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特異点物件専門の不動産屋

作者: 暴暴茶

 俺は曰く付きの物件を扱う不動産屋だ。事故物件とか特殊物件じゃなくてもっと扱いにくい特異点物件を扱ってる。どんな物件かは先日取り引きした例をあげよう。


 大学生数人が連れ立って辺りを確認している。


「確かに、妙だな」


 ここは市街地近郊の小山にある古びた神社。

 この裏は墓地で、山の反対側には大学がある。


 郷土研究会に所属する僕たちは大学所蔵の土地に神社があると聞きやって来たのだ。

 なんでも江戸時代の建立らしいので一回見に行こうとなった。


 社は小ぶりで一辺2メートルくらい。尺貫法だと一間になるのかな。

 問題はその社のすぐ裏にマンホールがあるのだ。

 社の土台が一部コンクリート製ですぐそばにマンホールがある。


「雨水って書いてあるからそうなんだろう」

「じゃあガセってことで決定かな。どう見ても昭和くらい?」

「無駄足だったな、帰るか」


 急速に興味を失った僕たちは、晩飯どこに行こうかと話しながら帰途についた。


 彼らは気づいていない。その様子を確認している人影を。


「今回の件、いかがですか?」

「うーん、流石に全滅とは信じがたいがそうなんだろう」


 ここは俺が扱う特異点の一つ。地球の裏につながるマンホールだ。

 横にいるのはクライアント。さっきの大学生グループを含め、5組の調査依頼をかけている。

 その全てがなぜか数分で立ち去ってしまう。

 この社を含めて特殊な結界が張り巡らせあり、護符を持たないものは近づいてもすぐに帰ってしまうのだ。


「結界の種類もいろいろありますが、ここのはシンプルに人払いするタイプです」


 数百メートル先には幹線道路、近くには大学がある立地にもかかわらず、依頼した者しかやってこない。

 来た者も数分でなぜか立ち去ってしまう。

 極秘にしたい場所には良くある仕組みなのだ。


「それでは肝心の物件を確認いたしましょうか」


 鍵の役目を持つ小石をマンホールに当てて奥へスライドする。

 すると下へつながる階段が現れる。


「ちょっと仕組みはわからないのですが、鍵を当てると一時的に入り口が開きます」

「ほう、こっちの仕組みの方がすごくないか?」

「これは幻術の応用らしいのですが、詳しいことはわかりません。ただ鍵の作り方とかは確認できてますので、スペアキーは用意できますが極秘事項ですのでその方法は明かせません」


