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episode.2

episode.2

「出会いが起こす奇跡」


 天体暦1946年・夏。

 訓練所の掃除係となりそこそこ平穏な生活をしていたナスカの元に、一人の男性が訪ねて来る。

「始めまして、突然訪ねてしまってすみません。何でもパイロットになりたいとか。それを聞きまして、今日はこうして来させて頂いたのです」

 ナスカはさっぱり知らなかったが、彼は『クロレアの閃光』という異名を持つ、エアハルト・アードラーという名の知れた戦闘機パイロットらしい。しかしそんな風には見えないきっちりした身形であった。黒とも茶色ともとれる曖昧な焦げ茶色の髪。鼻筋が通り艶はあるが薄い唇が凛々しさを醸し出す。鋭く切れ長な眼も印象的だ。

「もし良ければ僕の所へ来ませんか? 航空隊は養成する暇が無く無理ということなので、ならばこちらに来ていただきたいと思いまして」

 夢のような話ではあるが余りに唐突過ぎてナスカは怪しむ。こんな都合の良い話に裏が無いはずがないと思ったのだ。

「ちょっと待って下さい。まずどうして私が志望した事を知っているのですか。突然なので話が全く分かりません」

 するとエアハルトは笑みを浮かべた。笑みが浮かぶと目尻が下がり、さっきまでとは違った人懐こい雰囲気を出してくる。

「あ、すみません。怪しいとお思いですね? 説明不足でした」

 それから彼は穏やかにここに至る経緯を説明した。

「実を言いますとね、航空隊の方からこういう子がいるんだけど育ててやってくれないかと話を受けまして。ですからすっかりそちらもご存じなのだと……」

 それでもまだ半信半疑なナスカに対して彼は言う。

「そういえば、ヴェルナーの妹さんだそうですね」

 ナスカはその話題には勢いよく食い付いた。

「兄さんを知っているの!?」

 直前までの怪しんでいた気持ちが嘘みたいに晴れていく。

「……と言いましても随分会っていないのですけどね」

「どうして?」

 純粋に期待している目で質問してくるナスカを見て、エアハルトは少し答えにくそうに間を開けてから答える。

「ヴェルナーが訓練中の事故で怪我をしたのは僕の責任です。責任者である僕がもっと早くに動いたなら彼の足も治ったかもしれなかった……でも! ご安心下さい。もう同じ失敗は絶対にしませんから! なので……」

 そういうことか。ナスカはよく分かった。

「分かりました」

 そう遮り、ナスカは笑顔を浮かべる。

「お誘いありがとう。行かせて頂きます」

 その日から、ナスカの日常は再び動き始めるのだった。


 一週間後、ナスカは戦争下でも数本だけ残っている電車を乗り継ぎ、エアハルトがいるという第二航空隊待機所へと向かった。訓練所からタブという街まで約一時間程の時間を要する。

 タブの駅で電車を降りるといきなり広がる青い世界にナスカは圧倒された。高い空と広大な海が、視界を一面青の世界に染めている。人通りは少ない。微かに不安を抱きながらも貰った入所許可書の地図を頼りに約束の場所へ向かう事にした。太陽は眩しく輝いているが、爽やかな風が吹いているせいかそれほど暑くは感じなかった。

 五分ぐらい歩くと高い鉄の門に辿り着く。門の脇の壁には銀のプレートがついていて、【第二航空隊・海兵隊待機所】の名が彫られている。地図と見比べて間違いないかどうか何度か確認してから、インターホンらしきボタンを恐る恐る押してみた。ナスカは緊張気味に返答を待つが、なかなか出てこないのが余計に彼女を緊張させた。

 しばらくそのまま待っていると、長い沈黙を破り声が聞こえてくる。

『お待たせしました。おはようございます。どちら様ですか?』

 少し籠ったハスキーボイスだった。聞き慣れない声に怯まずナスカはハッキリと答える。

「ナスカ・ルルーという者です。エアハルトさんと約束しておりまして、会うために参りました」

 ハスキーボイスの男性は怪訝な声色で確認する。

『……エアハルト? 失礼ですがパスの確認をお願いします』

 冷やかに告げられたナスカは戸惑いながら仕方が無いので尋ねてみる。

「パスって何ですか?」

 すると男性は説明する。

『先程約束だとおっしゃいましたよね。ならば、入所許可書をお持ちの筈です』

 ナスカは心を落ち着けて手元にある入所許可書を見回す。するとそれらしきものが見付かった。ややこしいので一つ一つ丁寧に読み上げていく。

「えぇと……これですかね。では、nu5o-bqas6-e127g-jxbc……です」

 パスを読み上げ終えると、鉄の門は自動的に開いた。まさか自動式だったとは、とナスカは驚いた。

『どうぞ。お入り下さい』

 ナスカが門を通り過ぎて敷地内へ入ると、門は再びきっちりと閉まった。そこからは太く果てしないコンクリートの道が広がっていた。重々しいコンクリートのグレーと爽やかな海の青という二色のコントラストが凄い。二階建ての建物がある以外はひたすら広大な地面が続いている。ナスカは緊張しながらもその建物に入ってみる。自動ドアが迎えてくれた。中に入っていくと、カウンターの所に座っていた男性が立ち上がりナスカに声をかけてくる。

