭は灰になっていた。

 不完全燃焼させるはずが、すっかり完全燃焼してしまっている。もう一度火を熾そうにも練炭は使い切ってしまったし、食材も底をついた。

 またしても作戦失敗だ。

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