第17話 僕たちは曠天を希(こいねが)う
塚は、裏山にあった。崖崩れして切り立った山の頂点に辛うじて残った塚だ。ほとんど未整地の山林は、救いようのないほどに竹の倒木であふれていたが、家から塚にいたる道だけはコンクリートの間知ブロックと金網フェンスとで、念入りに保護してあった。
曽祖父が連れ帰った黒崎とき恵は、昭和二十八年に肺結核で病死した。秀平家に養女として籍を入れたとき恵だったが、秀平の本家を憚って曽祖父はここに塚を設けたのだと言う。
「あなたのお祖父さんに、僕の曽祖父は中々会いに行けなかったみたいです」
と僕が真相を話すと、里香さんは、静かに頷いていた。
黒崎仁悟の帰還は、とき恵の死から二年後であった。曽祖父はすぐに気づいたが、おいそれと声を掛ける気に、どうしてもならなかったと言う。それはとき恵を父親に会わせないうちに死なせてしまった負い目でもあり、また秀平義郎を殺したことについて、曾祖父のわだかまりが、解けていなかったことにも起因する。
(向こうが名乗って、まず義郎に謝るべきじゃないか)
手帳には曽祖父の、長い葛藤の言葉がつづられていた。そうこうするうちに十年、二十年と経ち、家庭も立場も出来、話は余計にしにくくなった。戦後、どうにか手に入れることの出来た安定した人生の得難さは、お互いに痛いほどわかったのだ。
しかしとき恵の塚だけは、自分亡きあと何とかしなくてはならない。この八十年近く誰にもそこに塚が存在する意味を、話してもいなかったし、案内もしなかったからだ。その矢先に震災が起きた。
「当初は、曾祖父も仁悟さんはとっくに避難したものだ、と思ったそうです」
だが二人が被災地へ戻ったのは、ほぼ同時だったのだと言う。
(話せるなら、今しかない)
偶然にもこの大地に起きた大災害が揺り動かした本能的直感が、二つの老いた心を衝き動かしたのだ。
「あなたのお祖父さんが忘れていなかったように、僕の曾祖父も決して、忘れていなかったんです。あの銃がとても丁寧に手入れされていたのは、その証だったんです」
そもそも、あの銃をずっと終戦まで心を籠めて手入れしたのは、伊達順之助だったと言う。今は亡き男の贖罪の気持ちの籠もった銃を、曾祖父は遺志を継ぎ、八十年近くも当時のまま、保管しておいたのだ。
「まさかそんな銃で、人を殺したりなんて出来ないでしょう?」
と言うと、里香さんは、はっと息を呑んで顔を上げた。僕は言った。
「人はずっと、誰かを恨み続けるなんてこと…出来ないと思います」
すると里香さんの頬から、音もなく涙が流れたのはそのときだった。
「そうだと思います」
震えた声で、里香さんは言うと何度も頷いた。
「ずっと人を…恨み続けて生きるなんて。そんなこと…出来る人は、いません」
海側の拓けた方向から少し冷たい風が上がってきて、里香さんの前髪をなぶった。僕たちはそこから初めて、海に向かってどこまでも拓けた大地を一望したのだ。雲が晴れてどこまでも空は明るかった。とにかくだだっ広い平野のことを、昔は曠野と言ったそうだ。曽祖父たちの駆け巡った満州の大地もまさにその曠野だったに違いない、と、僕は、どこまでものびやかに拓ける地平を見つめながら、思った。
『曠天』
とき恵さんの塚に刻まれた言葉は、曾祖父晩年、座右の銘だったと言う。辞書にはない、いわゆる曽祖父の造語だ。
だが『曠』にはだだっ広いと言う意味の他に、『真実を明らかにする、明るみに出す』と言う意味があるらしい。いつか天によってすべてが明らかになることを願って、曾祖父はこの言葉に願いを込めたのではないか。
冷たい風を汗ばんだ顔に浴びながら、僕は想った。
僕たちはこの大地に『曠天』を希ったその末裔なのだ。
曾祖父がとき恵さんの塚の移築代金として現金を用意していたことを、僕はすぐに大叔父に話した。遺書をFAXで送り事情を言うと、大叔父は無条件で快諾してくれた。里香さんも家族に話してくれる、と言う。これで一件落着だ。とき恵さんを介して八十年越しに二人の戦友は、歩み寄ることが出来たのだ。
そしてそう言えば最後に一つ、不思議なことがあった。
「ありがとな二水、お前がいなかったら諦めてたよ」
ボランティアが終わった帰り、回転寿司でも奢ってあげようかと思って二水に声をかけたときだ。二水はなぜかむくれた顔で僕を睨みつけた。ううーとかうなって、長い間、散歩に連れて行ってあげなかった愛犬のようだ。
「何だよ?」
「先輩、なんで機嫌がそんなにいいのですか。二水のことをないがしろにして、ひどいと思います。て言うか二水のお陰で、あんな綺麗な人と知り合えたわけですよねえ。スマホ貸してください。もうお話終わったんですから!里香さんの電話番号、二水が消してあげます!」
「い、いいよおいっやめろよっ」
喰らいついてくる二水からスマホを守ろうとすると、着信があった。
「ほらっ、里香さんからですよう!」
「ち、違うだろ、携帯の番号じゃない、よく見ろ」
とか言いつつ、番号を確認して僕は、絶句した。
(この着信)
曾祖父のいた、実家の番号だったのだ。もうあそこには、誰もいないはずなのに。
電話は僕が出ると、すぐに切れてしまった。たぶん、曾祖父からだったんだと思う。
(ありがとうな)
曾祖父に言われた気がした。同時に僕の中で懐かしい、海神町の曽祖父の記憶がいくつもこみ上げて来て、人知れず胸が熱くなった。