 俺から中に入り、クライアントを招き入れる。

 ランタンを灯し周りを照らす。


「しばらくすると入り口は勝手に塞がります。オートロックなので気をつけてくださいね」

「大丈夫なのか?」

「鍵を持って上がればそのまま出ることができます。忘れたらやばいかもしれませんので扱いに注意が必要ですね」

「帰れなくなるのか?」

「正確には違いますがそういった認識で良いかと」


 その後、いろいろ注意点を説明する。電波が届かないので携帯の類いはつかえない、電子機器もなぜか正常に動作しなくなるなど。

 LEDランタンは利用できないのでガス等のタイプが必須なこと。

 気流は無いがトンネル内の空気は清浄に保たれ、酸欠の心配はないが松明とか使うと煤で視界が悪くなるなど。


 そんな説明をしながら進んでいると開けた場所に出た。一辺10メートルくらいの何もない部屋だ。

 いや、真ん中に大きな穴があるので何もないは正解ではないか。


「さて、ここの先へ行くかどうかの最終判断をどうぞ。この穴から飛び降りますので」

「ここまで来て引き返す事はない。行く」

「了解しました。ではこんな感じで腕を胸の前で交差してピョンと跳ねて入ります」


 わかりやすいように動作を見せる。ちょっとだけおどけた感じで。

 クライアントの緊張がわかるからだ。


「とりあえずランタンは床に置いておきます。私が飛び降りたら三つ数えてから追ってください」

「わかった。1、2、3で飛び降りる」

「ではお先に」


 俺はそのまま穴に飛び込んだ。


 私はしがないサラリーマン。

 入社して30年になる。そろそろ老後のことを考えないといけない。

 真面目にコツコツやってきたのと運が良かったこともあり、少々の蓄えもできた。

 老後の住み処をいろいろ考えるようになっていた。

 楽しいこともあったがつらいことの方が多かったこの土地を離れ、移り住みたいと願うようになった。


 そんな理由もあり、普通だったら絶対に相手にしない不動産の営業がやってきたとき、招き入れてしまった。

 最初はたわいもない世間話ばかりだったがやんわりとそんな事を伝えたら営業の目が光ったのがわかる。

 あ、これはしまったなと思いながら良い話なら聞いてみようかと身を乗り出す。


「あー、いい話があるにはあるのですがボスの許可をもらわないといけないので後日改めて伺ってよろしいですか?」


 わたしはキョトンとした。

 普通の営業ならばここぞとばかりぐいぐい攻めるところだろう。

 後日なんて客の気分が変わったらどうするのかと思いながら返事をする。


「ええ、いいですよ。今度の休みはっと……」


 後日また会うことになった。


 市内のちょっとしゃれた喫茶店が待ち合わせ場所だった。

 店の奥にガラス張りの部屋があり温室になっている。花がきれいだ。


「どうもお待たせしましてすいません。注文はもうされましたか?」

「店主に待ち合わせのこと伝えたら後でいいですよといわれたので」

「ここは紅茶がおいしいですよ。よかったらどうぞ」


 早速、店主に聞き本日のおすすめを頼み商談に移った。


「ボスに確認できましたのでお伝えしますが、これから紹介する案件は特異点物件といい、かなり変わった案内になります」

「特異点? 特殊物件じゃなくて?」

「ええ、よくご存じで。大家に犯罪歴があるとかやばい物件は特殊っていいますが、特異点は別の意味でやばいです」


「お待たせしました。本日のおすすめニルギリ2つです。ポットの蒸らしが終わりましたらカップに注いでください」


 頼んでいた紅茶がきた。ティーポットにキルト生地で覆いがされ保温されている。

 横に砂時計が置かれた。落ちきれば蒸らしが終わるのだろう。

