1ー20 「シスター・ミラ」
慎二とマリスタはフォーム練習だけでは飽き足らず、木の棒を使って打ち合いを始めようとしていた。
「さあ来い、慎二君!」
マリスタはしっかりと構え、慎二が来るのを待つ。
「行きます!」
そこに慎二はマリスタに向かって走り出した。
「っ!?」
マリスタは、その走る慎二を見て思わず目が見開く。…………慎二の接近が思った以上に遅いのだ。
「だぁーーーーーーっ!!!」
それでも、慎二が構わず向かって来ているため、足が遅い事など忘れ、相手が来るのを、マリスタは待ち続ける。
「やあーーーーーーーっ!!!」
間合いに入った慎二は、マリスタに棒を振り下ろす。
しかし、その瞬間
「うわっ!!」
地面に落ちていた石ころに足をつまずき、慎二は目前で倒れ込んでしまった。
「………………っ!」
これにはマリスタも唖然とする他ない。
「いたた…………っ!」
慎二はゆっくりと立ち上がり、棒を構えようとするが、その棒を、マリスタにあっさりと取り上げられてしまった。
「あ………っ!」
「ふぅ………。ちょっと、もう少し基本の練習をしようか……………?」
マリスタが返せた言葉はこれだけだった。
剣の練習が終わると、慎二やマリスタ達帝国兵は、村の用水路の復旧の手伝いに行った。
「慎二君!」
「はい!ガレスさん!」
ガレスは慎二に泥や瓦礫の詰まったバケツを差し出した。
「少しばかり重いが、これをあっちに持っていってくれないか?」
「了解です!…………のわっ!」
慎二はそのバケツを受け取った瞬間、重さに耐えられなくて落とし、泥をばら撒いてしまった。
「お、おい、大丈夫か!?」
「あぁ!すみません!!」
この後も同じミスを、少なくとも4回起こした。
「中尉?彼………」
「ああ………彼、運動神経が…………というよりも、色々……な?」
慎二の働きぶりを見て、ガレスとマリスタは小声で会話をするくらい、慎二はドジばっかり起こしていた。
仕事が終わると、慎二はくたくたになって座り込んでいた。
「ぜぇ………!はぁ………!」
「お疲れ慎二君。手伝ってくれてとても………助かったよ。」
慎二のミスにより2段階の作業が遅れた事は黙って、マリスタは慎二に水筒を渡す。
「ゴク……ゴク…………ぷはっ!」
慎二はそれを、10秒程度で飲み干した。
「実際、こんなに疲れるとは思わなかったです………!」
「この作業は大の大人でも手こずる。良く頑張ったと思う。」
「ありがとうございます!」
慎二は立ち上がると、マリスタに軽く礼をする。
そしてすぐに、慎二はハッと何かを思い出した。
「そうだ、もう行かないと………!」
「何処へ?」
「教会です。「巣立ち」の儀式があるんで、後はよろしくお願いします!…………急がないと!」
慎二はマリスタに挨拶して、急いで村にある教会に向かった。
教会とは、現代でいうキリスト教と類似した神様を信仰する所であるが、あまりこの世界では大きな影響力は持っていない。だが、多くの人々がこの村の教会と同じ系統の神様を信仰している。また、ジャミルの家と同じく、今回の騒ぎで倒壊しなかった建物の1つでもある。
慎二は教会の大きな扉を開けると、もう多くの人が着席していた。
前には、神父や長老達が立って待っていた。
「おぉ、待っていたぞジャミル、早く座りなさい。」
「はい。」
長老に促され、慎二は近くの席に腰掛ける、
「これで全員じゃな?」
「(全員………?)」
座る者が明らかに少ないと慎二は思った。ジャミルの記憶では、去年の今頃はもっと多くの人がいたはずである。
実は今回の事件の影響で、大人と同じく、多くの子供も犠牲になり、今年は去年の3分の2以下の人数しかいないのである。
「それでは皆よ、手を合わせなさい。」
慎二達は動揺のまま手を組み、前の十字架に祈りを捧げた。
2時間いや、3時間だろうか。慎二達はずっと目を閉じて祈ると、
