表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/9

五人目(死刑宣告)


 面会日程:十二月十六日~十二月十八日

 面会可能時間:午前十一時から翌翌午前十一時


 今日、どうしよう……行きたく無い。


 どうしよう……。


 あっ、昨日の人だけ、失敗作かもしれないとか?


 でも、今日も同じなら?


 今日も同じなら、どうすればいいの?


 前の二人だって、わたしが約束やぶったって知ったら……。


 いや、三人目は知っているから、もう三人目に決めちゃえば……。


 でも、あの怖い一面を持っていたら、いつか何かのはずみで、あんな風に……。


 それは他も同じ、いや、彼以外の男なら誰でも同じかもしれないし……。


 なら、やっぱり三人目で決まり。


 だから、今日は無し。


 逃げる様に結論を出すと、すぐに研究所に電話をした。


 五人目との面会をキャンセルするためだ。


「五人の約束でございます」

 担当者さんは、当然そう答える。


「だって、もう決めちゃったし、必要無いかなって」


「モニターとしての役目を果たしていただけないのであれば、割引は適応外となりますが、よろしいので?」

 今までに感じた事の無い威圧感のある声で、担当者は告げた。


「わかり……ました。 ちょっとだけ遅れますけど、必ず行きます」


「昨日も、本来は時間の短縮も認められないのを配慮いたしました。

 あまり遅れませぬ様、お願いいたします」


 金額が大きすぎる。こんな事になるなんて……。

 仕方ない、日中は適当にごまかして夜は預けちゃう。 それで、大丈夫。



 三十分ほど遅れて研究所に着いた。

 面会室に入ると、彼が待っていた。

 昨日の記憶が、やはり蘇る。

 近づけない……足が前に出ない。


「当子」

 彼が名前を呼んでくれた。


 不思議と、足が動き出した。

 あれ? なんだろう、この感じ……。


「和希」

 名前もスムーズに呼べた。


「当子、どうした?」

 妙な違和感に、戸惑っていると、彼が声をかけてくれた。


「やっと目覚めたのよ」

 台本通りの様に答えた。


「ああ、そうらしいが、なんとも、よくわからなくてな」


「良かった」


「ああ、よかった。 そして、ごめんね。 たくさん心配かけただろうし、それに、結婚式できなくて……」

「いいのよ。 今、こうしていられる事がどれだけ……」

「なんか、照れるな。 人が見てるし」

「ごめんなさい、あまりに嬉しくて」

「いいさ、悪い気分じゃ無いからね」


 台本通りに進む。


「この後、二日間くらい自由にしていいらしい。 どこか一緒に行ってくれるかな?」


「もちろん」

 そう言って、手を引いて研究所を出た。

 担当者さんへの会釈には感謝を込められなかった。


 そして、研究所を出てすぐに彼が言った。

「記憶が、いろいろ消えてると思う。

 大学二、三年の時とか、その前も、けっこう抜けてるのがわかるくらいに」


「え?」


「記憶喪失って言うのが、実際どうなるのかわからないけど。

 自分が誰とか、君が当子ってこともわかるから、たぶん違うと思う。

 これ、治療すれば治るのかなぁ」


「きっと大丈夫よ、目覚めたばかりでしょ。 わたしも、協力するから」


「そうだね、頼りにさせてもらうよ」


 ああ、この人も不良品なんだ、やっぱり三人目で決まりかなと考えてしまった。

 その日も、これまでと同じ行程をこなした。 だけど、宿泊は無しで、彼は研究所に連れて戻ってきた。


「また、明日来るからね」

 いちおう視線を合わせてから、手を振って、面会室を出た。

 なぜか、寂しそうな顔が、目に焼き付いた。


 家に着いて、すぐにベッドに横になる。 なぜだろう、今日の彼の顔が思い出される。

 だから、今日について考えて見る。

 予想に反して、楽しかった様に思える。 彼の落ち着いた雰囲気のおかげだろうか。

 それは、最も彼に近い様な気がする。

 そういえば、話し方も……。



 翌朝、十一時に研究室を訪れる。

「おはよう」

 そう彼に挨拶する。

 今日の日中は動物園の予定。私が好きなのです。

 今日も、できるだけ普通を装ってデートをこなした。

 そして、今は、もう夕刻、ベンチで休憩しているところだ。

 もう、あまり時間が無いので、彼には申し訳無いけど、試させてもらう事にする。

 真実を話して見るのだ。 これまで、小さなことでも相談していたのを思い出す。


 彼は、突拍子も無い話を、何も言わずに聞いてくれた。

 そして、答えてくれた。

「確かに僕もCMは見た事あるけど、なんて言ったらいいか……だけど、それならば納得もできる」


「本当だと思って考えて欲しいの、難しいなら、そういうシチュエーションの演技だと思ってくれてもいいから。

 それから、本当にごめんなさい、あなたは……」


「それ以上言わなくてもいいよ。 わかったから」


 わたしは残酷だ。 彼にとっては、五分の四の確率で死刑宣告と同じなのだ。冗談では無く、生死を意味する。

 それに気付かなかった。

 わたしは、自分の幸せしか考えずに、結果を見落としていた。

 それでも、落ち着きを失わずに真摯に答えてくれる。 優しすぎる。

「ありがとう」


「昨日の僕は、本当に僕なのかと疑ってしまう。

 そんなことって言ったら怒られるかもだけど、僕には、そこまでの怒りの感情を出せる気がしない。 ショックは受ける事だよ、ものすごく」


「うん」


「僕は、君の言う事を信じる。だからこそ、僕の答えも信じて欲しいのだけど……」


「うん」


「昨日の僕は、やっぱり僕じゃ無い。 君を傷付ける事など決してしない、そう自信を持っているから。

 それに、人間を完全に再現するなんて無理だと思う、

 事実、僕には記憶がたくさん欠けている。 不良品になるのかな。

 だから、彼は、君を思う部分が少しおかしくなっていたのだと思う」

 私を見つめる瞳は、昨日の彼とは明らかに違う、わたしの好きな彼の目だ。


 だから……

「ありがとう。 あなたを、信じます」


「今の僕は、君に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 僕本人が死んでしまったこと。どれほど、悲しませてしまったかは、僕を生き返らせる選択をしてくれたことでよくわかる。

