夢の終わりを星が見ていた
昔になりますが、SNSサイト『GREE』にて書いた想像小説です。
今日も見知らぬ人達が通り過ぎていく―
ショーウインドー越しに私は思うのだ。
現在は夕方、ほとんどの会社員が帰宅の途についている。
人は多いのに、誰もこの店には入って来ない。
私の目の前には、様々な種類のケーキやクッキーなどの洋菓子が並んでいる。
ここは、洋菓子店『Confiserie』
私―鎌田睦美は、ここで売り子のバイトをしている。
就職難のこの時代…藁にもすがるような思いで、ここのバイトの面接を受けた。
ここの店主―大野静雄の第一印象は、『おっとり・のんびり』
面接の時、緊張しすぎた私に
「そんなに硬くならなくてもいいよ~」
と、のんびりした口調で言った。
そして、あっさり採用…
あまりの展開に、私は呆気に取られてしまった。
そして、知ったのは現実だった。
向かいには、雑誌に取り上げられるようなカフェ兼用の洋菓子店がある。
雑誌に取り上げられるくらいだから、たまに行列になったりしている。
しかし、うちは…
閑古鳥が、住み着いているかのように静かだ。
それでもまったくお客さんが来ない訳ではない。
それなりに売り上げている。
私は、経営の事はよく分からないが、たぶん赤字だと思う。
それでも、この店が潰れずにいるのは…
店主の妻である、敦子さんのお陰であろう
パティシエールとしてだけではなく、経営者としても才能のある敦子さんは、メイド喫茶を経営している。
売れ残りの商品のほとんどは、そのメイド喫茶に流れている仕掛けだ。
敦子さんのメイド喫茶の経営状態は、すごぶるよい。
私は、いつも思う。
なぜ、ここの経営も敦子さんに任せないのか?
確かに、忙しすぎるのは問題だ。しかし、向かいの店に客が入る度に何だか悔しい。
前に一度、敦子さんに聞いてみた。余計なお世話なのは承知で。
しかし、敦子さんは
「あの人の好きにさせてあげたいのよ」
と、幸せそうな笑みを浮かべて答えた。
まったく、仲のよろしい事で。
ほんと、店長は幸せ者だ。
あんな美人で、縁の下で支えてくれるような奥さんがいるのだから。
「睦美ちゃん、そろそろ上がっていいよ」
店の奥から店長が顔を出す。
私は、終業時間になったのかと時計を見たが、時間はたっぷりある。
「でも…」
「今日は、店も早じまいなんだ」
にこやかに言う店長。
私は、バイト代が減るのは嫌だったが
「分かりました」
と、店を閉じる為に外に出る。
「いいよ。僕がやっておくから」
店長は、そう言うが、これは私の仕事だ。
「いえ、大丈夫です」
店長に任せたら、いつまで経っても店が閉められない。
私は、慣れた手つきで看板を中に入れて、シャッターを閉める。
そして、店の中の掃除を始めた。
「ごめんねぇ」
店長が、いつものようにのんびりした口調で言うが
「仕事ですから」
私は、そう言って作業を続けた。
ケーキは、明日、敦子さんの店に行く事になるだろう。
いつものように、専用の箱に入れてから冷蔵庫にしまう。
すべての作業を終わらせて、私は三角巾を取って奥の従業員室へと向かった。
制服から私服に着替えて、タイムカードに終業時間を記入してからショルダーバックを肩にかけて、帰る準備が終了した。
従業員室から調理室へ出ると、店長と敦子さんの姿があった。
敦子さんが、こっちにくるなんてな…
そう何気に思いながらも
「お疲れさまでした」
私は、いつものように頭を下げて帰ろうとする。
「あ…睦美ちゃん」
店長が私に声を掛けてきた。
「はい?」
振り向いた私。
「お誕生日おめでとう」
敦子さんが、ニッコリ笑う。
その手には、細長い箱が…
「あ…」
私は驚いた。そういや、今日は私の誕生日だったな。
自分自身でも忘れていた日。それを覚えていてくれた。
込み上げてくるモノを抑えて
「あ、ありがとうございます」
と、敦子さんから包みを受け取る。
「開けてみて」
敦子さんに言われるまま、私は包みを紐解く。
中からは、星型のトップをあしらったネックレス。
「わぁ、かわいい」
私は思わず言ってしまった。
敦子さんは、嬉しそうに
「よかったわ、気に入ってくれて」
と、店長を見る。
しかし、店長は浮かれない顔だ。
「あなた…」
敦子さんに促されて
「あぁ、これ、バースデーケーキだよ」
これまた、かわいいデコレーションケーキだった。
「ありがとうございます」
私は、感動のあまり、はしゃいでしまった。
だが、店長と敦子さんの表情は浮かない。
「?」
私は、二人を見る。
二人とも、何か言いたげだ。
「あの…何か?」
私は、自分から聞いてみる事にした。
敦子さんが何か言おうとすると
「いいよ、僕が言うから」
店長が、それを止める。
「でも…」
「いいんだ。決めたのは僕だから」
そう言ってから、私をジッと見つめる。
何だか照れるな。
店長は、一息ついてから
「君の働きぶりには、本当に感謝している」
と、話を切り出す。
何だか嫌な予感がした。
「実は、今月末でこの店を閉める事にしたんだ」
…やっぱり、嫌な予感が的中した。
だが、私は言葉が出ない。
店長は続けるように
「実は、敦子のお父さん…洋菓子店をやっているんだが、脳梗塞で倒れてしまってね。店を続けられなくなったんだ。だが、その洋菓子店は地元で愛されている名店。潰すわけにはいかない。だから、僕たち夫婦がその店を継ぐ事にしたんだ。だから、この店を今月末で店じまいする事にしたんだ。」
付け加えるように説明する。
「じゃあ、メイド喫茶も?」
私は、敦子さんを見る。
「メイド喫茶は、残すわ。社長の私が留守でも優秀なスタッフがいるから。でも…」
そこで敦子さんは、言葉を濁す。
この店は、閉店するって訳か。
私は、仕方ないって感じで
「分かりました」
と答えた。
「じゃあ、早く次の就職先見つけないといけませんね」
私は、努めて笑顔で言う。
「睦美ちゃん」
心配そうに見つめる敦子さん。
「大丈夫ですって」
笑顔で私は答えた。
「じゃあ、今月末までよろしくお願いします」
私は、頭を下げてから、クルリと向きを変えて帰ろうとする。
「あ、睦美ちゃんケーキ…」
敦子さんの一言に
「いけない、いけない」
私はおどけてみせた。
敦子さんが箱に入れてくれて、可愛いピンクのリボンをつけてくれた。
「ありがとうございます」
私は、笑顔で言い
「お疲れさまでした」
二人に言ってから、店を後にする。
帰り道、夜風が冷たい。
今の私には、心まで冷たい風が入ってくるようだ。
いつの間にか、私は涙を浮かべていた。
すごく悲しくて、すごく悔しかった。
夢の時間が終わった…そんな気分だ。
私は、二人の事を思い浮かべながら、別れを惜しんでいた。
だが…泣いていても仕方ない。
「さぁ、求職活動しなくちゃね」
と、ケーキが崩れないように、軽く伸びをする。
夜空には、満天の星が輝いていた。
このサイトを始めたばかりで、勝手が分からない部分があります。
ですから、転載に問題があったら、教えてくださると助かります。