 ミルクのピッチャーも並んで置かれた。


「やばいって、それを勧める君も剛毅だね」

「まあ、理由は今から説明しますが、普通は信じてもらえない物件です」

「ほう。興味深い」


 実はこういった話は大好きである。面白そうな話には目がないのがバレていたのかと感じる。

 そういえば世間話の時にそんな事を言ったかもしれない。


「地球の裏側ってどこだと思います?」

「日本だとブラジル近くの海だと思うのだが」

「ええ、対蹠地としてはそうなりますが、私が紹介するのは本当の裏側です」

「へ?」

「地球空洞説ってご存じで?」

「ああ、地下大帝国とかある小説は読んだことがあるな」

「そこです。信じてもらえないでしょうが、今回の物件はそこにあります」


 多分、私は盛大にマヌケな顔をしていると想像できた。

 なんだって? と聞き返したはずだが声が出なかった。


「よいしょっと、おっとっと」


 穴から放り出されタイミングで体をひねり着地する。

 何度も通過している俺でもやっぱり慣れないな。この特異点は。

 そしてクライアントが来るのを待つ。


「うぁああ」


 まあ、初めてはそうなる。

 ボスから注意事項として穴から出てくる者を介助してはならないと徹底させられている。

 冷たいようだが落ち着くまで静観する。

 尻もちをついているが穴の周りは柔らかいクッション代わりの草が茂っており大して痛くないはずだ。


「ようこそ、地球の裏側へ」

「おお。ここが裏側ですか」


 頭上、真上に太陽がある。ただ夕焼けのように赤い。

 その性か、初めて来た人は死後の世界に来たかと勘違いする人もいる。


「また穴に落ちるといけないのでとりあえず移動しましょう」

「ああ、わかった」


 クライアントはすぐに立ち上がった。特にけがなどはなさそうだ。


「この先に管理棟があります。そこの受付で面通しをお願いします」

「ちょっとしたキャンプ気分だな」

「ええ、仕組みはほぼ同じです。会員制リゾートと考えていただければ」

「手ぶらで大丈夫と言われたがホントに?」

「細かい説明は管理人、私がボスと呼んでる方ですが、そちらからあります」

「そっか、それにしても太陽以外は普通に見えるな」

「いやー、すぐ気がつくと思いますが、いろいろ変なので気をつけてください」


 俺たちは管理棟につながる道を歩き出す。

 道幅は1メートルないくらい。狭い砂利道がコテージみたいな建物まで続いている。


 勘の良いクライアントならいろいろ気がつくだろう。


「ん? 木の形とか草が妙だな」

「ええ、触っても大丈夫ですけど、間違っても持ち帰らないようにお願いします」

「妙に四角い気がする。花びらが4枚?」

「面白いでしょ。ここは表の世界と理が違うんですよ」

「1、1、2、3、5、8、13……」

「正解です。ここの植物にはフィボナッチ数列はありません」


 通常の植物はフィボナッチ数列に依存した形を持つ。

 花びらは原則、3枚、5枚、8枚、13枚、……だ。

 成長点が1+1=2、1+2=3、2+3=5といった形で増えるので、ごく自然かつ単純な法則だ。

 800年くらい昔にフィボナッチさんが紹介している。

 四つ葉のクローバーはめったに見つからないとされているのはその性でもある。

 ところがこっちではクローバーは四つ葉ばかりなのだ。

 幸運なのかはどうかはノーコメントだが。


 私は砂時計の砂が落ちる様子を眺めていた。

 もし、真面目な話をしている際に突拍子もない話を振られたらどうするか。

 冗談だと受け流す?

 無視して話題を変える?

 それともふざけるなと拒絶するか?

