二人目(弾む心)
面会日程:十二月十一日
面会可能時間:午前十時から午後十時
今日は、昨日と違って曇りだ。
天気も何かに影響あるのかな。あの人、晴れが大好きだったもんなぁ。
昨日は、昼食の時間が長すぎた気がするので、今日の昼はファストフードで済まそうと思う。
その分、夜にゴージャスな食事。夜十時までだしね。
今日の行き先は、彼の好きな水族館。もちろんわたしも好き。
そして、今日も一時間前に来ちゃった。
でも、今は九時です。そう、今日は十時からなのです。
面会室の前には椅子が三脚置いてあります。 昨日と同じ右端の椅子に掛けて、十時を待つことにします。
時間五分前になると、今日も「お入りください」と担当者が扉を開けて誘導してくれた。
だけど、今日は心の準備はできています。
でも、部屋に入ると、やっぱり涙が溢れて来た。
「当子」
わたしの名前を呼んだ目の前に居る男性が彼だとは判ってはいるの。 昨日会ったはずなのに、嬉しさが溢れてくるのだ。
「和希……」
そして、名前を呼んで抱き付く。これは、本能的と言うか、もう無意識の動きだろう。
「当子、どうした?」
「やっと目覚めたのよ」
そう、そういう設定だ。これは、毎回言っておかないと。
「ああ、そうらしいが、なんとも、よくわからなくてな」
「良かった」
「ああ、よかった。 そして、ごめんな。 たくさん心配かけただろうし、それに……結婚式」
「いいのよ。 今、こうしていられる事がどれだけ嬉しい事か……」
昨日と同じ流れな事が、不思議に納得できる。
「なんか、照れるな。 人、見てるし」
「ごめんなさい、あまりに嬉しくて」
「いいさ、悪い気分じゃ無いしな」
「ふふ」
やっぱり、にやける。
「この後、半日くらい外出していいらしい。 どこか一緒に行ってくれる?」
「もちろん。 水族館とかどう?」
「いいね。 体動かすのは、ちょっと自制したいから、そういうのんびりなのがいいな」
「りょうかいっ」
答えると、出発準備は出来てるはずなので、すぐに手を取って引っ張る。
「とりあえず、腹が減ったかな」
勇むわたしを少し押さえに入るのは以前と同じだ。
「ちょっと早いけど、腹ごしらえから行きましょう。 おごっちゃうよ」
そして、彼を引きずる様に手を引くと勇んで歩き出す。
「いってらっしゃいませ」と担当者が送り出してくれた。
彼が、丁寧に会釈している横で、わたしも、ちゃんと会釈した。
「なんか、お行儀良くなった?」
「へへ、まぁね」
とってもにやける。
後の水族館が控えている。だから、電車での移動を考慮して駅前のファストフード店で軽く食事を済ませた。
きっと途中で休憩がてらにいろいろ食べるだろうから、その分は空けておくのだ。
この後、電車に乗って水族館に向かい、以前の様なデートを楽しめた。
それは、なんの違和感も感じ無かったからだろうか。
さりげなく記憶を確認する質問にも問題無く答えてくれた。
昏睡から起きた自分を心配しているから質問されている、と勘違いさせているのは少し罪悪感があったけど。
水族館の後、新宿に戻ってから夜の食事に向かった。
昨日の昼に行ったホテルのレストラン、夜のメニューも見ていいなと思ってたのです。
そして、予想通り、とてもとても美味しくて、きっとシェフがすごい人なのでしょう……いや、それだけじゃない。今は、一人じゃ無いから。一緒に食べたい人といるから。
彼も喜んでくれているのは、同じだと思いたいなぁ。
そろそろデザートかなと思った時に、彼が急に真面目な顔になって言った。
「結婚式って、どうしようか?」
そ、そうよね、気になるよね。 でも、その聞き方は答えにくい。
「あ、えっと、する、いや、したいです」
じゃ無い。もっと、こう、真面目に……。
「ああ、ごめん。 答えにくかったよね」
「そんなこと無いよ。 ちゃんと、考え無いとだしね」
「じゃあ、僕が退院できたら、そこからまた始めようか」
「はい」
「ありがとう」
「それは私の台詞でしょ」
「それを、今、言う意味あるの?」
「あ、そうね、うん」
また、あの忙しくも楽しい準備が始まる。 専門雑誌を買って帰ろう。もう、本屋は閉まってるかな。
全部ゼロから始めるんだ。 あの時は費用を抑える事ばかり考えていたけど今度は違う。
いっそ、会社も辞めちゃおうかなぁ。 いえいえ、堅実に行こう。 今の世の中、何が起こるかわからない……を実践している最中だし。
そして、研究所へ戻った。
「今日は、楽しかったね。 また来るからね」
そう言って、わたしは面会室を出た。
そして、今日も思い出しにやけだ。
「明日よ早く来い」
そうつぶやいて、携帯でタクシーを呼んだ。
「あ、本屋」
ぼそっと呟いて気付く。
本を読んでる余裕なんて、どうせ無いから、この期間が終わってからにしよう。