Are Brown Bombs Bitter or Sweet?
今まで、女性を主人公にした作品を書いた事が無くて、実験の意味で、書き下ろしてみました。
もうすぐ、そういう季節ですしね(笑)!
「……くしゅんっ!」
私は、クシャミをして、ぶるりと身体を震わせた。
左腕の腕時計で時刻を確認する。――午後4時28分。もう、すっかり日は傾き、2月の晴れ上がった青空は、いつの間にか鮮やかなオレンジに、その色を変えていた。
……どうやら、泣き疲れて、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
私は横になっていた固いベンチから身を起こし、腫れぼったい目に痒みを覚えて、手の甲でごしごしと擦った。
そして、ボーッと、目の前を流れる川の流れを見つめて、何で自分がこんな寒々とした河川敷のベンチで眠りこけていたのか、いや、そもそも何で眠るまで泣き続けていたのかを思い返す。
そして、
「あ……そっか……2月14日……」
ようやく私は、今日が2月14日――バレンタインデーだという事を思い出した。
同時に、自分の目がこんなに腫れぼったくて、心がこんなにズキズキと痛んでいる原因も……。
「……っ」
私は、再びこみ上げてくる涙と嗚咽を懸命に堪えながらカバンの中をまさぐり、おしゃれな包装で包んだ小箱を取り出した。
……もっとも、おしゃれなのは包装紙の柄だけ。
中身は私の手作りの、味の保証もイマイチ出来ないチョコレート。せっかくのきれいな包装紙も、私が自分でラッピングしようと奮闘した結果、かろうじて箱全体を覆う事が出来ているものの、あちこちに余計な折り目が付いて、ヒサンな事になってしまっている……。
それでも、私にとっては、アイツへの想いをありったけ詰め込んだ、とっておきの最終兵器だったのだ――つい1時間半前までは。
私は、今となっては忌々しいだけの、呪いのアイテムと化したその小箱を、目の前の川面へ投げ込んでやろうと、大きく振りかぶったが……
(……これって、環境破壊になっちゃうかも……)
と、思い当たって、そのまま投げ込むのは止めた。
はぁ……とため息をついて、手元の小箱を睨みつける。
――思い返されるのは、ついさっきに目撃してしまった光景――。
長年溜めに溜めた思いの丈を食らわせてやろうと、これまで生きてきた中での、最大最強の勇気を総動員して、アイツの所に向かった私の目に飛び込んできたのは――。
顔を赤らめた、見知らぬ可愛らしい女の子と、彼女から可愛いリボンで飾り付けられた袋を手渡されたアイツの、ぎこちなく微笑む顔だった……。
私の記憶は、そこで一旦途切れた。きっと、あまりに衝撃的な場面で、私の脳細胞のメモリ機能がいくつかクラッシュしたんだろう。
次の記憶は、このベンチに突っ伏して泣いていた場面。……今思い返すと、自分自身でヒくレベルのギャン泣きだったと思う。
で、またすぐ記憶はブラックアウトし……現在に至る。
私は、手元の小箱をどう処分しようか、考えを巡らせた。
――このまま、家には持ち帰りたくないな……。
やっぱり、中身だけ投げ捨てて、箱は学校の焼却炉あたりに放り込むのが一番かな? ……でも、魚って、チョコ食べても大丈夫なのかな……? ネコにチョコは毒らしいのは知ってるけど……。
「何だよ……やっぱりここに居たのかよ、かなみ」
「!」
思案に暮れる私の背後から、突然かけられた声に、心臓が跳ね上がった。
「……どうしたんだよ? ハトが豆大福食らったみたいな顔して」
「…………豆鉄砲よ」
「え? マジで?」
相変わらずの、ボケているのか天然なのか分かりづらい発言……今日は一段と煩わしい。
何で、よりによって、コイツ――勇佑がこのタイミングで私の前に現れるんだ……? 一体、私が前世でどんな悪行を重ねたというのだろうか?
「……お前、ホントに泣いてたのか……?」
「……何よ、関係ないでしょ。というか、何でこんな所に来たのよ、アンタ」
勇佑の顔を正面から見る事かできず、そっぽを向いたまま、そっけなく答える。
「いや……。富士沢の奴が、お前が泣きながら校門から飛び出していったって騒いでたから……」
勇佑は、地面を足で蹴りながら言う。
「ほら……、お前さ。小学生の頃から、泣くほど悲しい事があった時には、いっつも河川敷に来てたじゃないか。――だから、今日もココなんじゃないかと思ってよ……」
私の行動なんてとうの昔にお見通しって事か……。
はぁ……これだから、幼馴染って……。
「……何よ。私の泣いてる顔を笑いに来たの?」
「違えよ…………って、ソレ――」
勇佑は、私の手元を指差す。
――――!
しまった、例の小箱を手にしたままだった……!