 私は討論して楽しむ派である。


「それは巨大な地下空洞があるって意味でいいか?」

「巨大な空洞が地球サイズって意味なら合ってます」

「ちょっとまて。今の世でそんな与太話は信用できない。そもそもそんな空洞があったとして生活不可能だろう」

「あ、そろそろ時間のようですね。熱いうちにいただきましょう」


 気がつくと砂時計の砂が落ちきっていた。

 キルト地のカバーをとり、ポットから紅茶をカップにそそぐ。


「お砂糖は必要ですか?」

「いや、私はとりあえずストレートでいただく」


 紅茶の芳醇な香りがたちこめる。オススメだけあって良い茶葉らしい。

 とりあえず香りを楽しみながら一口いただく。

 気分が落ち着いたところで話を続ける。


「もしそうだとして、そんなところでは生活できないではないかな?」

「いや、ちょっと変なところですが、生活するには快適ですよ」

「そもそも重力の問題がある。ふわふわ浮いて生活するのは無理だろう?」


 そうだ。仮に地球の中が空っぽだと仮定しよう。その場合でも地球サイズなら中心に向かって重力が働くはずだ。外殻部分にすべての質量があったとしてもだ。


「特異点って何だと思います?」


 突然、話題が変わる。だが結論は変わらないはずだ。


「ブラックホールの事か?」

「まあ、近いですね。一般的には数学や物理の世界で定義から除外するとか計測不可能な点です」

「何の関係があるんだ?」

「ええ、特異点物件とはそういったところを通過しないと到達できない場所です」

「地球なら穴を掘れば中心までいけるだろう?」


 そうだ、理論的には穴さえ掘れば地下に行ける。問題は温度や圧力の限界でたいして深くまでいけないことだ。


「いやー。世の中ってうまくできてるんですよ。宇宙の億光年先まで観測できてすごいですが、海中に潜るだけでも10kmくらいが限界とか。なんででしょうねえ?」

「それは技術的な問題で、物理とか数学の理論的な話と無縁だと思うのだが?」

「ええ、ほんとにうまくできている」

「地殻は地震波とかを使って観測してると思うが」

「でも実際に行った人はいないですよね?」

「何が言いたい?」

「まあ、『百聞は一見にしかず』ですよ」


 怪しい商売に思えてきた。大丈夫だろうか、この話。


「ひゅぃぃっぅ」


 後ろの穴から妙な音が後ろから響く。

 クライアントが後ろに振り向く。

 俺は静かに手を合わせる。

 あの音は何かが特異点に飲まれたときの音だ。

 何度聞いても気持ちいい音ではない。


 よせばいいのに、ここを探りに来るやつが最近増えた。

 ボスが何やら対策を打つとか言っていたが、かわいそうだと思う。

 どうやってもボスの許可がもらえないとこの地に降り立つことはできない。

 ボスは『偶然だ』と言われるが、足が滑ったら跳ねたりしてまともに着地できず、穴に逆戻りする。

 そして永遠にこの世から消えてしまう。

 穴から出てくる者を介助してはいけない理由でもある。

 今日連れてきたクライアントにすり替わるとかしても無駄でそのまま落ちる。

 はやくなんとかしてほしいものだ。


「風ですか?」


 クライアントが尋ねるが俺はにっこり笑ってこう答える。


「何でしょうね?」


 俺からは説明しない。それはボスの役割だからだ。

 気分を変えるために話題を変える。


「もう少し歩くと視界が広がりますからお楽しみに」

「ほほう。それは楽しみだ」


 このあたりは木や草が茂っており真上の太陽以外はそれほど違和感がない。

 クライアントは花や木の形状が違うことに気がついたが、特に意識しなければそれほどおかしくは感じない。


「おお、すごいぞこれは」


 視界を遮る物がなくなると、そこは明らかに普通ではない景色が広がる。


「地平線がない世界にようこそ」


 遠景は霞でぼやけている。夕焼けのような世界なのに。

 その証拠に近くの山や建物はくっきり見える。

 地上だとだいたい平地で5キロメートル、建物に上れば10キロ位は先が見える。

 だがその先は地球が丸いため視界から切れる形になり地平線となる。

 ここにはそれがない。ちょいと先に見える山林も、ここから100キロはあるはずだ。

 管理棟がちょこんと見えているが結構距離あるんだよなあ。

 ボスに自動車は無理でも自転車とかおいてくれないか頼みたいのだが未だに言えずじまいだ。


 私は紅茶をゆっくり飲みながら思案する。怪しい話はどう対応するか。

 長年生きていると悪知恵だけは得意になる。


「それを言うなら『論より証拠』じゃないかな」

「なかなか鋭い突っ込みで。話が早い」


 そんなつもりで言ったのではないのだが。営業だけあって慣れているな。


「その物件、意外に近いんですよ。見ていただく方が早いかと」

「私以外の者の同行はできるかな?」

「それはご遠慮願います。極秘扱いの案件なので許可をいただいた方以外は案内できません。ただ。同行でなければかまいませんよ」

「それはどういった意味で解釈すればいいのかな」

「言葉通りです。興信所とかでその場所を調べていただく分には何の問題もありません」


 ちょっと思案する。知り合いに動いてくれそうな奴が何人かいたな。いやいや、これはすでに相手の術中にはまっているのか?


