1ー21 「混乱のジャミル家」
桜と真琴が家に戻ると、ぐったりと椅子に座る健二の姿があった。
「その感じ、なんかあったんでしょ?」
真琴が苦笑いと共に尋ねると、
「ああ、あった………。」
健二は力無く返事をする。
数時間前………。
「ンギャ〜〜〜〜〜〜〜ッ!」
「うぇ!?嘘だろ…………!」
健二が家に戻りドアを開けると、とんでもない鳴き声が聞こえた。大体予想はつくが、その声の正体はティアである。誰もいない事に気がついて泣いたのだろう。
「おいおい、どうすんだよ…………!」
健二はティアを抱き抱え、なんとかあやそうとするも、一向に泣き止む気配はない。
「まじか〜………!どうすんだよ〜!」
すると突然、ティアが泣き止んだ。
「あ、あれ?まあ、泣き止んだなら良いか。」
健二はひとまず家の中が静まりホッとする。しかし、
チョロチョロチョロ………
ティアから、なにやら水の流れる音が聞こえたと思うと、ティアの服が染み出し、健二の手にもつたわってきた。
「こ、これってもしかして………」
部屋に異臭が立ち込み始める。
「…………嘘だろ?」
それ以降、健二は一言も喋らずに「後始末」を始めた。
「………それがな…………」
「いや、良い!言わなくても分かるよ!」
真琴は健二の口をふさいで、それらの「物語」を彼の中だけに封じ込めた。
「ティアは今大丈夫でしょうか。…………うっ!?なんですかこの匂いはっ!?」
ティアの様子を見に行った桜が、鼻を覆って戻ってきた。
「まだ匂う?まじか!?………ぐっ!ほんとだ!」
「早くなんとかしましょう!」
「お、おう!」
桜と健二は鼻を覆いながら、窓を開けて換気し、部屋の清掃を始めた。
「なんか2人とも忙しそうだね?…………じゃ、じゃあ私、夕食の準備するね〜!?」
真琴は台所に行き、張り切って腕まくりをする。
「さーて…………っ!今日は何を作ろうかな〜!?」
「ンギャ〜〜ッ!!!」
「おい桜、赤ちゃんが起きたぞ!?」
「え!?ど、どうしましょう健二君!!」
「俺が知るかよ〜!?」
隣の部屋から雑音や騒音が聞こえる中、
「なんか少し騒がしいけど、始めるとしますかね〜。」
真琴は気にもせず、料理を始めた。
1時間半後、桜と健二はなんとかティアを寝かして掃除を済ませた。そしてその後は、2人とも椅子にもたれかかってボーッとしていた。
「疲れました………。」
「俺、もう2度とやりたくない………。」
その中、真琴は次々と料理を運んで来る。
「さあ、お2人さん!夕食の準備が終わりました!」
「ああ、そうか………っておい!?」
桜と健二はテーブル並べられた料理を見た途端、一瞬で脱力感が抜ける。
「なんか、豪華ですね………!」
テーブルの上には、鳥や何かの肉の揚げ物や、カラフルなサラダに、真琴の題名氏であるスパゲッティ、その他諸々、多くの料理が並んでいた。
「あはは〜!ちょっと張り切り過ぎちゃったかも………っ!」
真琴が「えへへ〜!」と笑って頭をかく、
「よっしゃっ!では早速…………!」
健二が嬉しそうに、フォークをとった瞬間、ガチャリと扉の開く音がした。
「ただいま〜!」
帰って来たのは慎二だった。
「あ、慎ちゃんお帰り〜っ!」
「お帰りなさい、北野君。」
「…………。」
慎二は後ろを向いて手招きして、ミラを家に呼んだ。
「どうぞ、入ってください。」
「では、お邪魔致します。」
ミラは慎二の後に続いて家に入る。
「っ!?」
すると、健二は血相変えて、入って来た女性に目を向ける。
「北野君、その人は…………?」
「村の教会のミラさん。僕らが村を出て行ってから、ティアの面倒を見てくれる方だよ。」
「初めまして皆さん、【ミラ・アルベルト】と申します。よろしくお願いします。」
ミラは笑顔で3人に頭を下げると、それに続いて、桜と真琴が頭を下げるが、健二は何やらボーッとミラの顔を見ていた。
「ほら、健二も挨拶!」
「なんて綺麗な…………。」
「あれっ?ちょっと健二〜?………しょうがないな〜。」
真琴は呆然とする健二の頭を掴んで、無理矢理下げさせた。
「今日からミラさんにはこの家に住んでもらって、ティアの面倒を見てもらう事になったから。よろしくね。」
「オッケー!初めましてミラさん。私は椎名 真琴です!さあさあ、これから夕食なので、どうぞ座って座って!」
真琴は慎二とミラの背中を押して、椅子に座らせた。
「それじゃあ、いただきま〜す!!」
真琴の挨拶と共に夕食は始まった。
「私は真木南 桜子と言います。ティアの事をよろしくお願いします。」
