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52. 「豊川稲荷」(エッセイ)
名鉄豊川駅を降りたすぐに豊川稲荷がある。
名前を聞くたびに、子供の頃の初詣の縁日が思い出される。
おじさんにお金を渡すと、籠の中の小鳥がおみくじを咥えてくるものがあり、とても珍しく可愛かった。その場で玄関名札を彫刻刀で掘って作る職人もいた。
だが、私をドキリとさせたのは稲荷の入り口に立つ三人の傷痍軍人だった。
ぼろぼろの古い軍服を来て、埴生の宿や軍歌などを、ハーモニカやアコーディオンなどで演奏していた。片足が膝下からなくて松葉杖だったり、目の見えない人もいた。
足元に缶を置いており、小銭や紙幣を入れて拝む人、「もう戦争が終わって何十年も経っているのに、まだ戦争を商売にしている」と避ける人もいた。
幼い私はジッと見つめるのも失礼な気がして見ないふりをした。本当のところは、彼らを亡霊のように感じており、前を通るのが恐ろしかった。
今となっては、正月に浮かれる人々の前に立った彼らの真意は計れないが、それでも、どんな言葉よりも強烈に戦争の恐ろしさを体現してくれたことに感謝の念を抱くのである。




