かいもの
家具店に20歳くらいの男に中学生くらいの少女、そして小学生らしき少女の3人の姿が見える。
微笑ましいというには無理のある少々ぎこちない雰囲気だ。
「後から気に入らねえなんて言われても迷惑だ、長く使うもんだからつまんねぇ遠慮しないでちゃんと欲しいもん言えよ」
たくさんの物を処分したとはいえこの前まで父と母が住んでいたのだ、必要な家具などは揃っている。
ではなぜ家具など買いに来ているのかという話になるが、故人が使っていた布団を使うのはいい気分がしないだろう、少なくとも俺なら嫌だ。と幸人が考えたためベッドを買いに来たからだ、そしてどうせなら自分で選んだ家具でもあれば『自分の部屋』に慣れてくれるのではないか?などと考えたためだ。
正直なところ出費はかなりかさむのだが実家暮らしであったこと、両親の保険金、その他諸々を考えればそれで馴染んでくれるなら悪くない選択だと思った。
そしてそれは間違いでは無かったようで二人も楽しそうに見て回っている。別に子ども好きなどではないがやや遠慮しながらも無邪気さを見せてくれる二人の姿は悪くないと思える。
「こ…これが欲しいです!」
「私はこっちー」
「あいよ」
心なしか距離も縮まった気がしてこれは本当にいい選択だったかもしれないと思う…がいかんせん買い物はかなり長引き体力的に辛い。
激しい運動をした訳でもないのに足は重く頭が痛く眠気までやってくる、やってられない。
目を離す訳にもいかずぐるぐると何度も同じところを回るのを付いて回るのは相当にこたえた。
疲れ切っているのに帰っても大して遅い時間ではない、激しい運動をしてもいないのに晩飯作りまで休むのは何となくプライドが許さなかったので適当に作ったのは生姜焼き、レシピなどを見なくても作れる俺の数少ないレパートリーの1つだ。
当然といえば当然だが相変わらずまだ距離を感じる関係ながらも多少は会話をする事ができるようになった。
話題が合わないのが非常に気まずかったのでつけていたテレビについて少し話すくらいだったが…それでも大分前進したのでは無いだろうか。
「あの…洗い物くらいは私が…」
ガキのくせにまだ遠慮してやがる、気にくわない。
「そういうのは大人の仕事だって言ってんだよ、ガキはガキらしく何も考えずに遊んでろや、それか妹の相手でもしてやっとけ」
もう少しゆっくりしようと思っていたのに先を越されてはたまらない、ちゃちゃっと洗い物を済ませることにした。
水が冷たい、皿が少ないのに手際が悪くてなんとなく遅く感じる。
皿洗いをやったことが無いわけではないが回数は多くなかった、自分の部屋に戻る時なんとなく見かけていただけの母親の後ろ姿はもっと手際が良かったはずだ。
特に注意していた訳でも無いのに簡単に頭に浮かんでくるのだからそれだけありふれた光景だったのだろう、涙も流せていない薄情な男だというのに妙なところで悲しみが顔を出してきた。
手際が悪いながらも数が少ないので早めに終わった皿洗いの後、思い出に縋るように親父が残した煙草を吸う、何カートンも買いだめしていたそれを興味のない俺は馬鹿だなぁなんて思っていたが吸ってみると落ち着く気がする。
そういえば俺は煙草の煙を臭いし嫌いだと思っていたんだったよな…ベランダで吸うのは問題ないとしてガキたちが部屋の中に戻っていったにしてもリビングで吸うのは問題があるんじゃないだろうか。
あいつらのためにじゃない、俺がやられて嫌だった事をあいつらにしちまって喧嘩になれば面倒だから、これは俺のためだ。
今吸っている煙草の火を消してベランダに出て改めて吸う。
ずっとずっと昔、それこそ俺があいつらくらいの時は酒や煙草に頼るなんて大人は弱いなんて調子に乗っていたのに、今では俺がその弱い大人だ。
それでもやると言ったからにはあのガキどもを育てなければならない、投げ出すのは弱くて情けない大人のちっぽけな意地が許さない。
口には出さない苦しみや決意を言葉の代わりに煙草の紫煙で吐き出す、すぐに空に溶けていくけれど俺の決意は確かに世界に残した、それは俺だけが知っていればいい。
二人減って二人増えて、結局数は変わらないのに激変した俺の家族に俺はちゃんと馴染めるのだろうか。
変わっていく街の景色を知らなかったように取り残されたりしないだろうか、そんな不安を抱えながらも足掻いてもがいて…それでもいい、今までだって泥臭く生きてきたのがおれだから。