七月二十七日 眼球
七月二十七日
今日も奴は天井裏から私を覗いている。首のこりをほぐすふりをして天井を仰ぐと、天井板の節穴に奴の眼球が確認できた。
奴の存在に気付いたのは三日前。天井の隅に張った蜘蛛の巣を取り除こうと箒を振り回していた時のことだ。
就寝前に天井の節穴の数を数える習慣のある私は、前々からその穴の存在、形状は熟知していた。しかし、その時見た穴は、私の知るそれとは異なっていた。いつもは黒一色の楕円形に、別の色が混ざっているように見えるのだ。けれど、いくら目を凝らしても、違和感の正体は判然としなかった。
それが人間の目だと気が付いたのは、やはりその晩のことだった。眠る前に歯を磨こうと洗面所に立った私は、ふと洗面台の鏡に映る自分の顔を見た。顔の中央に穿たれた二つの穴。そこに嵌まった球体。それはまさしく、節穴の向こうの違和感と同一のものだった。
一瞬にして血の気が引いた。そして潮が引いて満ちるように、次の瞬間、爪先から脳天まで一気に血が上った。逆流した血液で脳が熱い。頭蓋骨と頭皮の間がぞわぞわとむず痒い。無数の蟲が這い回っているようで頭を掻き毟った。破れそうに激しく脈打つ心臓が、壊れたポンプのように、容赦なく血液を押し出し続ける。
私は、胸の痛みに耐えかねてその場にしゃがみ込んだ。
私の暮らすアパートは築六十三年の木造二階建だ。部屋は六畳一間の和室に、狭い台所と風呂とトイレのみ。最悪なことに件の節穴は、六畳間に敷いた布団の真上にあった。
台所で寝ようか、とも考えた。しかし、私が相手の存在に気付いていることを、相手にさとられるのは危険なことに思えた。
ちりちりと焼けるような感覚のする首筋を擦りながら逡巡する。
覗きが目的なのか、それとも私の命を狙って身を潜めているのか。いずれにせよ、相手の目的が分からないうちは下手に動かないほうがいいだろう。今はまだ知らぬふりをして相手の出方を窺うことにしよう。
私は意を決し、天井に意識を向けないように注意しながら、六畳間に戻った。普段どおり寝支度を整えて、なるべく自然に布団に潜り込む。頭まで掛け布団を被り、きつく目を瞑った。
しかし当然眠れるはずもなく、その日はまんじりともせずに朝を迎えた。
それから今日で四日。奴は何をするでもなく、ただ天井裏からじっとこちらを見ている。