「貴女が桜さんですね。ティアさんの世話をずっとしていたと、この家に来る途中にジャミル君に聞きました!………というより、先程から気になっていたのですが………どうして、ジャミル君の事を、「慎ちゃん」とか、「北野君」って呼ぶのでしょうか?ニックネームなのですか?」
「あ、それはですねー………!」
桜がミラの素朴な疑問に答えられずにおどおどしていると、慎二が1回咳払いをして説明を始めた。
「この3人は3年前くらいからよくこの村に来てて、僕の名前を、3人の出身地域の現地語に訳して呼んでくれてるんですよ〜!?」
咄嗟に出た慎二のでまかせに、ミラは素直に頷いた。
「なるほど、納得がいきました。」
慎二は「良かった」と内心で呟く。
「あの、私の事、北野君はなんて言ってましたか?」
「ええと………、とても優しくて、面倒見の良い方だと言っていましたよ。」
「私って、そんな面倒良いですかね?北野君。」
「良い。いつも助けてもらってばっかだよ、桜には。」
「そ、そうですか!?………なんか、少し照れますね…………!」
桜は頰を染めて、目線をそらした。
「私は私は!?なんて言ってた!?」
真琴は自分を指差してはしゃぐ。
「真琴さんは、とても元気で明るい方だって言ってましたよ。」
「ほほ〜っ!やっぱり慎ちゃんは私の事よく分かってる〜!」
真琴は腕を組んで、自信満々に「うんうん!」と頷きながら言うと、ミラは何かを思い出した様に言葉を続けた。
「あ、後、食いしん坊でいやしい方とも聞いたような…………」
ミラの控えめな声が真琴の耳に入った瞬間、真琴は腕組みを外して、慎二をじーっと睨み出した。
「なぬっ!?それは少しレディーとして許せない気がする〜!」
「あれ、真琴ってレディーだったの?」
「ぬぁっ!?やっぱり私の事なんも分かってなーーいっ!!」
真琴はプイっと慎二から顔を背けた。
「………………。」
「ん、どしたの健二?」
4人が盛り上がる中、健二は弾かれた様にぽつんとしていた事に真琴は気付き、ぽんぽんと肩を叩き、健二の耳元で叫んだ。
「もしもーし!?」
「うおっ!?びっくりした…………!」
それに健二は肩をビクリと動かして周りを見渡す。
「そう言えば、まだ貴方の名前を聞いていませんでしたね?お名前を教えて頂けますか?」
ミラが健二を見つめる。すると健二は、みるみる顔が赤くしていく。
「(ちょっと健二?お腹でも痛いの?)」
「いや、大丈夫だ………。」
真琴が耳打ちして聞くと、健二は首を振って、ミラの方に向き直る。するとさらに、心臓の鼓動が速くなり始めてきた。
「(落ち着け………落ち着け俺…………!)………あ、新谷 健二です!よよ、よろしくお願いします!」
健二の見た事がないほどの緊張ぶりに、慎二と桜、真琴の3人は、思わず顔を見合わした。
「はい。よろしくお願いします、健二君。」
ミラはそんな状態の健二に、笑顔で優しく挨拶を返すと、健二はさらに顔を赤くして、ミラから目をそらした。
「ふふっ!そんなに緊張しないでください?」
ミラが口に手を当てて、控え目に笑う。
「ミラさんって、振る舞い方が本当に大人って感じですよね?」
桜の呟きに、ミラが少し「えっ?」と意外な顔をして、少し頰を赤くした。
「ミラさん?」
「いや、私ってドジっ子で、誰かに大人って言われた事なんて1度も無かったので、ちょっと照れてしまいました。」
「そうなんですか?」
「そうですよ?私なんて、「去年」巣立ったばかりですからね。」
「「「え!?」」」
桜と真琴、健二の3人はミラの発言に目を見開かせた。
「そうそう、「ミラ姉さん」は巣立ちの儀式の時、大遅刻して来たんでしたよね?」
「「「姉さんっ!?」」」
容姿からして、自分達よりも5、6歳は歳上なのだと思っていたが、そのイメージは今の会話で崩れ去った。
「慎ちゃん、もう1人お姉さんいたの!?」
「いやいや真琴さん……。そういう意味ではないかと………。」
「私とジャミルは、小さい頃からよく遊んでましたからね。まあ、ジャミルは私にとって弟みたいなものですから。」
「なんだ〜そういう事か〜!」
真琴は自分なりに納得していた。
「あだ名は「遅刻魔ミラ」とかって呼ばれてたよね?」
「そんな事もありましたね。でも、貴方も今日遅れてやって来ましたから。これで私の同志ですよ?」
「ま、まあ………。そういう事になりますね!」
慎二とミラはお互いに苦笑する。
かくして夕食は終わり、それぞれが風呂に入り終わると、みんなはそれぞれの部屋に戻っていった。
ミラと桜はティアのいる、あの少し臭う部屋で寝ることにし、後の3人は1人部屋である。
