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第4話 秀平家の怪談

 港からの坂を登りきると山際に沿って、小さな集落群に入る。頭がひと際尖った山の麓に抱かれるようにして拡がる大きな木造平家が、主のいなくなった秀平家である。

 僕は右手の納屋に、乗ってきた車を入れた。ひんやり砂ぼこりの匂いのする、がらんとした納屋に入っているのは、小さなバンと曽祖父の愛用した古いカブが一台だけだ。大きな農業機械などはすでに売り払ったり、田んぼの手伝いに来ていた大叔父に譲ってしまっていた。

 戻ってから二年ほど、曽祖父はこの家で独り、農業を営んで暮らしたと思うが、どうやって暮らしていたのだろう。僕が行くと畑にいる以外は、居間でテレビを観るか、縁側でラジオの外国の民族音楽の番組を聴いたりしているかのどちらかだった。薄暗い部屋を開けると、古畳と木材の匂いだけは、以前と同じだった。とても、懐かしい匂いだ。

 浸ってると後ろで、軍手を装着中のジャージ二水の声。

「さあ、二水がお片付けしちゃいますよ、先輩っ!じゃあ、どこから、行きましょうかあ!?」

「蔵は、山の方な」

 僕は、縁側から向こうの方を指差した。浸っている暇もなさそうだ。


 大叔父の話では、資産管理は曽祖父が生前から、かなり気にしていた問題だったらしい。自分が入り婿だから、余計に責任があると考えていたのだろう。

 なので古い知り合いの弁護士と相談してのことだが、曽祖父は何も人任せなどにしたりせず、自分で物事を進めたらしい。晩年に至っても記憶力も行動力も並以上の人で、百歳近い年齢の人と思えない。驚くばかりだ。


 よく書類を取り出してたびたび眺めていた、と言うので、僕はまず居間から探した。ここは大きな一木造の食卓があるところで、大きなガラス引き戸の戸棚の下、上座の席が曽祖父の定位置だ。いかにも使い古した大きな老眼鏡が、そこに放り出したままにされていた。まだ、曽祖父が生きているみたいだ。


 そう言えばよく、この震災では数々の幽霊話が聞かれたと言われるが、我が家にも曽祖父の幽霊話があった。曽祖父が亡くなって程なく、午前六時の早い時間に、大叔父の家の電話が鳴った、と言う。晩年、曽祖父はせっかちになり、大叔父に頻繁に電話をかけたのだそうな。それも非常に朝早かったり、夜中遅くにだった。それが死んでからも、何度か続いたのだった。

「大じいさんによく、お()、本気で考えてっがあ、って、いきなり電話口で怒鳴られたの思い出したっけよ」

 大叔父は苦笑していた。

「今もまあだ話は終わってねえぞお、って言ってんだべ」

 ちなみにこの電話、受けても、無言で切れてしまうのだと言う。この話が嘘ではない証拠に、ナンバーディスプレイには、ちゃんとここの電話番号が残っている。曽祖父が死んでから、全く無人のはずのこの家の。

 不覚にも、ぞくっとしてしまった。いや、でも、怖がるなんて不謹慎じゃないか。若輩者で当然だけど、曽祖父は行けば何も、難しい話などしなかった。震災後もこの食卓に座って、何事もなく僕を迎えてくれるだけだった。

 でもこの家にはもうやっぱり、曽祖父はいない。本当に急に、いなくなってしまったのだ。帰宅困難地域から人が倒れているのを見た、と言う通報があって、曽祖父はここで、死亡を確認された。

 通りに面したお勝手のドアが開きっぱなしだったので、一時帰宅で通りがかった人が見つけたのだろうとか、曽祖父のことを知っていて、こっそり様子を見にきた人が通報してくれたのだろう、と病院の人は僕たち遺族にそんな説明をした。

 そう言えば遺体の頭には、目に立つほどの打ち身があったと言う。意識を喪った瞬間、受身も取れずにぶっ倒れたのだろうと説明された。まだ救いだったのは、死因が狭心症の発作だったことだ。頭を打ったときもう、曽祖父は他界していた。検死を担当した医師の話では、心筋梗塞(しんきんこうそく)が起きた時点で意識がブラックアウトして、痛いと思う暇すらも、なかったはずだ、と言うのだ。

 お通夜で見た曽祖父の死に顔を、僕は忘れられそうにない。まるで眠っているような綺麗な顔だったが、額にはやはり、()り傷のようなものがあった。強く皮がめくれ、赤く潤んだ血肉ののぞいた痕だ。


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