 そして、今、君の心に大きな傷を付けているのが、僕だという事。

 本当にごめん。

 六人を勝手に代表して、謝らせてください」


 彼は大きく頭を下げて、中々上げてくれなかった。

 そして、頭が上がった。

「ここからは、個人としての僕から言わせてください。 心からのお礼です。

 僕を生き返らせてくれたこと、何よりも感謝している。

 記憶では、ここ数日、毎日会っているのが不思議だけど、一昨日でそれが終わっていたとしたら、どれほど恐ろしい事か……。

 だから、昨日からの時間は、本当に幸せだったと思う。

 後は、君の選ぶ僕に任せる。 他人のものになるよりも、どれほど嬉しいか……」


 少し間を置いて、彼は続けた。

「……形容のできないほどの思いは、やっぱり言葉では伝えきれない。それは残念だけどね」


「ごめんなさい、ごめんなさい……」

 涙が溢れて来た。 この人は、自分の運命を悟っていてもなお、わたしを肯定してくれている。

 死んだ記憶を消された彼は、わたしの話が死の宣告になるだろう。 しかも、残り時間もわずかしか無い。

 それを受けて、笑顔で語っている彼に、申し訳無くてしかたがなかった。


「謝らないで、そして、泣かないで、

 ほんとに、僕は、感謝しているんだ。 君が、僕を思ってしてくれた事なのだから」


 真摯なその瞳に、笑顔を返したかった。 だけど、消えない後悔に、涙は止まらなかった。

 でも、

 どうしたんだろう、胸はどきどきする。 悪い感じでは無く、今まで忘れていた感覚……。

 そんな心の違和感に戸惑いながら、

 その日の夜も、研究所に彼を送り、わたしは家に帰った。


 実は、少し後ろ髪を引かれた。 五人目の彼は、わたしの折れていた心を、確かに癒してくれたのだから。

 それでも、家に着いて考える事があった。 選ぶ一人を誰にするかだ。

 回答は明日の午後。

 ちゃんと決めないといけない。でも、これも深く考えていなかった事に後悔する。


 メモは取ってたけど、実はあんまり役に立たない。

 わたしって、ほんとに無責任。また少し涙が出て来た。

 四人目は除くとして…………ここまでしか進まない。


 一人目は、顔がちょっと違ってたし、良い方にだけど……。でも、嬉しすぎたせいか実はよく覚えて無い……おかしいなぁ、担当者さんの話では一番目が有利って言ってたのに。


 二人目は、すごく普通に彼だった気がするのに、なんでこんなに印象に残って無いのだろう。


 ああ、でも、やっぱり約束の件もあるから三人目しか無いのかも……他の二人が四人目の様にならない保証は無いし。

 他の人を選ぶポイントが無いから無難かな。

 でも、他の四人を思うと覚悟はできなかった。迷いは晴れずに不安が募る。



 翌日、

 五人目の彼と会えるのは、研究所にお泊りしてもらったから、十時から十一時の朝一時間だけになる。

 あまり時間が無いから、徒歩三分ほどで着く近くの公園を散歩することにした。

 午前中ということもあるのだろうか、それなりに広いからか、公園にはあまり人がいなくて、空いていたベンチを見つけて腰掛けた。


 最初は、わざとらしい会話をしていたものの、

 彼は、どんな気持ちなのだろうと思ってから、

 そう思うと言葉が出てこなくなった。

 そのせいで、なんだか重くなってしまった空気は、彼の一言で変わった。


「君の選ぶ僕宛に手紙を書いたんだ」

 急に彼が、手紙を取り出してそう言ったのだ。


「わたし宛じゃ無いんだ」

 変な返しをしてしまった。 これは……やきもちじゃないよね。


「読んじゃだめだよ」


「どうしよ」


「こらこら」


「安心して、見ないですから……たぶん」


 彼が、ほほ笑む。

 わたしも、ほほ笑み返す。


「そろそろ、戻ろうか」


「う、うん」

 そうか、もうすぐ時間なんだ。 短い時間なのに、ほとんどだまって過ぎちゃった。

 涙が出そうになった。


 すっくと彼が立ち上がる。 わたしの涙を止める様に、そして覚悟を決めたかの様に。

 わたしも、立ち上がる。 少し眼がしらについた涙をぬぐって、覚悟は、未だに決められていないままだけど。


 それでも言葉は出て来なくて、話すことも無く歩く。 気まずい時間は長く感じるものなのに、今は時間が飛んだ様に研究所へ着いた。


 面会室に入る前に、彼は口を開いた。

「最後にもう一度言わせて欲しい。 生き返らせてくれてありがとう」

 笑顔だった。 どこか寂し気な。


「最後があなたで良かった。 わたしこそ、ありがとう……」

 やはり涙が溢れてきた。 彼は、きっと見たく無かったかも知れないけど。


 面会室に入ると、彼は、係の人に連れられて出て行った。

 笑顔で送りたかったけど、そのまま泣き顔で見送ってしまった。

 彼への思いだけでは無く、他の四人への思いの分が加わってしまったのもあるかもしれない……最終日なのだ。


「お疲れさまでした」

 面会室に控えていた担当者さんが立ち尽くすわたしに言う。

 最初に会った時と同じ普通の顔だった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