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第12話 黒崎さんの告白

 なんと黒崎さんは、既婚者だった。十八歳のときに福島から上京し、家族の反対を押し切って暮らし始めたのだが、その相手が徐々に彼女に暴力を振るい始めたのだ。夫婦でセラピーにも通い、共依存(きょういぞん)だと診断された。相手が暴力に訴えてでも、自分を必要としていると感じてしまった彼女は、その男から離れられなくなっていたのだ。


 しかし夫が、生活費をギャンブルに注ぎこむようになってから、やっと彼女はそこから抜け出す必要性を感じ始めた。金の切れ目が縁の切れ目、とはよく言うが、そんな生易しいものではなかった。逃げたと知ってから、その男はストーカーと化した。

 黒崎さんの職場、友人知人宅をうろつきまわり、実家にまで来られたと言う。偶然遭遇した路上では、その場で殴る蹴るの暴行を受けた。肋骨が三本と鼻を折られた黒崎さんは、仕事が続けられなくなった。男は通行人三人に取り押さえられながらも、喚き散らしたと言う。

「金出せねンなら、死ねよオラッ!おれが殺してやるッ!」


 男は傷害の現行犯で逮捕されたが、今度遭ったら確実に殺される、と黒崎さんは感じたと言う。その話をする時、彼女は袖の中に隠された青黒い打撲傷の痣を見せてくれた。

「今度会ったら、殺すしかない。だから、あの拳銃が必要だったんです」

 顔面蒼白の黒崎さんを前に、僕たちは絶句するしかなかった。


 七十年以上の時を経て発見されたモーゼルC九六。しかし、なんと言う見つかり方だ。

「秀平さんの仰った通りです。銃を見たのは二年前、祖父とこちらへ伺った時です」

 訪問者は、やはり二人いたのだ。黒崎さんのお祖父さんは足が悪く、遠出など出来るはずもなかった。孫娘が介添えをしつつ、車で送っていったのだ。


「一年前、逃げ場のなくなったわたしは、二荒山のお祖父ちゃんの元へ帰って来ていました」


 両親のところには、帰れなかった彼女は、被災地の祖父の元を訪ねた。そこで僕もはっとしたのだが、黒崎さんのお祖父ちゃんもまた、誰もいなくなった故郷に家族の反対を押し切って居残っていたのだ。事情を薄々知っていながらも、黒崎さんのお祖父ちゃんは一切の経緯を聞かず、彼女を匿ってくれたと言う。


「もう、お祖父ちゃんしか頼れなかった」

 そう話す、黒崎さんの声は歪み、掠れていた。祖父と孫娘。わけがある二人は、お互いの事情を尋ねることもなく、被災地でひっそりと暮らしていたのだ。

「祖父も、自分だけが残った理由を一切話しませんでした。ただ待っていることがある、と。自分が寿命になる前に、しなくてはならないことがあるのだ、とだけ」

 そのときだけ祖父は暗い顔になるのだが、自分に話しても判らないことだと言うので、黒崎さんはあえてそれを追及せずにいたらしい。


「つまりそれは、秀平先輩のひいおじいさまと会うことだったのでしたね?」

 黒崎さんは頷いた。二年前のある夕刻、カブに乗って一人の老人が尋ねて来た。言うまでもなく僕の曽祖父だ。

「そのときの祖父の顔は、見たことがないくらいに真っ青になっていました」


「今の人は、海神町の秀平さんだ。元は岸さんと言って、秀平の家に婿養子に入った人なんだが」

 老人が素性を語り出したのは、その日の夜だった。十年ぶりに断っていたウイスキーを持ちだして、彼女の祖父は黒崎さんに自分の中に秘めていた真実を吐き出したのだ。

「実はあそこのうちには本当は、別の跡取りがいたんだ。義郎(よしろう)さんと言って、おれと同い年の男だ」

 老人はアルコールで温まった息を吐くと、孫娘にだけ告げた。

「その義郎さんを、おれが殺しちまった」


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