咄嗟に後ろ手に小箱を隠すが、既に遅かった。
「……ああ。そういう事か……」
そう呟くと、勇佑にしては真剣な顔で、「大丈夫か?」なんて言いながら、私の顔を覗き込んでくる。
私は、目を泣き腫らしていた事を思い出して、慌てて顔を逸らした。
「何よ! 近づかないで!」
「あ、ご、ゴメン!」
「もう! 何なのよ、アンタ! いいから、放っておいてよっ!」
ダメだ。また涙が溢れてくる……。
「それって……バレンタインのチョコ……。相手には渡せなかったのか……?」
「決まってるでしょ! 渡せてたら、今の私が持ってる訳ないじゃない!」
「そ……そうだな、悪ぃ――」
神妙な顔で頭を下げられ、私の心は、針で刺されたような小さな痛みを感じた。
「フラレたのか、お前……」
「違う! ……違うよ。渡せなかっただけ。渡す前に、渡されちゃったの……」
「……? は? どういう事よ?」
「…………私が渡す前に……可愛い子からチョコを渡されている現場に出くわしちゃったのよ……!」
ダメだ。私の眼球のダムは決壊した。
「……わ、私はぁ……ヒッ……その場から……逃げ出して……ヒック……逃げ出してきた……だけなのよ」
「…………」
「……そ、そんな事より、アンタは……、アンタの方は、どうだったのよ!」
辛くなった私が、話題の矛先を変えようと発した言葉……。発した瞬間、激しく後悔する。
コイツの首尾がどうなのかは、改めて聞くまでもないからだ。
何故なら、ついさっき、ソレを直に目撃したから――!
「……………………貰ってねえよ」
だが、勇佑の口から出た言葉は、私の目撃した事実と、明らかに矛盾したものだった。
「は――? ……嘘つかないでよ」
「嘘じゃねえって」
「嘘よ! 私、見たもん! アンタが、可愛い女の子から可愛い包みを受け取って、だらしなく鼻の下を伸ばしてたのを!」
私の脳裏に、あの絶望的な光景がフラッシュバックする。
「良かったじゃん! 待望の彼女ゲットだよ! てゆーか、早くあの子の所に行ってあげなよ! こんな負け組の幼馴染と一緒にいる所なんかを見られたりでもしたら、修羅場コース確定よ!」
「だから違えってのに……! おい、俺の話を――」
「うるさいっ! ほっといてよぉ!」
私は、もう半狂乱で泣き喚きながら、手に持ったバレンタインチョコを川に投げ捨てようとした。――環境破壊がどうのとか、もう知ったこっちゃない!
――でも、それはできなかった。勇佑の手が、しっかりと私の手首を掴んで離さなかったからだ。
「一生懸命作ったんだろ? 捨てるなよ! 俺が貰うから――!」
「は――? な、何言ってんのよ! 本命チョコ貰ったんでしょ? 他の女からもチョコを貰ったなんてバレたら、明日には破局するわよ……!」
「破局――? しねえよ、そんなモン」
コイツは、はあ……とため息を吐いて、言葉を続けた。
「断ったからさ」
「は――?」
断った? 何を?
「確かに、お前が見たように、後輩の女の子にチョコを渡されて、告白もされた。……でも、断った。『気持ちはありがたいけど、俺には好きな人がいるから』――って」
「え――? 『好きな人』? 居たの、アンタに?」
正直、初耳の、そして、全然嬉しくない情報だった。
と、勇佑は、真剣な顔で、私に言った。
「なあ、かなみ……。そのチョコ、俺にくれないか?」
「え、え……?」
「そのチョコを誰に渡そうとしていたか……正直メチャクチャ気になるけどさ……、ソイツは、もう彼女が出来ちまったって事だろ? なら、捨てちまうくらいなら、俺に渡してくれ!」
「え……?」
「……解らないかなぁ……。要するにさ」
勇佑は、顔を夕焼け空よりも真っ赤にして、叫んだ。
「俺が欲しいのは――お前からのチョコだけなんだよっ!」
………………………………え?
あまりの衝撃に、私の思考回路は数秒間、機能停止していたらしい。
「……ぷ、ぷははははは」
「な、何だよ……何が可笑しいんだよ……人の真剣な……告白を……」
「はははは……ゴメン。いや、違うの、可笑しかったのは……自分の事」
「は――? 何の事だか……?」
「――はい、コレ。……開けてみて」
戸惑う勇佑に、持っていた小箱を渡す。
「お――あ、ありがとう。じゃ、じゃあ、後で開ける――」
「ダメ! ここで開けて」
「……分かったよ」
勇佑は、首を傾げながら、小箱の包装を剥がし、箱のフタを開け――、
硬直した。
「……私が笑った理由……分かった?」
「…………ぷ、ぷはははははははははっ!」
「あははははははは!」
勇佑と私は、顔を見合わせると、一緒に大笑いした。――涙が出るほど。
それから、私と勇佑は、並んでベンチに腰掛け、私特製の――『好きです ゆうすけくん』と書かれた、ハート型のチョコを二つに割って、一緒に頬張った。
「ちょ……おま、甘過ぎだろ、このチョコ」
「あれぇ……。ちゃんとレシピ通りに作ったのになぁ……」
「来年のヤツは、まともな味で頼むぞ……」
「……頑張る」
私を散々翻弄した茶色い爆弾は、砂糖菓子よりも、ずっと甘かった――。
ぶっちゃけ、『恋愛』なんて、自分のガラでも無いジャンルに初挑戦したので、書きながら、赤面して叫びだしそうになりながら書き上げました。
小説のイメージとしては、aikoさんの『アスパラ』という曲です。
古い曲ですけど、好きなんです。どうしようもなく切なくて……。