夢野久作 『死後の恋』 (前編)
幸の如何にも高踏的に峭立する本棚の前で雪はうんうん唸っている。
「どうかしら、いいものは見つかった?」
「いやー、なんかみんな難しそうで」
「そう。なら私が選んであげるわ」
「うん!ありがとう!」
最初だから何がいいかしら。
ティピカル過ぎず、マイナー過ぎない……
「最初なのだし、我らが福岡の文豪がいいかしらね」
「福岡に文豪なんているの?」
確かに幸の眼光が変わった。
まるで愛する妹を睨めつけるかのように。
「そ、そりゃぁ福岡だもんね。文豪くらい居るよね」
「当たり前でしょ」
「白秋、清張、久作。みんな誉れ高き福岡県民よ」
「すごかー!やっぱ福岡ばりすごかー!」
「そういえば、私達って「博多っ娘」よね」
「そやね。なんかの雑誌に書いてあったけど、今、博多弁女子ってばりモテるらしかよ」
「へー」
「でも、お姉ちゃんって博多っ娘なのに、博多弁じゃなかよね」
「そうね。だけれど貴方だって先刻迄は一般的な標準語だったじゃない」
「ギクッ!」
「やめてよ。博多弁設定の後付け感がますやんか」
其の発言で後付け感は弥増すどころか、確証に変わったわ。
「もういいわ。さぁ、作品の解説いくわよ」
「うん」
「なんだったかしら。福岡の文豪ね。そう、久作よ!久作!」
「さっきから思っとったちゃけど、久作って誰?ちなみに、さっきの三人も誰?」
幸は深く息をつく。
「はぁー、其処からなのね。白秋は北原白秋。『からたちの花』なんかで有名な柳川の詩人よ。清張は松本清張。諸説あるけれど、小倉の推理作家よ。たまに、平日午後に放送されているサスペンス等の原作者、推理作家よ。『黒革の手帖』なんかのね。小倉城やリバーウォークの近くに記念館もあるわ。久作は夢野久作。『ドグラ・マグラ』や『少女地獄』等、特異なサイエンス・フィクションや推理作品を得意とした福岡市の文豪よ。今宵、貴方に紹介しようとしているのも彼よ」
「なるほど、なるほどー」
幸は彼女の部屋の隅に屹立する数台の本棚の一つより、一冊の文庫本を取り出し、雪に手渡した。