フラワーマスク
四十三歳独身男、怪我の影響でプロレスラーを引退した後は家業であった花屋の経営を引継、近所からは「花屋の熊さん」の愛称で呼ばれている私は久しく感じていなかった悲しみと怒りで手に持っていたじょうろを床に落としてしまった。
「地域に花を」をモットーに通りに沿うようにプランターを設置し花を植え、毎日のようにかわいがりながら世話をしていたのだ。
その花達の花びらがむしり取られていたのだ。
沸き上がる怒りは背後からパイプ椅子で殴られたとき以来のものであった。植えてから初めて咲いた一輪の花、やっと見せてくれたその美しい姿を無惨にもマスクのごとくはがされたのだ。
いや、だがこの花も同じではないのか?
ファンがマスクの下を心のどこかでは見てみたいと考えているように、この美しい花を目にした誰かが自分のものにしたいと思ってしまい手が出てしまったのかもしれない。それは花屋として、美しく育てたものとして誉れではないのだろうか。
誰が犯人だ、と騒ぎ立てるのは簡単だ。だがもし魅了された人に良心があるのであればきっと自分から名乗り出てくるだろう。
私はちぎられた花の茎に「だーれ」と書かれた札をつける。とった人が花を愛でる優しい人ならばこれで名乗り出てくれるかもしれない。そのときは、ビンタひとつで許してあげよう。
一枚の写真テーマに作成しました。写真に写っていたのは花びらのちぎられた花と茎についただーれと書かれた札のみ。難しい。