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白薔薇のナスカ 〜クロレア航空隊の記録〜  作者: 四季


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episode.16

episode.16

「大胆なヒロイン」


 ヒムロの決意を聞いたエアハルトは、踵を返し言う。

「まぁいい、ナスカがまだ向こうにいるから行ってくる。君はここにいろ」

 彼の背中に向かってヒムロは叫ぶ。

「待って! あたしも戦うわ!」

「駄目だ。素人が戦ったところで死ぬだけ」

 彼は振り返らずにそっけなくそう答えたが、ヒムロには彼なりの気遣いなのだと感じられ、仕方がないので食い下がることに決めた。

 ヒムロは部屋に戻り、座り込む。ドアは壊れてしまっているので閉まらないが、明るいのもそんなに悪くない。そう思いながら、マモルから奪った拳銃をギュッと抱き締めた。


 エアハルトは階段の方へと向かう。念のため警戒していたものの、既に銃撃戦は終わっていた。敵兵は二階には一人も残っていない。

 近くの警備科に尋ねる。

「一階の様子は?」

 その男の人は敬礼して明るい表情で返す。

「順調っす!」

 更に聞く。

「そうか。援護に行かなくていいのか?」

 すると男の人は陽気に親指をグッと立てて答える。

「下は大丈夫っす! 俺らは二階に上がってきた奴だけを倒せばOKっすよ」

 ナスカが歩いてくる。

「エアハルトさん、無事で?」

 彼女の横には煤のようなもので汚れたトーレがいた。

「……あ、うん。大丈夫」

 先程会った時は緊急なので普通に話せたが、やはり平常時だと気まずくなって、エアハルトは上手く話せなかった。彼らしくないぎこちない喋り方になってしまう。

「……君は」

 エアハルトはトーレに視線に移して小さく言った。急に話を振られたトーレは、少し戸惑った様子で苦笑しながら述べる。

「ちょっとドジなことをしてしまって。ははは」

 柔らかな苦笑いをするトーレが本当は負傷していることに気付かないエアハルトではない。

「守ってくれたのか……ありがとう」

 ナスカが何食わぬ顔で口を挟む。

「トーレが誰を守ったの?」

 顔を見るがトーレは苦笑し続けるだけで何も言わなかった。何となくスルーした方がよさそうな空気を感じたナスカは、何もなかったかのように視線をエアハルトに戻す。

「エアハルトさん、下へは行かない方が良いかと思います。まだ敵がいますから」

 ナスカは忠告した。

「下は警備科だけで十分な戦力なのか」

 エアハルトは先程声をかけた男の人に確認する。

「いえ、警備科だけではありませんよ」

 男の人はそう述べた。

「違うのか? だが他に誰が戦えると……」

「ジレル中尉」

 答えたのはナスカ。

「彼が一階に残りましたから、総倒れはないはずです」

 敵兵は数こそ多いが、個々の戦闘能力はそんなに高くないので、ジレル中尉が負けることはない。そういう考えだ。ナスカの戦闘に関する彼への信頼は絶対的である。

「それにしても、こんな時にお偉いさんは何をしてるんだろうね」

 トーレがいきなりナスカに話しかけた。彼はこればかり。

「そんなこと、私に分かると思う?」

 下の階からしてくる振動は徐々に収まってきている。大体勝負がついたのだろう。

「ナスカはどう思ってるのかなぁ、って思ってさ……」

「さっぱり分かんない」

 ナスカは笑って答えた。

 彼女は正直そのような方面には詳しくない。ここまで一生懸命さぼらず勉強はしてきたが、それでも若い頃からエリート街道を真っ直ぐに進んできた人たちに比べれば知識は劣る。

「トーレは頭いいわよね」

 褒められたトーレは頬を赤く染めながら控え目に「そんなことないよ」と返すが、言葉とは裏腹に表情からは喜びが伝わってくる。分かりやすい。ナスカはその様子を愛らしく思いながら眺めていた。

