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白薔薇のナスカ 〜クロレア航空隊の記録〜  作者: 四季


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episode.21

episode.21

「ただ前へ進むだけ」


 作戦決行の日。

 とてもよく晴れた冬の朝だった。雲のない澄んだ空から降り注ぐ穏やかな日差しが、冷えたアスファルトを照らしていた。

 ナスカはいつもより早く起きて外へ出ると、空を仰ぎ、一人ぼんやりと両親のことを考えていた。

 庭の花壇から小さな芽を眺めた春、少し離れた野原で家族みんなでピクニックをした夏。秋にはどこか物悲しい海を眺め、冬には母が作った温かいポタージュを飲んだ。あの幸せだった頃の自分が、ほんの僅かでも、今の自分の姿を予想しただろうか……。

「おはよう」

 背後から声が聞こえ振り返るとそこにはエアハルトが立っていた。

「不安かい?」

「……いいえ。両親のことを考えていただけです」

 迷いのないナスカを見てエアハルトはふっと笑みをこぼす。

「強いね、君は」

「えっ! 私がですか?」

「親を亡くし、兄や妹とも引き離され、青春時代を戦争に費やし……君は、最初に僕が思ったよりずっと偉大だったよ」

 エアハルトは優しく微笑む。

「い、偉大? そんな! 私は偉くなんかありませんよ」

 ここまでなれたのは周囲の協力があってこそで、ナスカは一度も、自分が偉いからだと思ったことはなかった。

「ただ、私は私にできることをしてきただけです。今の私があるのは色々な人が助けてくれたからで、えっと、一人じゃなかったから上手くいきました」

 一人じゃなければ全てが上手くいく。

 それはまだナスカが悩んでばかりいた頃に、エアハルトがいつもかけてくれた言葉だった。

「ナスカ」

「何ですか」

「これが終わったらどこへ行きたい?」

 ナスカにはその意味がよく理解できなかった。

「戦争が終わって平和になったら、君が戦う必要はなくなる。そしたら、何をしたい?」

 そんなこと考えたことがなかった。この道を選んだその時、もう二度と幸せな日々には戻れないと覚悟した。それでも構わない、と。

 ナスカが答えに迷って黙り込んでいると、エアハルトは穏やかに微笑んで言う。

「……まぁいいや。今すぐに決めなくても、終わってからゆっくり考えれば構わないことだしね。さて! 準備するか」

「そうですね」

 ナスカは大きく、強く頷く。

「それじゃあ、また後で!」


 それから数時間が経ち午前。

 作戦に参加する者はほとんど準備を終え、一箇所に集まる。ナスカはエアハルトのところへ行った。

「各自、予定の配置について」

 エアハルトがそう告げた。

 ジレル中尉はリリー、トーレはヒムロをそれぞれ乗せ、エアハルトとナスカは個人で敵陣まで入り込む。

「ナスカ、花火は持った?」

「持ちました」

 カスカベ女大統領の殺害に成功した暁に打ち上げる花火だ。これが上がると同時に、外からの部隊が攻め込む作戦である。

「では、健闘を祈る」

 これが上手くいけば全てが終わる。

 こうして長い一日が始まった。


 離陸して数分が経ったかという時、突然エアハルトから通信が入る。

『敵機を確認した。戦うな。今は関係ない』

「は、はい! でも、見逃していいのですか?」

 目を凝らすと、遥か彼方にぼんやりと黒い影が見える。五機ぐらいはいそうだ。

『僕が撃ち落とす』

 エアハルトの機体は他と方向を変えると、その黒い影に向かって、視認できないようなスピードで突き進む。それから一分もしないうちに辺りは煙に包まれ、その薄暗い煙からエアハルトの黒い機体だけが飛び出す。

『全機、撃墜』

 ナスカはさすがだと思った。彼の能力を実際に目にするのは久々な気がするが、『クロレアの閃光』の名はやはり伊達ではない。

 それから飛び続けること三十分、女大統領が住んでいるという建物が見えてくる。

『降りるよ』

 エアハルトが告げる。ナスカは予定の場所に着陸し、コックピットから出る。

「ここからは三つに分かれて行動する。ヒムロ、案内を」

「分かってるわ。任せなさい」

 ヒムロは真剣な顔をしながらも、どこか余裕ありげに頷く。

「私はかき乱せばいいのだな」

「リリーも頑張るよ!」

 ナスカが心配そうな顔をしているのに気がついたジレル中尉は言う。

「心配はいらない。リリーくんは守る」

「……大丈夫です。大丈夫だと……信じています」


 予定通りジレル中尉が騒ぎを起こし、見張りがそちらへ向かった隙に、ナスカとエアハルトは裏口から建物に侵入する。二人はヒムロの案内を聞きながら慎重に進んでいった。その間もナスカはリリーのことが心配でならなかった。