「やめ。」
という長老の合図で巣立ちの儀式は終わった。かなり質素なものである。
他の者が帰る中、慎二長老と神父に呼ばれて教会に残っていた。
まず、長老が慎二に問い掛けた。
「ジャミルよ。村を出るというのは本当かの?」
「はい、ザンクトブルク帝国に入軍する予定です。」
慎二が答えると、村長は眉をひそめた。
「村長?」
「今回の事件から、お前の他に村を出る者が誰もいないのを知っておるか?」
「え?そうなんですか!?」
「そうじゃ。今回の事件で、皆魔物への恐怖心が高まってしまっての………。じゃが、それでもお前は行くのじゃな?」
「はい、もちろんです!」
長老は隣の神父と顔を見合わせ、「ふぅ。」と息を吐いた。
「なら、わしらはお前を止めん。好きにやるがよい。」
「ありがとうございます。」
慎二は村長と神父に深々と頭を下げた。
「ところで、ジャミル君?」
「はい?」
神父の声に慎二は頭を上げる。
「君の家で預かってる子の事なんだけど…………」
「あ、ティアの事ですか?」
「そうです。良かったらその子を、こちらで面倒を見させてもらえませんか?」
「っ!?良いんですか!?」
慎二はパッと笑顔になるが、それと同時に、少し寂しそうな顔をした。
「どうかしましたか?」
「ティアの事はとても助かるんですが、あの子は、この教会に住むんですよね?」
「そうなりますが………?」
「いや……。あの家が、もう空き家になってしまうのかと思いまして…………。」
「そういう事ですか……。」
神父は慎二の思いを感じ取ったのか、腕を組んで思索し始める。そして、神父はいい案が浮かんだのか、軽く手を叩いた。
「そうだ、そういう事でしたら……………、【ミラ】君、こちらに。」
神父は後ろを向いて、後ろの方に立つ1人のシスターを呼び寄せた。ミラと呼ばれたシスターは静かな歩きで神父の横に並んだ。何かとても満ち足りた顔をしている。
「はい。なんでしょう神父。」
「君。ティアさんと一緒に、ジャミル君の家からこの教会に通う事は出来ますか?」
ミラは神父の言葉に、少し驚きの表情を見せるが、神父の言う事ならと同意する。
「はい。私で良ければ別に構いません。」
「そうか、良かった。ではジャミル君、それでいいかな?」
ジャミルの家を残したいという慎二の要望に難なく応えてくれる神父の気遣いに、慎二は驚きと喜びをの両方を感じた。
「ありがとうございます!」
「分かりました。これで、私と長老からの話は終わりです。それでは、ミラ君と共に帰宅して欲しいので、少し表で待っていてください。」
「はい!」
「桜が喜ぶぞ」と、内心喜びながら、慎二は外に出て行った。
「ではミラ君。準備を。」
「はい、分かりました。………ですが、ちょっとよろしいですか神父?」
ミラは神父に尋ねた。
「何故、見習いが終わったばかりの私に?」
神父はその問いに笑顔で答える。
「君が子供に優しいのは、私や他のシスターもよく知っています。そして、これは貴方への試練でもあります。子育ては大変ですからね?」
神父の答えに、ミラは「なるほど」と納得し、荷物をまとめ始める。
「では、明日。また他の荷物も取りに来ますので。」
ミラは神父と長老に挨拶をして教会を出て来た。
「それでは行きましょう、ジャミル君。」
「はい!」
慎二とミラが一歩を踏み出したと同時、
グ〜ギュルルルルルル〜!
教会の前で、鐘ではなくお腹の音が鳴り響いた。
「「お腹すいた………え?」」
お互いのお腹が鳴ったのだと気付いた2人は驚きで顔を見合わせる。
「あなたもですか………?」
「僕もですね………。帰ったら、友達が何か作ってくれてると思うので、早く帰りましょう。」
「ふふっ!そうですか。では、早く帰りましょう。」
ミラは慎二の案内を受けながら、これから住むことになる新しい家と子供。そして、今晩の夕食を静かに期待しながら歩き出した。




