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episode.4

episode.4

「伝説の始まり、そして」


 出発して数分、敵国のマークが描かれた戦闘機と接近する。敵機の飛行速度は訓練時に周囲を飛んでいる機体とは比べ物にならないぐらい速い。迫力が凄まじい。何とも形容できない異様な緊張感が全身を駆け巡る。しかし不安な気持ちはなぜがまったく消え去っていた。訓練通りにするだけ。そう自分に言い聞かせる。

 ジレル中尉が最初に現れた一機をミサイルによって見事撃墜した。無愛想な人だが、さすがだ。慣れている。

 ナスカは心を落ち着け冷静になる。大丈夫、と自分に言い聞かせる。練習の時と同じように近付いてきた敵機に照準を合わせ、そして、素早く引き金を引く。実体の無いレーザーミサイルは、引き金を引いている限りずっと継続して連射されるシステムである。

 ナスカは見事に一機を仕留めた。敵の機体は煙に包まれてふらふらと緩やかに落ちていく。ドキッとする瞬間は数回あったものの、その後も軽々と数機を撃ち落としてみせた。生まれて初めてのスリリングな経験に、密かに胸をときめかせていた。撃ち落とされれば死ぬかもしれない。だが命の鼓動が速まる独特の感覚がナスカを虜にして離さなかった。

 彼女は初めての出撃にして、既に才能を開花させていた。そんな彼女の活躍もあり、残ったリボソ国の戦闘機たちはすぐに撤退していった。もっと撃ち落とすために追いたい気持ちもあったが、帰還せよと命令を受けたので進行方向を変える。

 待機所へ帰り機体から降りると、先に降りていたトーレが手を大きく振りながら駆け寄ってくる。ナスカは、「さすがだね!」と言い嬉しそうに笑うトーレとハイタッチを交わした。

「凄かったよ〜、やっぱり憧れちゃうなぁ。お互い無事帰ってこれて良かったね」

 トーレはぱっちりした明るい色の目をきらきらと眩しく輝かせてナスカを褒める。

「えぇ。ホント、何もなくて良かったわ」

 ナスカはそう軽く流してから片付けをした。この後の調整は整備士の方にお任せだ。

「ねぇ、トーレ。向こうまで一緒に帰る?」

 声を掛けられたトーレは大慌てでバタバタと片付け、光の速さで飛んできて、ハキハキした返事をする。

「はい、喜んで!」

 ナスカとトーレは建物に帰ろうと二人で歩いていく。その途中、偶然ジレル中尉が目の前を通りかける。

「ジレル中尉、お疲れ様です」

 声を掛けると彼は冷たい目付きで少しだけナスカを見たが、ぷいっとそっぽを向いてしまった。その様子を見ていたトーレが皮肉を言う。

「僕この前も思ったんだけど、何ていうか、あの人ちょっと感じ悪いよね。何か言ってもほとんど無視するし、あれじゃ出世できないんじゃないの。あんなだから中尉のままなんだよ」

 その日の夕食時、たまたま廊下で出会ったトーレと一緒に食堂へ行くと、エアハルトとマリアムが仲睦まじく二人で座っていた。先にナスカに気が付いたのはマリアムの方だった。

「あっ、ナスカ!」

 その声によって気付いたエアハルトが表情を明るくしてナスカの方を見る。しかし隣にトーレがいるのを目にすると、少し気まずそうな顔をした。

「エアハルトさん、お隣座っても構いませんか?」

 ナスカが尋ねると彼は「いいよ」と穏やかに答える。

「えっと、じゃあ僕はここで失礼します」

 トーレが頭を下げてその場を離れていくと、マリアムがナスカをやたら褒め始める。

「ナスカ、今日の活躍聞いたよ! 何機も落としたらしいじゃない! 初めてなのに凄いね。信じられないや! さすがだわ」

 するとエアハルトは誇らしげに胸を張った。

「僕の育てた有力なパイロットだからなぁ。どうだいマリー、僕を尊敬したか?」

 マリアムは何食わぬ顔で、あえて丁寧に嫌味を言い放つ。

「まあ、何を勘違いなさってるの? 彼女の才能ですけどー?」

 彼は言い返せなくなったらしく膨れて黙った。そんな彼に気を遣いナスカはフォローする。

「そんなそんな、私の才能なんかじゃありませんよ。エアハルトさんに色々教えていただいたから上手くいきました!」

「ちょっと、謙遜させるんじゃないですっ! 可哀想!」

 マリアムはエアハルトに対しては皮肉や嫌味を言ったりするが、ナスカには優しかった。

 この出撃で戦果を挙げたナスカの名は、クロレア航空隊にあっという間に知れ渡っていった。ナスカは初めての女性戦闘機パイロットとして期待の星になったのだ。

 とはいえこの時点では軍部での話題であり、国民が彼女を存在を知るのは、まだしばらく先のことだが……。


 天体暦1949年・夏。クロレア航空隊は安定の戦績だったが、リボソ国の強力な海軍を相手に海兵隊は追い込まれつつあった。

 第二待機所もターゲットになり度々砲撃を受けた。明るい季節のはずなのに、最近はずっと硝煙の匂いが絶えない。初めて来た頃のような高く明るい空はなく、空は常時灰色の煙に包まれている。海は荒れて白い泡に埋め尽くされていた。

