9話 急襲するA
「なぜだ、なぜ誰も戻って来ない!」
私の主人は、荒れている。それもそうだ、17人いた私の姉妹は4人にまで減らされているからだ。2週間で13人のC,Dレートの吸血鬼が狩り尽くされたのだ。それも、この江戸川区で。姉達は死神が居ると言って怯えているが、本当に死神がいるなら目の前の主人だろう。
「3日経った、だがなぜ来ない?私の眷属がそんな簡単に殺されるモノか?」
「お言葉ですが、初日で保存食として人間を捉えすぎました。またその際に鬼殺官も殺してしまっています、人間達は警戒しているのでしょう」
初日に姉達が長期的な滞在と青い血を探す為に大量に人をさらった時だ、その時に鬼殺官を7人も殺している。でも向こうに上等以上の鬼殺官の増援が来ない事に疑問も抱いているようだ。
「ちっ……仕方ない、この区で一番階級の高いのはどいつだ?」
「三等鬼殺官 川村紗枝でございます」
たった三等、私でも倒せる。だが上等鬼殺官を殺した主人は、どうやら怒り狂っているようだ。まぁ、Cレートを倒せるのはその三等しか居ないのだから、玩具を壊した張本人を殺したくもなるだろう。
「俺がやる、貴様達は雑魚の処理だ」
「了解しました」
☆→→→→
山崎達3人から定時連絡が無い、不審に思った私と沢村は現場へ向かった。ただの確認のためだった、それに私を除けばこの江戸川区で上から3人の鬼殺官が倒されるとは思えなかったのもある。
「これは……まさか、山崎の刀?」
だが、着いたと同時に事態は最悪だと把握してしまった。山崎、山寺、相川の3人は殺された可能性が高いという事に。
「抜き身の刀が地面に突き刺さるって、しかもアスファルトに根元まで……」
アスファルトへ刀を刺すのは、難しい事では無い。ただし、これは気孔法を使える者ならばだ。山崎は気孔法の使えない剣術の達人、他の2人は気配すら感じられない。
だが、別の気配を感じ取った。山崎の刀へと近づいた時、地面から殺気を感じた。
「……来る!」
地面が爆ぜた、咄嗟に私はそこを退くと地面から一人の吸血鬼が飛び出してくる。地下の水道を通って来たのだろう、白いワンピースを着たそれは降り立つと爪を振り、斬撃を放ってくる。
「見ーつけた、川村紗枝さん?」
その斬撃を私が受け流す、この一撃ですら沢村は対応するのが難しいのは階級から明らかだからだ。
「川村、こいつのレートは……」
恐る恐る聞いてくる沢村、だが彼も嫌な予感は感じているらしい。彼もCレートの吸血鬼程度は何度か見た事があるだろう、そしてこいつはそれより明らかに強いのも。
「Bレート、今回の首謀者の可能性は高いわね。メインは私、サポートは任せるわ」
Bレート、三等以上の鬼殺官しか対応できないと言われる吸血鬼だ。簡単に話せばCレートより筋力や肩力が強い怪物で、Cレートの三倍強いと言われている。
「山崎達はどうした?」
「あーさっきの?私の最期の姉妹3人も殺したわね……ジジくさい血と肉だったわ」
山崎達は殺されたのがほぼ確定した。Bレートを生身で戦える人間なぞ、居るはずがないからだ。生身で頂点を目指した山崎ですら勝てないなら、気孔法を扱える者しか戦えない。
私は対応出来る、私もこのレートは二回倒した事がある。一人でも倒せる、その程度の敵なのだ。先ずは腕を切り落とし、その次に首を取る。基本的に首を切れば皆死ぬ、陽の光に当たっても死ぬ、銀の弾丸を心臓に撃ち込まれても死ぬ、弱点の多い怪物だ。
私なら対応できる。
「避けろ!」
「っ!?」
と思っていたら後ろから声が聞こえた。目の前の吸血鬼に動きは無い、つまりそれ以外からの攻撃……どこからだ?そう考えようとした瞬間には、後ろから突き飛ばされていた。
「何をし……っ!?」
敵の前で何というスキを見せてしまったのか、そう思い直ぐに立ち上がると何故彼が私を突き飛ばしたのかわかった。
「首謀者がそいつ?笑わせるのが上手いなぁ、鬼殺官は」