「何をしている」

 おそるおそる歩いていると、突然聞き慣れないハスキーな声が聞こえ、ナスカは心臓がドキリとした。

 エアハルトは拳銃を構える。

 そこに立っていたのは冷やかな雰囲気の女だった。裾を切り揃えられた艶のある短い髪に動きやすそうな軍服姿、背中には細身の長い銃。化粧はしていないようだが美人で凛々しい。

「男が一人、女が一人」

 女は拳銃を向けられても動揺せず、慣れた手付きで背負っている細身の長い銃を取り出す。それを構え、淡々とした口調で問う。

「外のやつらの仲間か?」

 エアハルトは女を鋭く睨みながらトリガーに指をかける。

「ん? 男のほう、どこかで見たことがある気がするが……話したくないだろうし、まぁ構わん。捕らえて拷問でもすれば、話す気になるはずだ」

 女がそう言った刹那、歯切れの良い単発の大きな音が三回鳴った。エアハルトはトリガーを引いていた。床に小さな三つのくぼみができている。

「この期に及んではずすとは、その度胸は認めてやろう」

 どこか余裕を感じる女とは対照的に、エアハルトは殺伐とした雰囲気を漂わせている。トリガーにかけられたエアハルトの指が微かに震えていることに気付いたナスカは、覚悟を決めて拳銃を取り出す。

