2ー12 「似た者同士」
マルクス士官学校には数多くの分隊が存在するが、分隊専用の訓練ルームを持っている所は数少ない。
その中の1つ、第3分隊の訓練ルームで、静かに弓を構える者がいた。
「……………………。」
「彼女」は矢を引き、反対側にある的に向かってただ闇雲に射る。
しかし、放たれた矢は大きくそれると、壁に弾かれ床へと落ちた。
「ち…………っ!!」
「アリア」は舌打ちして、再び矢をつがえる。
するとその時、訓練ルームのドアの開く音が聞こえ、構えていた弓をおろした。
「はぁ……はあ………。や、やっぱりここにいたんですね…………?」
息を切らした慎二はドアを閉めて中に入ると、アリアの方に顔を向ける。アリアはそれに気づいたのか、近くの壁に弓を立て掛け、背中を壁に預けた。
「………連れ戻せってあの人に言われたの?」
「いえ。……実は、僕も飛び出して来たんです。」
「え………何のために………?」
慎二はアリアの5メートル隣に行き、同じく壁に寄りかかる。
「あの、多分ロマリア先生は、僕達に負けた時の立ち直り方を身を通して教えるためにやったんだと思います。アリア先輩も、その事は分かってたはずですよね?」
「………ええ。そんな事は分かってる………。」
「ならどうして…………?」
アリアは上を向くと、息を吐くように話し出す。
「時間が無いのよ…………。」
「え……?」
「クルーゼ家は5代続いている軍人家系で、男女関係なく軍人になるの………。」
6才の時、家での鍛錬が始まった。私は幼いながらに毎日毎日、一生懸命剣を振った。
その時、8才離れている兄の剣術は、既に一級士官に匹敵する程上達していて、練習を見ているだけで圧巻だった。そんな中でも、兄はよく一緒に遊んでくれただけでは無く、時々私の剣を見るなり、いつも褒めては適切なアドバイスをくれて、打ち合いもしてくれた。
そんな強くて優しい兄が大好きで、私の憧れだった。
それから2年後、士官学校から帰って来た兄と久し振りにに打ち合う事になった。私は喜びと期待で胸が一杯だった。これまで鍛えてきた自分の剣の腕を見せよう。そして、また褒めてもらおう。…………そう思ってた。
「…………………っ!!」
「…………………。」
しかし、そんな気持ちはどこに行ったのか。
兄から突きつけられた剣を見て、私は思わず尻餅をついた。それから兄は何も言わずに剣を収め、私の元から離れていった。
それでも私は諦めなかった。私も兄と同じくらいの年になったら、あれくらい強くなれるのだと信じて。
でも、その期待は裏切られた。私は兄が士官学校に入学した歳になっても、家から士官学校入学の許可はおりなかった。
それで気づいた。私は兄には敵わない。あの時兄はこう言いたかったのだと。
お前には、自分みたいな才能は無いんだって………。
「………それから私は剣を置き、1年間弓の練習をして、兄とは別の、この学校に入学できた。弓ならば兄とは比べられない。もう兄の残像にとらわれなくていいから…………。」
「…………………っ。」
アリアの過去を、慎二はただ茫然と聞いていた。
「私が今Sランク1位なのは、ただ4期生だからって事だけ。それでも、才能のある生徒は、学期末には簡単に私を追い抜いていく。」
「………そんな……………!」
「私には、あんな遠回しな訓練をする程時間を無駄にしていられない………!一刻も早く、私は軍人になって、兄以上の戦果を挙げて見せる!そのためには、毎日練習するしかないじゃない………っ!?」
アリアはジャミルを見て必死に訴える。そして、気まずそうに顔を逸らした。
「ごめんなさい………。こんな事、貴方には関係無いわよね?」
慎二は静かに首を振る。
「いいえ………。実を言うと、少しだけ、僕もその気持ちが分かるんです。」
「……え………?」
「僕には姉さんがいます。姉さんは僕とは違って、とにかく何でも出来る、そう。ある意味天才なんです。」
「……ある意味…………?」
「はい。……まあ、少し抜けてて目が離せない所もあるんですけどね………!………それに比べて、僕は殆ど何も出来なくて…………。」
「でも、貴方弓は出来るでしょう………?」
私にアドバイスをくれたじゃない。と、アリアが言うと、またもや慎二は首を振った。
「昔は出来たんですけど、ある時から弓を持てなくなっちゃって…………。」
「何故?」
理由を問われる慎二は、壁に立て掛けてあるアリアの弓を見る。
(ああ、確か夢の中で持っていた弓も、こんな形をしていたなぁ…………。)
「その…………ある日、夢を見たんです………。」
「夢…………?」
「………目の前を見ると、知らない男の人が、胸を押さえて苦しそうに唸っていたんです。僕の手には弓が握られていて、その手は勝手に動いて、男に照準を合わせました。すると、その男は僕を見て必死に叫ぶんです。‘‘私を射貫け!!” ‘‘早くしろーっ!!”って。…………以来、その夢を頻繁に見るようになって、それをきっかけで、僕は弓をやめました………。」
「そう………?妙な話ね…………。」
「………それよりも先輩?」
「何………?」
「先輩はまだ、お兄さんに憧れてますか?」
「唐突に聞くのね…………?………そうね…………。分からないわ。…………昔はそうだったけど、あの時からは分からない………。」
アリアはそんな事を考えた事が無かったのか、首を傾げる。