「先程の方ですね?」

 籠った声でさっきの男性だと分かった。カウンターの外へ出てきた男性に深くお辞儀をされナスカは困惑しながらもお辞儀をし返した、その時だ。

「お嬢さん!」

 エアハルトが建物の外から歩いてきた。この前に会った時とは違い長いコートを着ている。耳には黒の目立たないイヤホンをしていた。

「お久し振り、今日到着でしたね。部屋へ案内しましょう。そこの君、201の鍵!」

 ナスカに対して丁寧で柔らかな物腰だっただけに、男性に向けて鋭く言い放ったのが意外だった。言われた男性が狼狽えるでもなく普通に鍵を手渡している所を見ると特別な事ではないのだろう。エアハルトは鍵を受け取ると「ありがとう」とあっさり礼を述べナスカの方に向き直る。案外さっぱりしていた。

「取り敢えず荷物を置きに行きましょうか。部屋まで案内します」

 ナスカは彼に連れられて二階へ上がり部屋まで誘導してもらう。ドアの向こうに広がっていたのは狭く質素な小部屋だった。壁は全て白で小ダンスとちゃぶ台だけが設置されている。

「もうここしか空いていなくて……布団はまた夜に係の者がお持ちしますから。これからはどうします?休憩されても……」

 ナスカは心のうきうきを静められそうになかったので、時間を有効活用しようと考えた。

「見学させて頂いても構わない? あっ。でしょうか」

 思わずため口で喋ってしまい後から丁寧語を付け足したが彼は嫌な顔一つせずに頷く。

「えぇ、構いませんよ。折角ですから案内しましょう」

 その時、先程のハスキーボイスの男性が階段を駆け上がってきた。

「アードラーさん! 出撃命令が出ました!」

 エアハルトは面倒臭そうな顔をする。

「いや、ここまで言いにこなくていいでしょ?こっちで連絡してくれよ」

 彼が耳のイヤホンを指差すと男性は謝った。

「ごめんなさい、お嬢さん。ちょっと行ってきます。君! 彼女と話してあげて」

 男性が妙に勇ましく敬礼をすると、エアハルトは早歩きで階段を降りていった。

「あ、えっと……もうすぐ窓からアードラーさんの戦闘機が離陸するのが見えます!」

 部屋の中を指差したので、ナスカは奥にある窓の方に向かった。しばらくして一台の黒い機体が飛び立った。

「あの黒いやつね!?」

 実際に目にして興奮を抑えられずに声を出すと、男性は静かな動作で頷く。

「えぇ。そうです」

 窓から乗り出す様に広大な空を眺めた。

「それにしても一瞬で出発したの? 行動が素早いわね」

 その後にも続々と数機が飛び立っていく。その轟音がナスカの心を興奮させた。

「コートの中に飛行服を着ていたのです。アードラーさんは出撃命令が多いので普段は飛行服で過ごされてますが、お客さんをお迎えするのにそのままでは悪いと思われたのかと。因みに着用なさっていたのは夏用のコートですから、薄手です」

 恐るべき丁寧さで詳しく説明してくれた。そこまで説明する必要があるか?というレベルだ。

「それで……この後はどう致しましょうか?」

 男性の問いにナスカは笑顔で答える。

「先に貴方の名前を聞きたいわ」

 その希望に彼は答えた。

「名前、ですか? ああ、まだ自己紹介をしていませんでしたっけ。ベルデ・ミセルです。一階のカウンターで受付をしていまして、一応警備担当です。どうぞ宜しく」

 棒読みのハスキーボイスにもそろそろ慣れてきた。無愛想に聞こえるのは多分機嫌が悪いのではなくそういう人なのだろう。ナスカにしてみれば、テンションが高過ぎる人よりずっと良かった。活発すぎる人といるのは疲れてしまう。

「他に何か聞きたい事がありましたら、何でも質問して下さい」

 彼なりに気を遣ってくれているのは理解できる。折角の機会に何も無いというのも悪いので、お願いする。

「そうね……じゃあエアハルトさんについて聞かせて! 本当は凄い人だとか聞いたけど、実は余り知らないの。ちゃんとお仕事しているの?」

 するとベルデは衝撃を受けたかのような表情になって返す。

「えっ! 知らないんですか? ちゃんとしているも何も、アードラーさんはクロレアのエースパイロットですよ!! この国の希望の星です!!」

 予想外に熱く語りだされたナスカはドン引きして硬直した。エアハルトがそんなに凄い人なのだとは知らなかったし、今までの会話した感じからは想像もできない。

「せ、説明ありがとう……」

 としか言いようがなかった。

「私にもパイロットになれるかしら? やる気はあるつもりだけど実はちょっと心配してるの。本当に大丈夫だろうか、って」

 すると彼は少し考える顔をした。

「……厳しいですが努力次第でなれると思います。もし上手く進めば、クロレア航空隊初の女性戦闘機パイロットになるかもしれませんよ。航空隊も密かに期待しているのでは?」

 ベルデの淡々とした物言いは不思議と信頼できる気がする。

「でも断られたのよ」

 彼は首を横に動かす。

「いえ。あくまで推測ですが、期待しているからアードラーさんに話を持って行ったのでしょう。だって考えてみて下さい。教育する価値の無い者の育成を頼んだりするでしょうか?」

 言われてみればそんな気もしてきた。確かに不自然である。違う道を選べと拒否の通知を渡しておいてエアハルトに育ててやってほしいみたいに頼むなんて。

「それは確かにそうかも」

 ベルデの理論も満更間違ってはいない。

「アードラーさんはずっと出撃ばかりの刺激の無い毎日で疲れると言われてらしたので、嬉しかったと思います。育成などという新たなことに挑めるのですから」

 出撃ばかりって。と、突っ込みを入れたい気分だった。命を落としてもおかしくない仕事をしているというのに刺激が無いとは恐るべしだ。

「余裕なのね、流石だわ。よぉし、私も頑張らなくっちゃ!」

 ナスカは強く決意して、窓の外に広がる果てしない空を見上げた。

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