第9話 同じボランティアの黒崎さん
宿泊所に戻ってから、着信があった。あのあと武下さんが紹介してくれたボランティア参加の女の子だ。黒崎里香さんと言う綺麗な女の人だ。聞けば、都内の院生さんらしい。
「わたしのおじいちゃんも、大陸にいたそうなんです」
彼女の実家も、昨年、ようやく整理が出来る環境になり、大正八年生まれの祖父が実は大陸馬賊だったと言うことで、武下さんに遺品の相談をしたらしい。
「意外と多いんですよ。黒崎さんのお祖父さんのように戦後、地元に戻って帰農しているケースが」
黒崎さんは海神町ではなかったが、お祖父さんはちょうど一山越えたところの集落の出身だった。
「海神町って、本当にすぐ近くなんですね。わたし、実家なのに本当に地理に疎くて」
黒崎さんは、恥ずかしそうにはにかんだ。またその笑顔が、どこかいじらしくて色っぽい。
「祖父の話が出るまで戦争のことも、よく知らなかったんです。武下先生に教えて頂いてやっと、本とかも少し読むようになって」
うん、これが正しい日本の若者の姿である。十九歳にして、恐ろしく昭和史に精しく馬賊の唄まで知っている二水が、変わっているのだ。
「秀平さんのひいおじいさまも、地元ですか?」
「いえ、うちの曽祖父は元々は東京の人間だって聞いてます。知り合いのつてを頼って福島へ婿養子に入って、それで帰農したらしいんですが」
地元と都内で、話が弾んでしまった。まさかこんな美しい人と接点が持てるなんて、ひいおじいちゃん様々である。びっくりだ。
ボランティアは今年で二回目らしいが黒崎さん、たった一人で参加されているらしい。
少し翳があるようにも見えるけど、面差しが優しげで可憐な人だ。昔は瓜実顔と言ったと思う、適度な膨らみを持ったあごの稜線や、小作りな造作の目鼻に、どこか大陸的なものを感じさせる。
小柄だけどスタイルも良くて、チャイナドレスも似合いそうだ。腰まで伸びた艶やかな黒髪がとても印象的だった。
「秀平さん、わたしこんなにお話しできた人、初めてです。良かったらまたお話、出来たらいいな…」
ふと上目づかいで囁かれて思わず、立ちくらみがした。勘違いするな血迷うなよ、と自分に何度、言い聞かせたことか。
「ま、また。時間が出来たら、今度はご飯でも食べに行きましょうよ…」
「本当ですか?嬉しいです…」
と言うわけで、別れ際に連絡先を交換したのだが、あれは社交辞令ではなかったみたいだ。
お酒も嫌いではないそうなので二水さえいなければ、今夜、飲みに行っていたかも知れなかったのに。
今さら明日、抜き差しならぬ予定になったことが悔やまれる。せっかく向こうから明日のお昼ご飯に誘ってくれてるのに、断ったのはまさに血の涙を伴った。
例の拳銃のことは、朝一番で大叔父に相談した。大叔父は少し、心当たりがあったらしく、予想したよりは驚いていなかった。畑を荒らす害獣の駆除の関係で、曽祖父は銃砲許可証を取得していたらしいのだが、その際、戦前に持っていた拳銃を海外のコレクターに売り払うことにしたのだそうな。
「お国からもらった品でねえからな」
それらはすべて、海外製の拳銃だったと言う。コルトやブローニング、現代でも名だたるメーカーの戦前のモデルだ。扱いが手慣れていて、よく手入れされた品だったらしく、見る間に片付いた。そのお金で害獣駆除用の散弾銃を買ったそうな。
だが件のモーゼルがそこにあったかは、よく判らないようだ。
「悪いけど頼むな。ようく、捜してくれよ」
相続の書類だけを捜すはずが、とんだことになってしまった。
だがその大叔父にはまだ、侵入者のことは話せていない。曽祖父が、誰かに襲われ発砲していたなんて話は、さすがにいきなり出来るものではない。