「本当よ。さすが学卒ね」

 彼の肩にぽんと軽く手を置く。

「が、学卒?」

 トーレが首を傾げる。

「学校卒業を略してみた」

「あ、そっか。ナスカは航空学校出身じゃないもんね。まぁそれで一番強いんだけどね」

「そんなことないわ。ふふ」

「いや、何、和んでるの?」

 エアハルトはのほほんとした空気になっている二人に突っ込みを入れた。

「まだ敵が来る可能性はあるから気を付けた方がいいよ」

「私ですか?」

 ナスカに真顔で見られたエアハルトは怯み慌てる。

「あ、いや、うん。一応だよ」

 それに対してナスカは「そうですね」と返事をした。エアハルトが慌てている理由がナスカにはよく分からなかったが、たいしたことではないので気にしないことにした。

「誰か! 来て!!」

 そんな風に穏やかに話していると、いきなり一階から叫び声が聞こえてくる。

 階段に向かおうと足を進めかけたエアハルトをナスカが止める。

「行きます」

 彼は数秒して強く言う。

「駄目に決まってる!」

 ナスカは制止を聞かずに歩き出す。

「トーレ、行こう」

「うん。急いだ方がいいね」

 エアハルトは彼女が自分に従わないことに、内心動揺していた。もう上司とさえ思われていないのか? そんな不安に駆られる。


 ナスカはトーレと共に一階へ下りる。

「ナスカちゃん! ベルデさんが……どうすれば……!」

 警備科の女の人が涙目になりながら切羽詰まった声で訴えてきた。完全にパニックになっている。冷静さが命の仕事内容だというのに。ナスカは心の中で密かに「警備科なんだからもっとしっかりしろよ」と微かに思ったが、次の瞬間、そんな思考は吹き飛んだ。

「ベルデ……さん?」

 門のところで見た、年がいった方の男がいる。その足下にベルデが倒れている。男はやや興奮気味にベルデをぐりぐりと踏みつけていた。どこか楽しんでいるようにも見える。

「ちょっと貴方! 何をしているの!!」

 ナスカは怖い形相で勢いよくそちらへと歩いていく。

「……貴様、何者だ?」

 男は警戒して尋ねた。

「その人を離して」

 ナスカは問いなど完全無視で命令し拳銃を向ける。

「……答えろ」

「いいえ、答える必要はない。今すぐ離して」

 男はベルデを踏む足に力を加える。

「うぐ! ……え。な、ナスカさ……ん?」

 ベルデは光のない目で小さく漏らした。生きていたことが分かりナスカは安心する。

 男はベルデの前髪をガッと掴むと自分の心臓の辺りに彼の額がくるように持ち上げた。ちょうどナスカの拳銃の銃口の辺りに額がくる。

「ふぅん、私に撃たせない作戦ね」

 男はニヤリと笑う。しかしナスカはそのぐらいではまったく動揺しない。

「名案ね。まぁ、相手が私でなければ……だけど」

 ナスカは引き金に指をかけて微笑む。

「貴方はこの拳銃の威力をご存知かしら」

「……時間稼ぎか?」

「まさか! ご冗談を。この拳銃改造されてるのよ。だからね」

 緊張のあまり失神しかける女性を傍にいたトーレは慌てて支え、不安げに見守る。

「頭蓋骨ごと貴方の心臓を貫くことも可能ってわけ」

 ナスカの大胆過ぎる発言には誰もが愕然とする。

「愚かな! 貴様のような小娘が仲間を撃ち殺せるはずがない」

 ベルデは目を細く開き定まらない視線でナスカを見、弱々しく頷く。命乞いするどころか、殺してくれと言わんばかりである。

「おい、お前もちょっとは命乞いとかしろよ! こんな小娘に殺されるんだ! 嫌だろ!」

 作戦は見事に成功している。思惑通り、男は動揺し始めていた。相手が冷静さを失えばこちらのものだ。

「なぁ、仲間に銃を向けられるってどんな気持ちだ? 恐怖か、憎しみか?」

 ベルデの腹に膝蹴りをする。

「ぐ……」

 彼は蹴られた部分を押さえて呻く。男は虫の息のベルデを無理矢理起こすと、狂ったような表情で激しく言う。

「自分がこんな目にあっているのに他の奴らはのうのうと生きているのが憎くて仕方ないだろう? 死ぬ前に一言答えろよ! 上司に銃を向けるような小娘なんて殺したいと思うだろ!?」