 航空隊パイロット達も出撃時以外に迂闊に外へは出られなくなり、退屈でうんざりしていた。一日のほとんどを、狭い部屋か人だらけの食堂で暮らすのである。

 ナスカはもうすぐ18歳。エアハルトは日を追うごとに忙しそうになっていく。偉くなると飛行だけが仕事ではないからか。自由時間にはトーレと過ごすようになった。エアハルトがいない時は年の近いトーレといるのが楽だった。

 昔の話をしたり将来について語り合ったりしていると案外盛り上がった。平和になった未来のクロレアを想像して楽しむ。もっとも、そんなものは所詮幻想で、現実は悪化していくばかりなのだが。

 それから数週間後、大きな仕事が舞い込んできた。形勢逆転を狙った軍部が航空隊に敵戦艦を潰せという命令をしたのだ。作戦の参加者名簿を渡された。エアハルトを代表とし、そこにはナスカの名前も載っていた。作戦開始は明後日だ。

「これ、私も行くんですか?」

 時間のある時にエアハルトに確認してみると、彼はそっと頷いて、「どうやら、そうらしい」と返した。この作戦は後に『第二沖戦艦大空襲』と呼ばれることになる、大規模な作戦である。

 今すぐ出発というわけではないが、気の早いナスカは、早めに準備を始める。

「今回もまた一緒ね。今度もよろしくね」

 トーレが冴えない表情をしているのに気付きそれが不思議と気になった。唇は結ばれ口数は少ない。瞳の輝きもいつもより控え目で、伏せ目気味であり、色がいつもより濃く見える程だ。何より普段の彼らしい明るい雰囲気が出ていない。

「どうしたの? 浮かない顔してるけど、体調が悪いとかなら早く申し出た方がいいわよ。無理して飛ぶのは危険だわ」

 ナスカが心配して彼の顔を覗き込むと、彼の暗い瞳にナスカの心配そうな顔が映る。

「あ、ごめん。平気だよ。僕、何かおかしかった? いつもと違ったかな……」

 笑みを浮かべるが顔がひきつっている上に、声にも張りがなく弱々しい。

「何となく調子がおかしいところがあったりする?」

 トーレは首を横に振った。

「何でもない。……元気だよ」

 発言とは裏腹に手が小刻みに震えているのを発見しナスカはその手を優しくも素早く掴む。

「手が痙攣しているわ! 病気の初期症状かもしれない。やっぱり、これを隠していたのね? 無理をしちゃ駄目よ!」

 ナスカが必死になって言うのを聞いたトーレは、笑いが込み上げ、少しして吹いてしまう。そして笑い出す。笑われたナスカは何事か分からず焦った。

「え、ちょっ、どうしたの? 私変なこと言ったかしら。どうして笑い出すの?」

 トーレは笑いすぎて溢れた涙の粒を人差し指で拭いながら口を開く。

「病気て大袈裟なっ」

 ナスカはぽかんと口を開ける。

「ごめんなさい……何だか笑いが止まらなくって。いや、ありがとう。元気が出たよ」

 しかしさっきまでの暗い表情は吹き飛び、いつもの彼らしい顔になっている。瞳にも涙の粒と一緒に光が戻った。

「……何だったの?」

 首を捻り怪訝な顔をしているナスカに対して彼は説明する。

「実は、情けないけど、怖かったんです。よく分からないんだけどさ、あの紙を貰った時、今までにない不安さを感じて。確かにクロレアのために一生懸命働くつもりだけど、もしものことがあったらと思うと……」

 ナスカはそれを聞いてやっと理解できた。彼の手を持ち直して真剣な眼差しを向ける。

「大丈夫よ。私も一緒だし、今までと何ら変わらないでしょ。それに今度はエアハルトさんもいる。心強いじゃない。だから心配なんて要らないわ」

 言い終わって微笑むナスカを見てトーレは強く頷いた。瞳に浮かぶ光は今までと変わらないぐらい輝いている。

「そう言われるとそんな気がしてくるよ。……ありがとう。ナスカは女の子だけど、僕よりずっと強いね。凄いなぁ」

 ナスカは彼の背を叩いて励ます。

「いいの! 不安もあるわよね。でも大丈夫。元気出してね!」

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