「僕はやっぱり、今でも姉さんに憧れてます。強くて優しくて、ちょっとおっちょこちょいだけどやるべき事はしっかりとこなす所。たまに出るハイなテンションにはついていけない時もあるけど、しっかりと周りに気を配ってる所。泣いたり笑ったり、喜怒哀楽の激しい人だけど、決して弱音を吐かない所に。」
こんな事、絶対本人の前では言えないと慎二は思う。
「………………っ!?」
そんな中、アリアは自身の兄の事を思い返していた。
「確かに姉さんと僕は違う。だから、姉さんの様になる事は多分出来ないと思います。でも…………それでも、僕は姉さんの背中を追い続けます。何年、何10年かかるかは分かりませんが、自分の道を貫きます!そしていつしか肩を並べて…………最後には追い抜いて、僕があの人の手を……………引っ張って行きたいんです…………!」
慎二自身、自分で言っている言葉の1つ1つに気づかされる。ああ。自分はこんな事を思っていたんだと。そして、もうそれを行う事、伝える事すらも出来ないのかもしれないという事を。
そう考えると思わず涙がこみ上げ、慎二はその場に座り込んだ。
「え………ちょっと…………!ジャミル…………?」
それを見たアリアは慎二の前にしゃがみ込む。
「うっ……………うっ…………………!」
姉の事を考えると、ふとあの家が恋しくなる。今頃、彼女は何をしているだろうか。自分と同じ様に泣いているのだろうか。
「どうしたのよ?ちょっと、これじゃあ私が泣かせたみたいに…………、………そうだ…………」
その時、アリアは思い出した。数年前、自分も彼と同じようによく泣いていた事を。すると兄は私の所に駆け寄って、いつも同じ事をしてくれた。
「………………。」
アリアは無言で慎二の頭に手を置くと、手前に引き寄せ、自身と彼の額を合わせて目を閉じる。
「………………っ!?」
その途端に、慎二は泣くのを止めた。そして、慎二も静かに目を閉じた。
(なんだろう?凄い落ち着く…………。)
(こうしていると、慰めている自分も不思議と落ち着く。………だから兄さんはいつも私にこれを…………。)
すると、またもや訓練ルームの扉が開く音がする。
「アリアさーん?ジャミルくーん!?います………か……………?」
入って来た桜は、奥にいる2人の姿を見て、数秒硬直する。よく見えないが、2人が顔を近づけているのは分かった。
それに気づいた慎二とアリアは、互いにに額を離すと、扉の方を顔を向ける。そこには、顔を真っ赤にさせて、今にも叫びそうな顔をしていた。
「桜も飛び出して来たの…………?」
「ふ、2人共………な、何やってたんですかっ!?」
「何って、額を合わせていただけ…………」
「まさか、2人はもうそんな関係に…………。」
慎二の話など聞かずに、桜はヘナヘナとその場に座り込んで俯いた。
「彼女、どうしたの…………?」
「さあ…………?」
慎二とアリアはお互いに首を傾げる。
そこに、ガイアが入って来た。
「あ!やっぱり2人共ここにいたのか…………って、どうした桜!?」
ガイアは桜のそばにしゃがみ込んで肩を叩く。しかし、桜からの応答は無い。
最後に、カリトとロマリアが入る。カリトは桜のそばに行って体を揺さぶるが、ガイアと同じく反応が無い。次に、カリトは横にいるガイアを睨みつける。
「これはお前の仕業か…………?」
「うぇ?………お、俺じゃねえよ!?」
「俺はともかく(ともかくでもないが………)後輩にまで手を出すとは…………少しは自重した方がいいんじゃないか!?」
「だから、違えってーーっ!!」
慎二とアリアはロマリアの前に立った。そして、2人は同時に頭を下げる。
「ロマリア先生。先程は感情的になって飛び出してしまい、申し訳ありませんでした。」
「じ、自分も!」
2人の謝罪に対して、ロマリアはコクリと頷き返すと、頭を上げさせた。
「それよりも、アリア?今までの訓練の意味は分かりましたか?」
「………はい。あれは先を急ぎすぎ、単純に強さだけを求めた私への忠告……だったんですよね?」
「……さあ?」
「え?」
「貴女がそう思うなら、きっとそういう事なのでしょう。」
「な…………。ふふ……っ!貴女は、本当に不思議な人ですね。」
「ふふ………っ!」
ロマリアはいつものように笑みを浮かべると、アリアも軽笑した。
「ジャミル。貴方は言うまでもありませんね?」
「はい!掃除や街の手伝いで、前よりも筋力や体力がつきましたし、1つの事にも、発想の転換が大事なのだと言う事も分かりました!!」
「それは何よりです。では、分隊室に戻りましょうか。そろそろ日も落ちて来ましたし。」
「そうですね。………じゃあ、また僕、桜と一緒に夕食を作ります!」
「本当ですか!?それは楽しみです!………任せても良いですか?」
「はい!おーい、桜〜!また材料買いに行こう!?」
桜は慎二の声を聞くと静かに立ち上がり、近くにいる彼をじっと睨みつける。
「ん?……桜…………?」
「ふん………っ!」
桜は慎二から顔を背けると、早足で訓練ルームを出て行った。
「え?………ちょっと待ってよ、桜!」
慎二は戸惑い気味に、桜の後を追いかける。その後に続いて、言い争いをするガイアとカリト、そしてロマリアも歩き出す。
そして、最後にアリアが訓練ルームを出る。すると、まだ廊下には、桜の後を歩いている慎二の後ろ姿があった。
「自分の道……か………。ありがとう、ジャミル。………お陰で大切な事に気づけた気がする…………。」
アリアは誰にも聞こえない様な小さな声で、そう呟いた。




