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episode.3

episode.3

「少女の出撃」


 その日の晩、ナスカは沢山の人が集まる一階の食堂へ招かれた。実を言えば、エアハルトが誘いにわざわざ部屋に来てくれたので、断れなかったのだ。彼は仕事を終えて帰ってきたところとは思えない元気さで、ナスカを食堂まで連れて行く。彼が颯爽と歩くと、廊下にいる人たちの視線を釘付けにした。さすがは『クロレアの閃光』だけある。

「ここの食堂はバイキング形式になっています。必要以上に取らなければ何を取っても問題ありません。ただし、年上の者が優先というルールがあります」

 エアハルトが優しく丁寧に説明してくれている間、周囲からの興味津々な視線が激しくて少しばかり恥ずかしい。しかし親切で説明してくれている以上、止めてほしいとは言えず、ただひたすら耐えるしかない。

「あ、そうそう。確認しようと思っていたんです。これからは仲間になるので、お嬢さんと呼ぶのも変ですし、ナスカで構いませんか?」

 彼が笑顔になる度に女性陣からの痛い視線が突き刺さる。嫉妬されているのか気になっているだけなのかは分からないが、得体の知れない視線の前に為す術は無かった。既に挫けそうだ。

「はい。それで大丈夫です」

 ナスカは周囲を刺激しないように控え目に頷き小さな声で答えた。

「じゃあ晴れて仲間って事で、これからは普通に喋らせてもらうね」

 先程までとは打って変わって陽気な喋り方になる。彼がたまに見せる無邪気な表情が実に興味深い。ナスカは、エアハルトは結構社交的な人なのかもしれないな、と思ったりした。

「あれ、アードラーさんだ。その女の子はどちら様? もしかして噂の新入りさんですかいっ? ふふっ」

 そんな微妙なタイミングでテンション高めな女の人がエアハルトに声を掛けてきた。肩ぐらいの長さの茶髪を下で大雑把にくくっているのが女々しくない感じで好印象。さっぱりして爽やかさが伺える。

「あぁマリー、用事が終わったんだな。この子のことが気になるのか? 彼女の名はナスカ、新入りさんだ。これからよろしくしてやって」

 するとマリーと呼ばれたその女の人は、ナスカの手を取り笑顔で気さくに喋りかける。

「初めましてナスカ。マリアムって言います、よろしく! 呼び方はマリーで良いからね」

 笑うと案外愛らしかった。

「彼女は僕の専属整備士をやってくれているんだ。とてもいい子だから好きになると思うよ。マリー、食事は?」

 エアハルトの問いにマリアムは明るく返す。

「今から! じゃあ折角だしナスカも一緒に食べよっか! あたしも友達が増えたら嬉しいな」

 ナスカが返答に困っているとマリアムの横にいるエアハルトは満足そうに頷いていた。

「それを頼もうと思っていたんだ。マリーはよく分かっているな! さすがだ」

 ナスカは「普通と違うタイミングで入った自分に友人を作ろうとしてくれているのだろう」と推測した。エアハルトは職業的に優秀なだけではなく、気遣いのできる男だ。それは人気なはずである。

「そりゃ専属だもの。アードラーさんのことは一番分かってるに決まっているじゃない」

 マリアムは胸を張り、面白おかしく威張る演技をする。苦笑いしていたエアハルトはナスカに凝視されているのに気付くと急激に冷たい態度で言い放つ。

「専属なのは僕の機体が普通の構造と違うからだろう! 特別仲良いわけではない!」

 それに対してマリアムが鋭く突っ込みを入れる。

「誰に対して言ってるんだか」

 やれやれという分かりやすいアクションをしながら呆れ顔になる。

「君は本当に失礼だな!」

 エアハルトはむきになり鋭い言い方で反撃した。

「あれ〜、ナスカがいるからかっこいい演出してるの〜? わぁ、ダサいね」

「無駄口を叩くな!」

 二人はナスカの目の前で仲良く喧嘩していた。しかし特別周囲からの視線は感じないので、どうやらいつものことらしい。珍しくはないのだろう。

「もういい! ナスカ、二人で食べよう。あんな女はもう知らない!」

 最初にそっぽ向いたエアハルトがナスカの右腕を掴む。すると続けてマリアムが言う。

「女同士の方が良いに決まっているわよね! あんなカッコつけは放置して、二人だけで仲良くしようね!」

「は、はい……?」

 マリアムは左腕を掴んだ。

 それからほんの少し間があってマリアムは笑い出した。何が面白いのかいまいち分からないが、派手な大笑いだった。一方のエアハルトはテンションが急降下し溜め息を漏らしている。

