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第8話 モーゼルはどこへ

「土蔵に拳銃は、なかったよな?」

「ふい。…あひませんでしたよう」

 二水はずるずるラーメンを啜りながら、こくこく頷いた。バナナ牛乳の時よりは、ちゃんと耳を傾けているらしい。

 夜は二水のたっての希望で、福島市内のラーメン店に足を運んだ。もっと腰を落ち着けられるお店が良かったのだが、二水は断固、名物喜多方ラーメンを譲らなかったのだ。

 由緒正しい鶏ガラだしの色濃い醤油スープに、小麦粉の味がしっかりする中太麺、とろとろ煮崩れたチャーシューに夢中である。でも、お酒を飲みに行くならラーメンはしめだろう。そんな理屈は、育ち盛りの中学生みたいな二水には、通用しないのだった。

「でも、先輩。この弾丸(たま)は新しいです」

 ころりと二水は、手のひらから弾丸を握ってテーブルの上に落とした。油断していたら、巧まずして鋭いことを言うやつだ。

「弾丸自体はもちろん製造中止になったものでしょうから、この状態ならとてもよく手入れされていたことになります。経年劣化による錆も、腐蝕もありません。そして発砲された痕の状態からしても、弾丸が射出されたのはそれほど昔ではないと考えていいと思います」

「おれが遊びに行ってた頃は、あんな痕はなかったと思うよ」

「それにこの家には、ひいおじいさま以外の人が常にいたはずですよね…」

 二水の言う通りだ。仏間で拳銃を撃ったら、それこそえらい騒ぎになる。何しろ平穏そのものの田舎だ。隣の家の人まで、泡を食って駈け込んでくるだろう。生き残った祖母ちゃんからも、ひいじいちゃんの拳銃が暴発したとか、いまだにそんな話は聞かない。

「つまり、これが撃ち込まれたのは、この辺りに誰もいなくなってからのこと、ってことか…?」

 考え得る可能性はやはり、震災後だ。住民が避難し、曽祖父が単身、ここへ戻ってきたそのあと。それなら、有りうる。だがあの曽祖父が、どうして誰にも知られずに隠し持っていた戦時中の銃を持ちだす必要があったのだろう。

 確かに被災後、無人となった地帯の治安は悪かったようだ。空き巣なども頻繁に出たとも聞くし、自衛手段を取る必要に迫られたはずだ。


(まさか)

 思わず、不穏な想像をしてしまった。通夜での曽祖父の遺体の映像が、図らずも脳裏に浮かんでしまったのだ。曽祖父は頭を打っていた。

 遺体にはその打撲痕がはっきりと残っていた。だがそれは本当に発作を起こした拍子に、玄関の三和土で頭を打ったために残ったものだったのだろうか。例えば何者かが、曽祖父を殴った痕跡を誤魔化すために、遺体を仏間からお勝手に移動したのだ、としたら。


 警察は物色の跡はなかった、と言った。それは今日、僕も行って実際に確かめてきた。空き巣に出くわした、と言う可能性は、まずは置いておいていいかも知れない。だが誰がやってきたとて、曽祖父は半世紀以上も隠し持っていた拳銃を手近な場所へ取り出しておいた、と言うことは確かだ。

 揉み合った拍子に発砲、あそこに弾丸が残ったなら、拳銃はどうなった?その人間が持ち去った、と言うことではないか。

 戦時中のものとは言え、現在も使える状態だった拳銃だ。空き巣にしろ誰にしろ、そんなものを持ち去ったとしたなら、危険すぎる。よそで事件に使われ、まかり間違って誰かを犠牲にしないとも限らない。


「落ち着いて下さいです、先輩。…その場合、だとしたら拳銃が持ち去られたのは、二年前です。その間、あのモーゼルC九六が犯行に使われる事件が起きたとしたら、必ず話題になってますよう」

 すかさず二水がフォローしてくれたが、気が遠くなりかけた。だが冷静に考えるならば、そうだ。後難を恐れて犯人が拳銃をまた隠して逃げて行った可能性だって、考えられるではないか。

「はい。もしそんな人物がいたとしたなら、その方は非常に冷静で配慮に富んだ人物だと思われますよ。それほど手は込んでいるとは言えませんが、警察に怪しまれることのないよう、卒なくトラブルを処理しています。…もしかしたら、つながりを疑われる証拠になる拳銃も、あのお家に遺棄して行った可能性が高いのではないでしょうか?」

 そこで二水は丼を傾け、ずずず…と、ラーメンのスープをすすった。

「武下先生には、事情を話します。二水も付き合いますから。だから明日、もう一回、拳銃を捜しに行きましょうですよう」

 こうなってはやむを得ない。


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