「そこを退いて下さい」

 しかし女は細身の長い銃を構えてじっとしているままだ。

「それはできない」

 ナスカはスライドを引き、トリガーに指を添える。

「残念です」

 トリガーを引く、乾いた音と共に弾丸が飛び出す。弾丸は女の頬にかすり、後ろの壁に突き刺さる。拳銃の扱いには慣れていないナスカとしては、かすっただけでも上出来だ。

 女は銃を撃つ。

 反応に遅れたナスカの腕をエアハルトが引っ張る。もう少し遅ければ消し炭になってしまっていたかもしれなかった。

「大丈夫?」

「は、はい。平気です」

 女は素早く次の弾を込め、細身の長い銃の銃口をナスカの背中に向ける。

「危ない!」

 即座に気付いたエアハルトは叫ぶとほぼ同時に、覆い被さるようにナスカを抱き締める。ナスカは強く目を閉じる。

 ……硝煙の匂いが漂う。痛みを感じない。ゆっくりと目を開く。首もとから赤い液体が流れて、ナスカは、はっとする。

「エアハルトさん!」

 首もとを濡らしている赤い液体は、彼の肩から流れてきているものだった。

「大丈夫ですか!?」

 エアハルトは顔をしかめながらも弱々しく言う。

「心配しないで……ナスカ。これぐらい、大丈夫だから」

 女は次の弾を込め、引き金を引く。動く時間はなかった。

 背中に弾丸を受けたエアハルトは、駆け巡る激痛に顔を歪めながらも、女に向けて拳銃のトリガーを引く。しかし、震える手では狙いが定まらない。

「そうだ、思い出した。エアハルト・アードラー……だったかな? 詳しくは知らぬが、貴様は確か拷問にすら屈さぬとか」

 女はエアハルトに歩み寄ると彼の拳銃を持つ手を掴む。

「所詮、噂は噂。拷問に屈さぬ男ならば、女一人ごときに震えるはずがあるまい」

 バカにしたような笑みを浮かべる女に腹を立てたナスカは、すかさず言葉を挟む。

「バカにしないで!」

「愚か者はバカにされても仕方がない。そういうものだ、諦めろ」

 そう言って女はエアハルトを蹴りとばす。彼の耳に装着されていたヒムロとやり取りするための小さな片耳用イヤホンがとれて床に落ちた。

「エアハルトさんは愚か者なんかじゃないわ!」

 腹を蹴られたエアハルトは、荒い呼吸をしながら手首を押さえ、地面にうずくまっている。

「そうか。ならば、そう思っていて構わない。二人仲良く地獄に落ちるといい」

 女はそう吐き捨てると、長い銃を再び構えた。

 ——死ねない。こんなところで死んだら、平和は訪れない。それだけではなく、ここまでのみんなの頑張りが水の泡だ。

 ナスカは一撃目を素早くかわすが、着地に失敗してつまずき転倒し、直後、顔を上げた時には既に、銃口がナスカの額を冷たく睨んでいた。それに気付いたナスカは青ざめる。

 女がトリガーを引く直前、天井の一つのパネルが、パタンと軽い音を立てて開く。そこから勢いよく飛び降りてきて、ナスカと女の間に入ったのは、ジレル中尉だった。

 女はいきなりの登場に少し驚いたようだったが、すぐに無表情に戻り、今度はジレル中尉に銃口を向ける。

「気を付けて下さい。あの女の人、素早いです」

「そうか。ありがとう、ナスカくん。だが……関係あるまい」

 ジレル中尉は素早く女に接近し弾丸を入れている腰の袋を奪い取ると、それをナスカに向かって投げる。ナスカはキャッチする。

「……く」

 女は小さく舌打ちする。

 ジレル中尉は女の足を凪ぎ払い転倒させ、女の首もとを掴むと、壁の方向に蹴飛ばす。勢いよく廊下の壁に叩きつけられた女の方へ歩いていき、ジレル中尉は更に二・三発女を蹴る。それがとどめとなり女は気絶したらしく、全身が脱力したのが見てとれる。

「役目が終わったリリーくんは一旦ヘリで避難させた。ナスカくんは無事か?」

 ジレル中尉が振り返り、硬直しているナスカに尋ねながら近付いてくる。

「怪我はないか」

 彼の声で現実に戻ったナスカは、急いでエアハルトのもとへ駆け寄る。命の危機に直面し、つい忘れていた。

「ジレル中尉、エアハルトさんが!」

 エアハルトは倒れたまま、青い顔でぼんやりとしている。

「エアハルトさん、大丈夫ですか? 私はここにいます。すぐ手当てしますから、頑張って下さい」

 ナスカはエアハルトの冷えた手を握り泣きそうになるが、必死に涙を堪える。

 そんなナスカにジレル中尉が淡々と告げたのは残酷な内容だった。

「残念だがナスカくん、アードラーを手当てする時間はない」

「そんな! では彼をこのまま放置するのですか!?」

「一人の人間に時間をかける余裕はない。任務が優先だ」

 ナスカは胸が締め付けられ、苦しくなる。エアハルトの手を強く握ると、今まで我慢していた涙が一気にこぼれた。

「……やだ。嫌だ」

「ナスカくん、時間がない。直に敵が押し寄せる。急ごう」

「絶対に嫌!」

 はっきりと拒否されたジレル中尉はすっかり困ってしまう。

「エアハルトさん……聞こえますか? 聞こえているなら、返事して下さい」

 ナスカが小さく声をかけるとエアハルトの指が微かに動く。

「エアハルトさん!」

「大丈夫……」

 彼の唇がほんの少し動いた。

「死んだり……しない。全部……終わるまで」

 掠れた弱々しい声だった。

「私はずっと、貴方の傍にいます。だからどうか生きて」

 エアハルトのぼんやりした瞳がナスカを捉える。

「……泣かないで」

 エアハルトは手を伸ばし、その指でナスカの目からこぼれた涙を拭く。ナスカは驚いてエアハルトを見る。

「……行って」

 彼は小さくも優しい声で呟くように言い、笑みを浮かべる。

「お願い、嫌よ。貴方と離れるなんて絶対に嫌。私、もう二度と大切な人を失うのは耐えられない。エアハルトさん、私は」

「ナスカくん! 上!」

 突然ジレル中尉が叫んだ。

 驚いて顔を上げると、天井が崩れてきていた。ジレル中尉がナスカの腕を掴み引っ張る。

 次の瞬間には、天井の瓦礫が廊下を完全に塞ぐ。ナスカは絶望で目の前が真っ暗になり、言葉は出なかった。

「無事か」

 ジレル中尉が確認した。

「……一緒に死なせてくれれば良かったのに」

 ナスカがそう漏らすと、ジレル中尉は返す。

「何ということを言うんだ」

 ナスカの腕を掴む。

「運命は残酷ね……。いつも、私からすべてを奪ってしまうもの……」

 この時ばかりはさすがのナスカも、死んでしまえたらどれほど楽になれるだろう、と考えた。もし今、偶然でも心臓が止まったなら。呼吸が止まったなら、どれほど苦しまずに済むだろうか、と。

「いや。それは違う」

 ジレル中尉はそんなナスカにはっきりと告げる。

「君にはリリーくんも兄もいる。運命は君から奪うばかりではない。大切な人がいることを思い出せ。しっかりしろ、リリーくんを残して死ぬな。……行くぞ」

 それからジレル中尉は半ば強制的にナスカを引っ張っていった。

「君はリリーくんの一番大切な人間だ。こんなところで死なせるものか」

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