空を舞うその姿は月明かりに照らされて神々しくも感じる、だが私が真に思いつめているのはそこではない。地面へ突き刺さっている大量の黒いガラスの様な破片が、彼の周りに浮いているのだ。
導き出される答えはシンプルだ、だが信じたくない。こんな怪物が世の中に居るとは信じられない、学校で聞いた御伽噺のような存在とも思っていた存在だ。
「レート、A……!」
上等鬼殺官以上しか対応できないとされている、日本で最強クラスの吸血鬼だ。殺される、間違いなく死ぬ。二人とも殺されてしまう、そう思うと自然と声が出ていた。
「沢村、貴様は逃げろ!直ぐに本部へ応援を要請、上等以上を呼ぶんだ!」
それを聞いた沢村は直ぐに江戸川支部へと走った。迷いなく走った、現状をよくわかっているのだろう。そういった気の迷いのない動きができるのは、純粋に羨ましくも思う。気孔法を会得出来ていないとは言え、そこらの一般人よりは遥かに動けるのが鬼殺官だ。5分もすれば応援要請は出来るだろう。だが応援が来るのは最低でも15分後だろう。
「逃げた雑魚はカナデ、お前がやれ」
しかし、それは一対一の場合だ。彼もこのままでは殺される、何とか抑えなければならない。2人同時に相手する、そんな事が私に出来るのか?
「了解しました」
「行かせるわけっ?!」
出来るわけが無い。なぜなら、格上の化け物がいるからだ。今起こったのは何かもよくわかっていないが、恐らく少しだけ降りる際に羽ばたいたのだろう。そこで風圧と破片の弾丸を私へ飛ばして来たのだ。
風圧を耐えながら破片を落とす、そんな事をしていては隣は簡単に通過されてしまう。しまったと思った時には遅かった。
Bレートの吸血鬼は私を置いて、もう遠くへ行ってしまった。あの速度では、簡単に追いついてしまうだろう。最高でDレートしか倒せない彼が、叶うことは無い。
故に、私に出来ることは。
「ほぅ……気孔法はそこそこ使えるか、なら安心して全力をだせるな」
気孔を解放し、体内に溜めたエネルギーを放出する。
私に出来るのは、全力全開でこの吸血鬼を倒すしかないのだ。
「瑞鶴流・燕泣」
私の学んだ対吸血鬼剣術の一つ、瑞鶴流飛剣術。その特性は中遠距離で行う斬撃戦に重きを置いた、一定以上の実力が無ければ行使できない上級者向けの剣術だ。
燕泣は中距離で四方に飛ばす範囲攻撃、威力は無いが飛んで来る破片は問題無く対応できる。
吸血鬼は「ほぅ、やるな」と余裕綽々でいるが、無防備だ。いつでも来いとでも言うように手招きしている。確かに正面からやり合えば勝負になるのかも怪しい所だ、ならば今の余裕を見せつけている時に殺すしかない。
「瑞鶴流・六甲天山」
一点突破型の同じ箇所に六連で斬撃を放つ技だ。腕の負担も大きい技だが、この技を受けて切れなかった吸血鬼は居ない。全く同じ箇所に六つの斬撃を放つのは至難の技ではあるが、それが全て奴の心臓部へと迫る。
「どうした、今のが全力か?」
が、それを片腕で防ぎ切った。意味がわからない、傷一つ付いていない。
「瑞鶴流・彗星乱舞」
ならば今度は範囲攻撃で防御の意味を与えない。上から爆撃のように乱雑に放つこの技は、自身の腕を振り下ろす速度を速めなければならない性質上、私ですらどのように斬撃を飛ぶのか把握しきれないという欠陥を抱える技だが、逆に相手に斬撃を悟られない技でもある。
しかし、私でも把握できない斬撃を両手で弾き切った。
不味い、力の差があり過ぎる。
「瑞鶴流・っ!!」
私は次なる技を放とうとした時、奴は少し羽ばたいた。その時に出された飛礫はさっきのより大きく、鋭さを増している。まだまだ、本気を出していない証拠だった。
「遅いのだよ、本当に全力か?死力を尽くしてるのか?」
「当たり前……!!」
私が行かなければ彼が死ぬ、それは私の中の正義感が許さない。こいつを倒さねばならない、倒すのに形振り構っていられない。
「瑞鶴流奥義」