プロローグ
「雪ちゃん、何をしているの?」
日付けが変わっても未だパソコンに向かって何かを必死に打ち込んでいる妹に幸は訊いてみた。
「小説を書いてるんだよ」
幸は愕然とした。
高校生にもなって、国語の教科書ぐらいでしか
【文学】に触れ合ったこともないであろう妹がよりにもよって小説を書いているとのたまうのだ。
まさに笑劇、衝撃の笑劇。
「どんなものを書いているのか、見せてくれないかしら」
「いいよー。ほい!」
〈一杯のかけうどん》
『ある所に、母親と二人の娘が住んでいました。
その親子はとても貧乏で、一日の食べ物にも困るような暮らしをしていました。
ですが、その親子は土用の丑の日には必ず一件の立ち食いうどん屋に行き、一杯のかけうどんを三人で… …………………………………………………………』
「何よ?此れ」
「そりゃぁ、存命中に全集を出版し、後世にその名を残す現代の文豪・河合雪ちゃんの処女作だよー」
「私、此れと極めて類似した話を知っているのだけれど」
「へ?」
因みに、貴方何歳よ……
パロディーの上にあの文章力、其れと此処迄の自惚れとは、相当重症ね。
幸は些か憐憫を含んだような眼で此の自称・文豪の妹を眺めた。
「貴方は、所謂《文学》というものに触れたことは有るの?」
「うーん、国語の時間に少し」
「喩えば?」
「『ごんぎつね』、とか」
「成程ね。貴方、本棚に某か無いの?」
「えーっと、ちょっと待ってて」
背面に位置する本棚から雪は幾冊かの本を持ち出してきた。
「とう!どうかな?」
小中学生向けの文庫本が多数とライトノベルが数冊。
「此れだけ?」
「うん」
「ノベリストになりたいのだったら、もっと私が読むような本も読まないと」
「えー、何で?この本たちから学ぶことだってたくさんあるよ」
「だけれど、プロになりたいのだったら所謂文豪の作品を読んでおいて損は無いわ」
「でもさぁ、今を時めくJKの私がそんな六十年くらい前のおっさん達の本読んで楽しい?」
「かなり、好悪は分かれると思うけれど自分に合う人のを探せば楽しいと思うわよ」
「私の部屋についてきて。私のとっておきのフェイバリットブックスを見せてあげるわ」
「うん!」
「幸ちゃんのパーフェクト文学教室といこうじゃないの!」