その一室で、慎二が先程、家の郵便受けに届いていた手紙を読んでいた。
丁度読み終わった時、ドアをノックする音が聞こえた。
「北野君、良いですか?」
ノックしたのは桜だった。
「うん。」
慎二はドアを開けて、桜を部屋に入れた。
「あの、その手紙は………」
「ああ、これ?これは、ダクのお父さんから。お母さんが無事に出産したってね。」
「それは良かった。名前は決まったんですか?」
「男の子で、名前は【ケン】。」
「ケン、ですか…………。」
慎二は手紙を丁寧にたたむと、それを机の引き出しにしまい込む。
「それで、桜は何の用事?」
「そうでした!」
桜は話を思い出すと、慎二の目をしっかりと見て言った。
「明日…………。私も、北野君について行って良いですか?」
「え………っ!?」
慎二は、予想外の用事に少しドキッとした。きっと、桜は僕なんかより、健二や真琴の方について行くと、勝手に思っていたからである。
「な、なんで?軍に入るって事は、今回みたいな危険な戦闘が多くなるかもしれないんだよ?」
「それは、旅に出ても同じ事です。それに、私達3人で北野君1人って、なんかひどいじゃないですか!?私達は、その…………友達ですよ!」
桜がグイっと慎二に詰め寄ると、慎二はグイっと後ろに退がった。
「訓練とか………大変だよ…………?」
「心配ありません!体力や集中力には自信ありです!」
桜が自信満々に腕を組みさらに慎二に詰め寄る。
「い、いや、その、ちょっと、近い………うわっ!」
「きゃっ!」
慎二が後ろに下がろうとすると、その後ろはベッドだった。その為、慎二がベッドの上に倒れ込むと、その勢いで桜も倒れ込んだ。
「ふーっ。後ろがベッドで良かった………。………ちょっと桜、起き上がってくれないかな?」
慎二が自分の上に乗りかかる桜に呼びかけるが、何も応答がない。それどころか、桜は慎二の腰に腕を巻いて、がっちりと固定していた。
「ちょ!?あの、桜〜?」
慎二は少しじたばたして拘束を外そうとするが、ぴくりともしない。すると、桜は小さな声で、そのまま話し出した
「本当は……心配なんです…………。」
「……訓練が………?」
慎二の答えに桜は首を振る。
「北野君がです………。」
「え?僕?」
慎二は自分を指差して首を傾げた。
「あの時、北野君はどんどん、先へ先へと進んで行っちゃって……。今回は大丈夫でしたが、次はいつ、何が起こるか分からないんです……。」
「桜…………。」
桜は泣いているのだろう。慎二の胸の辺りで、服がどんどん湿っていくのが分かった。
「私、北野君の助けになりたいんです。そして元の世界に戻って、またみんなで仲良くしたい………!」
「……………っ!?」
(それは………。でもなんで……………?)
「だから…………、誰1人、欠けさせるわけにはいきません!」
桜は泣き顔で慎二を見る。
(なんで彼女はこんなにも………まあいいか…………。)
慎二はちょっとした疑問が浮かんだが、今はそれよりも、この世界に来てからの桜の変貌ぶりに驚いていた。
前までは引っ込み思案で、自分の考えを誰かに伝えるなんて事はしなかっただろう。それが、今は桜が、自分と、そして他人と向き合っている。
その事に慎二は驚きだけではなく、ある事にも気づかされている。
変わっていくのは、自分だけではないという事を。
慎二は天井を向いて、独り言のような微かな声で言う。
「………桜……………。」
「……なんでしょう…………?」
「行こう、一緒に…………。」
「慎二君……。………はいっ!」
桜は涙を拭い、無邪気な笑顔で頷いた。
「うん!……それじゃあまずは…………」
慎二は腕で拘束される体を揺らす。
「これを解いてくれないかな?」
「……え?……………っ!?」
桜は、ようやく今の自分の体勢に気づくと、すぐに離れ、高速で部屋の壁に後退した。
「す、すみません!こ、こここんな事、する予定なかったのに……………っ!」
「予定?」
「い、いえいえいえなんでもありませんっ!と、とととにかく、今日の事は忘れて下さいね!?」
「え、今の話も…………?」
慎二は少し顔を暗くさせる。
「い、いえちがっ………!そういう事じゃなくてですね!こ、行動の事ですよ!?……………それではお休みなさい北野君っ!!」
桜はやや興奮状態で早口に話した後、飛び出す様に部屋を飛び出していった。
そして、ぽつんと部屋に取り残された慎二は少し苦笑して、ベッドに横になった。
【お前の友達は、良い奴ばかりのようだな?】
「そうだね……。本当に良かった…………。」
慎二はそのまま目を閉じて、ドラークとの会話を続けた。