「とりあえず、『証拠』としてこちらをお貸しします」


 おもむろに札と小石が出される。


「特異点物件への『鍵』です。これを持っていないと近づくこともできませんから」

「こんな町中の喫茶店でそんな話して大丈夫か?」


 私の精一杯の切り返しだが無駄だった。

 こんな怪しい話、他の客に聞かれたらいろいろ吹聴されるぞと言う前に手を打たれた。


「ええ、ここは事情を知っている店主がいますので」


 奥でにっこり笑っている店主が頷いている。


「人払いをしてますので他の方は来ませんよ」


 そう言えば、店に来てから他の客が一人も来ない。私が来たときは数人いたと思われる客もいつの間にかいなくなっている。繁華街の昼過ぎ、喫茶店ならかき入れ時だと思うが。


「わかった。じゃあ下見の段取りをお願いしよう」


 この後、いろいろ説明と段取りで小一時間ほど過ごした。

 私より、この店の経営の方が心配になってしまうあたりはお人好しすぎるな。


「ボス、お連れしました」


 俺はクライアントを連れて管理棟に入る。

 中は土間と和室のみでシンプルな作りだ。長火鉢の横にボスが座っている。


「ボスはやめてくれないか」

「ボスはボスですから」


 横にいるクライアントの様子を見ると土間で土下座をしている。

 まあ、予想はしていたが。


 *****


 私が管理棟に入ると長火鉢の横に和装の少女がいた。

 いや、それはどういった言葉をもってしても言い顕す事ができない何かであった。

 気がつくと私は跪き頭を垂れた。


「頭を上げてくれ。我はそんなたいそうな者ではない」

「あ、はい」


 私は立ち上がり再度少女を見ている。掌が汗で濡れている。

 見た目は中学生だが見た目通りではないと本能が告げる。


「よく来られた。我は千世子と申す。管理人をやっておる。よろしくな」

「はい、わかりました」


 直視すると視界がゆがむ。そのため少し視線をそらさざる負えない。

 生まれてこの方こんな事は初めてだ。徹夜明けで太陽がまぶしくてクラクラしたときに近いかもしれない。


「まあ落ち着いてくれないと話ができぬ。茶を入れるから、とりあえず座るが良い」


 私は言われるままにざぶとんに正座する。隣の営業も慣れたそぶりで横に並ぶ。


「ちょっと時間がかかるから、ゆっくり待つが良い」


 白い腕が袖からの伸びる。緑茶を素焼きの土鍋に移し、火鉢にかけている。

 やがて茶を煎る香りが鼻をくすぐる。緊張がほぐれていくのがわかる。

 鉄瓶に沸いている湯を急須と湯飲みに注ぐ。

 しばらくして注いだ湯を捨て、急須に煎じた茶葉を入れ、熱湯を注ぐ。

 一連の動作を見ている間に汗も引いたようだ。


「ほれ、飲むが良い。熱いから気をつけてな」

「いただきます」


 ほうじ茶の良い香りがする。ふうふうと息を吹きかけ冷ましながら少しずつ飲む。


「さて、落ち着いたところでいろいろ話すとするか」


 千世子さんはからから笑いながら、話を切り出した。


 私が千世子さん、いや千世子様のお顔を拝領しようとしても先ほどからよく見えない。

 まごついていると声をかけられた。


「ああ、すまぬ。ちょいと待たれよ」


 手を伸ばし、そそくさと頭の何かをいじる仕草をする。

 しばらくするとお顔が見えるようになった。長髪を後ろで束ね直されたようだ。

 そう言えば先ほどは左側で止めてあったのかと思う。

 今度は右にいる営業が目をそらし始めたので髪を束ねているところが見難いらしい。

 はっきり見えて思うが、目つきに鋭さがあるがとても清楚で美しい方だ。


「ちょっと小細工があってな。見えにくい時はその旨の声をかけるが良い」

「はあ。わかりました。今後ともよろしくお願いいたします」


 私は頭を下げる。


「まあ、堅苦しいことは不要だ。頭を上げてくれ。ああ、自己紹介は不要だ」

「御頭人、とお呼びしてよろしいでしょうか?」


 千世子様は苦笑していたが頷かれた。


 *****


 俺が初めてここに来た時を思い出す。

 普通の不動産営業だった俺が喫茶店の主人に良い話があると連れられて来たのだったな。


 あ、ボスが髪留めの位置を変えた。まずい。

 視線をそらす。どういった理屈か知らないがあの髪留めは認識阻害を起こすらしい。

 無理して見ると体調を崩すからやめるように注意された。

 俺以外に何人ここに居を構えているかは正確には把握してないが、みんなボスの呼び方が違う。

 理由はわからないが面通ししたときに各自で決まってしまうのが面白い。


 *****


「さてと。いろいろ注意事項を話す」

「まず報告、連絡は不要だ。相談は受けるが多分する必要はないと思う。自ずとするべき事や対応がわかる。ただし、例外として特異点に関する事は確認をすること。本質として判断できないであろう」

「あと、特異点の通過に必要と渡した札と小石はもう不要だ。ここで我の馳走を受けた身なれば、今後通過にそういった小物はいらない。ただ次なる者に引き継ぐ必要があるため、その時使うが良い」

「あと、特異点を通過するときは必ず一人で行くこと。許可されていない者は近寄らせないこと。普通は近寄れないはずなのだが、ここの存在を探りに来る馬鹿が後を絶たぬ。許可されぬ者はこちらにこれずに永遠にさまよう事となる。来るときに風の音がしたであろう。あれは飲まれた者が出す音だ。心に刻むべし」


「さて、次の話をする。ぬしに頼むことは、マンホールに上にある社の件だ。先ほど告げた通り、今の結界では防げない侵入者がいるのでな。現代風の結界にしたい。そこであの場所にマンションを建ててもらいたい」

「マンションの地下に通路を作る。そのマンションに我が移り住むことで強固な結界を施す」

「なぜマンションかは……」


 *****


 御頭人の話はかなり長かったはずだが、すべて私に刻まれた気がする。計画は把握できたので私は表に戻り、指示に従い活動する。建設会社の知り合いに久々に会いに行くか。

 会社には辞表を出しておこう。退職金を元に活動すれば大丈夫だな。

 楽しい人生が始まるのだ。何のためらいもない。なぜかすべての段取りがわかってしまうのだ。


「御頭人、確かに恩命承りました。よろしくお願いします」


 *****


「ま、長かったけど俺の仕事の内容はこんな感じでな。で、頼みたいことはわかったかな?」

「実は建築中のマンションがあるのだが、地下の施工だけはおまえさんに頼みたいのさ。これが札と小石だ。次の休みに案内するからよろしくな」


 今日の紅茶も美味いな。



monogatary.comに投稿済み小説をこちらにも投稿いたしました。

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