 男は急かす。

「憎いと思うだろ!?」

「……ない」

 ベルデの血に濡れた唇が微かに動く。聞こえるか聞こえないかのような声だった。

「んん? はっきり言え」

 男は愉快そうに命じた。

 ベルデはとても穏やかな表情で淡々と答える。

「思わない」

 言い終わるほぼ同時に男はベルデの顔面を蹴り飛ばす。ベルデは上に飛ばされ地面に強く叩きつけられる。

「この生意気め! 今すぐに殺してやる!」

 男が機関銃を持ち上げる寸前に、ナスカは後ろから眉間を撃ち抜いた。躊躇いはない。倒れた後、更に胸を数発撃った。

「……終わりよ」

 吐き捨ててベルデに向かう。

「大丈夫ですか?」

 目は少し開いているが、意識は朦朧としていた。傷はかなり重そうだ。呼吸も荒くなっている。

「もうすぐ救護班が来ますからしっかりして下さい。ベルデさん。生きてるんですよ」

 ナスカが手を握り締めると、ベルデはそっと握り返す。

「分かり……ます。あり……がとう……ございます」

 掠れた声で途切れ途切れ述べた。

「何か必要なものはありますか?」

 ナスカが尋ねる。

「本当……なんですね」

 ベルデの発言にナスカは不思議な顔をする。

「ヒムロさんが、言ってられたのです……もう……死ぬ時に、必要なものなど……ない、と」

 こんな時でさえも淡々とした物言いだ。平静を装っているのか本当に落ち着いているのか。ナスカにはどちらなのかよく分からないが、もう死ぬと決まったかのような言い方は気に食わない。

「そんな言い方をしないで下さい。まだ死にません。実際、こうして生きているじゃありませんか」

 救護班が走ってくる。

「もう……限界です。多分」

「諦めてはいけません。貴方がこんなところで死んでしまったら、これから誰が警備科の指揮を執るのですか」

 返事はもうない。無視しているのではなく意識を失っているのだ。今になってようやくやって来た救護班の班員たちが、彼に群がり手当てを開始する。

 これでもう安心……とはとても言えない。むしろその逆で、まだ危険な状態だろう。それでもナスカは信じた。きっと間に合う、きっと大丈夫。すぐに回復する、と。


 二人の司令官を失ったリボソの一般兵たちは撤退を余儀なくされた。こうして第二待機所は守られたのである。

 しかし第二待機所が受けた被害もかなり大きかった。備品や建物、それに人体。損害は多岐に渡った。壊れた物は修理するなり買いなおすなりすればいいが、失われた命は戻らない。何よりそれを考えさせられる事件であった。

 ベルデは幸い命を取り止め、意識は戻るようになった。運が良かった。とはいえ傷は深かったらしく、十分回復するにはもう少し時間がかかるため、受付兼指揮官には別の男性が代役として立てられた。

 一方、エアハルトはナスカに嫌われているかもと絶望しかけていたのだが、その誤解は解け、二人はやっと和解した。この前までと同じように仲良しに戻る。

 心を病んでいたマリアムは、故郷に帰り養生することに決まり待機所を去る。ナスカは、自分が初めて待機所へ来た日のことを思い出しながら、彼女を見送った。

 そして、まるでその代わりのように、ヒムロは正式にクロレア航空隊に入隊した。彼女はついにリボソを捨てたのだった。

 クロレアの国は長らく続いた戦争という悲劇を根元から断つべくリボソに対して和平を訴えるものの、リボソのカスカベ女大統領はそれをことごとく拒否。交渉は失敗に終わる。だが、それは誰もが予想したことだった。

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