なみだ
おもては嵐のような雨がふっていて部屋は雨のシトシトとゆう物悲しい音だけが鳴り響いている。
「とても静かだな」
彼がタバコを燻らせながらぽつんと一言つぶやく。
「なんだか世界に俺たちだけみたいだ」
ついでにとゆう感じて付け足す。あたしは自分の足の指に目を向けつつ、そうね、と、曖昧にこたえる。
足の指が開いている。ゆうくんはそれに対してよく笑っていた。
本当に世界にふたりだけならどれだけいいのだろう。彼はただ思ったことを口にしただけだけれど、あたしにとっては貴重な言葉に捉えてしまう。
彼はアリサの彼氏。
アリサに合わす顔もないが、それ以上に目の前にいる彼が好きで愛おしいのだ。
「今日は?ご飯食べていくの?」
会社帰りのゆうくんのお腹はさっきからなにかをつぶやいている。腹減った。腹減ったって。
「え! いいんかい?」
ゆうくんはとても甲高い声をあげ、食べる、食べる、と、目を輝かせた。でもさ、レトルトのカレーとサンマの缶詰しかないの。冷蔵庫を開けながらため息とともにストック食品の名前をあげる。あたしはその実。料理などはしない人だから。
「カレーで」
即答だった。
本当にお腹が空いているのだろう。アリサは今夜バイトだといっていたし。ゆうくんはアリサのバイトの日だけうちに来る。
「あのさ、ゆうくん」
鍋に湯を沸かしカレーを入れる。メガネが曇ってしまいあっとゆう間にラーメン好きの小池さんになる。急いでメガネを外しながら、
「もう、ここにはね、来ないでほしいんだ」
ゆうくんがなにかを話す前にあたしは連続で言葉を紡いだ。
「え?」
どうゆうこと。ゆうくんの口からその言葉は出てこない。出てきたのは、え? とゆう、驚きの声と、
「わかった」とゆう求めていたこたえと求めていなかったこたえだった。
「わかった」
あたしも同じことを口にする。
最後の晩餐がまさかレトルトカレーになるなんてかいもく思わなかった。
対面してカレーを食べた。ゆうくんとかおもてでデートとかしたことなどはない。かといってゆうくんのうちに行くのはアリサに会いにいくときだけであってゆうくんに会いにいくのではない。
「れいな」
「……」
ゆうくん。もうあたしの名前を呼ばないでよ。揺らぐよ。ねえ。なんでゆうくんだったの。ゆうくんでなきゃダメなの。教えてよ。わかんないよ。
心では矢継ぎ早に言葉は溢れかえり噎び泣きをしている。けれど一個も言葉を声に変換することはできなかった。
「れいな!」
今度はちょっとだけ力を込め名前を呼んだ。
「な、なによ」
こたえるしかない。あたしはゆうくんの次の言葉を待つ。
「ごめんな。俺ばっかりが。俺がさ。悪いのは俺だ」
カレーはすっかりなくなっていた。お皿をシンクに持ってゆくゆうくんはアリサにきちんとしつけられている。アリサはゆうくんのお母さんみたいだ。
「ううん」
あたしは首を横にふる。
「違うからね。あたしがね。悪者だからね。もう、疲れたんだ。ゆうくん」
雨の音に紛れあたしはおいおいと泣いた。
黙ってゆうくんはあたしを胸の中にすっぽりと入れ込んだ。
髪の毛を必死に撫ぜている。その職人の指で。
その働きものの指で。
アリサを抱きしめる指で。