「傷付いた? ごめんなさい」

 マリアムは言葉では謝るが謝罪する気は無いらしく楽しそうである。ナスカはマリアムに言ってみる。

「マリーさんって、エアハルトさんと仲良しなんですね」

 すると彼女は急に目線を逸らした。

「えっ、そう見える? そんな事ないけど……」

 何だかんだで二人は仲良しだった。二人共お互いに否定していたが、それこそ仲の良い事の証明だろう。仲良くないと言いつつ息がぴったりではないか。

 その後、ナスカは結局二人と一緒に夕食を食べた。そんなにお腹が空いていなかったし、遠慮もあり、ティーカップ一杯分のコーンポタージュとロールパン二個だけにした。味は予想よりかは美味しいが別段美味でもない。しかし久々に誰かと食べる夕食は格別な気がした。

 それから数ヶ月が経過、ナスカは着実に訓練を積んでいた。初めての飛行で彼女は皆を驚かせる。多少のあどけなさはあるにせよ、初心者とは思えない見事な飛行を見せたのだった。それからナスカに期待する者が増えた。

 ナスカは徐々に訓練が忙しくなってきても、週末にヴェルナーに会いに行く習慣だけは決して変えない。一向に回復しないのを見ていると、本当は既に死んでいるのではないかと何度も思った。しかし、手が温かいので、期待は捨てずにいられた。彼がどのような状態にあるのかナスカには分からない。だからこそ、明日には、来週こそは、と繰り返し回復を祈り、お見舞いを欠かさなかった。


 搭乗機を決定する日が来た。ナスカはエアハルトに連れられて倉庫へ行く。その倉庫の中には色々な空を飛ぶ乗り物が置いてあった。古臭く壊れているような物から艶のある新品らしき物まで、様子は様々である。

「ボロボロな機体は古くて壊れた処分待ちだから、そういうの以外で選んでね」

 興味津々でキョロキョロしながら歩いていたナスカは、ある一体の機体の前で吸い寄せられる様に立ち止まった。真っ赤なボディに白い薔薇のマーク。

「……これは?」

 尋ねるナスカを見てエアハルトは唖然とする。

「それに興味があるのかい?」

 ナスカは彼の表情の意味を分からぬまま頷いた。

「それは僕の機体と一緒でレーザーミサイルが撃てる機体だよ。でもずっと適応者がいなくてお蔵入りさ。製造者によると、腕の良いパイロットにしか運転できないとか。本当かどうか分からないけどね」

 苦笑しているエアハルトをよそにナスカは明るく言う。

「素敵。これにしましょう!」

 それを聞いた彼は怪訝な顔で確認を取る。

「……本気かい?」

 怪訝な顔のエアハルトとは裏腹に、ナスカはもうやる気満々だった。

「乗れるならこれにさせて! 不可能ではないわよね?ねっ!」

 さすがに彼にも止められなかった。いや、止めなかった、が正解かもしれないが。それに今までのナスカの頑張りを見ていた彼には分かっていたのだ。彼女ならこの機体でも乗りこなせてしまうかもしれない、と。

「分かったよ、君なら大丈夫だろう。じゃあ今度はその機体で慣れるまで飛行訓練を。大変かもしれないが、ナスカなら頑張れるだろうからね」

 エアハルトは、ナスカがこの機体に乗る様になればきっとクロレア航空隊の大きな戦力になると予想していた。


 そして来る天体暦1947年、遂に出撃命令が下る。決して楽しい仕事ではない。今はただ、責任と覚悟を持ち、前へ進むだけ。訓練はひたすらしてきたが、実戦に出るのは初めてである。

「足は絶対に引っ張りません! それは誓います」

 などという半分冗談じみた発言で緊張をまぎらわす。

 この日出撃するのは、無愛想なジレル中尉を中心に五名である。ナスカを応援してくれているファンの一人である新米の少年トーレもいた。無愛想なジレル中尉は、ナスカには目もくれず自分の搭乗機へ行ってしまった。エアハルト曰く口下手らしいが、どちらかといえば口下手というより感じ悪いイメージが強い。一方でトーレは「頑張ろう!」と妙に力んでいて不安である。エアハルトは持ち場を離れられない仕事がある日だったので仕方無く地上に残ることを決めた。何だかんだいって、ナスカを一番心配していたのは彼だろう。前日から、不自然な言動が目立って増えていた。

 当然だが見送りにはやって来る。エースパイロットと呼ばれる男だけあり、出撃の時には頼もしくナスカを励ました。恐らく情けない姿を見せられないと少し無理して頑張ったのだろう。

「君は一人じゃない。だから、きっと上手くいくよ」

 ナスカを見送るエアハルトは微笑んでいた。きっと心の中は不安でいっぱいだったことだろうが。

 第二航空隊待機所の滑走路から白薔薇の描かれた機体が空へ飛び立った。クロレア航空隊から初めて女性の戦闘機が空を舞った瞬間であり、それがナスカ・ルルーの伝説の幕開けである。

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