1ー17 「それぞれの夜」
役場の前には、沢山の兵士が行き来をしていた。
「1番隊から3番隊は役場の中へ、4番隊と5番隊は外にテントを張れ!………ん?あれは、マリスタ中尉!」
兵士の移動を指揮するガレスが、林から出てくるマリスタと慎二を見つけ、手を挙げる。
「村内の魔物の殲滅および、門の一時的封鎖、完了しました!」
マリスタが近づくと、ガレスは敬礼して言う。そしてマリスタも敬礼をした。
「早かったな!さすが、准尉は仕事が早い。」
「お褒めに預かり光栄です!」
「それで、「あれ」の破片は持って来たか?」
「はい!もちろんです。」
ガレスは懐から小さな石の入った小瓶を取り出し、マリスタに手渡した。
「いっ………っ!」
しかし、マリスタは突然受け取った右手を押さえ、小瓶を手から離してしまった。
「おっと!」
するとそれを、慎二が間一髪でキャッチした。
「大丈夫ですか?」
「ああ、ありがとう…………。」
慎二が小瓶を差し出しすと、今度は左手で受け取った。
「マリスタさん、それは………?」
「あのゴーレムの破片だ。」
「はあ………?それよりも、右手が痛むんですか?」
「あ、ああ。つい先日の戦いで右手を痛めてしまってね…………。」
マリスタは手首を軽く回して、下に引っ込める。
「前の戦い?」
「お前知らなかったのか?3日前、いや4日前か………。中尉と私達は、少し北の魔物の巣の破壊任務に行っていたんだ。激しい戦いの中、中尉は最前線で戦っていて、仲間を守った時に右手と右足を痛めていたんだぞ?」
「え?そうなんですか?全然気づかなかったです!」
戦闘中のマリスタの動きから全く負傷しているようには見えなかったため、慎二は驚いた。
「ところで中尉、そちらの子は…………」
「彼は私の命の恩人だ。」
「い、命の恩人だなんて、そんな………!あ、えっと、北野……じゃなくて、ジャミルって言います。」
慎二はガレスに頭を下げる。
「【ガレス・ゴードウェイ】だ。初めまして、ジャミル君。」
ガレスも自己紹介をして、頭を下げた。
「彼は入軍を希望しているそうだぞ?」
「おぉ、なるほど!それは1人の帝国軍兵士として嬉しいよ。」
「それじゃあ慎二君、多分明後日の昼過ぎには出発になるから、行くならそのつもりでいてくれ。」
「………分かりました。」
「ならもう3人の所に戻って休んだ方がいい。」
「マリスタさんは?」
「私はまだ少しやる事があるから、それが終わったら私もすぐに休むよ。」
「………はい。ではまた明日。」
慎二はマリスタに手を振り、役場の中へ入る。
あの3人の所に……………。マリスタのその言葉が慎二の頭にこだまする。3人にはなんて言って戻れば良いのか……………。
考えている内に、3人の所に戻って来た。
「あ、慎ちゃん!」
「真琴…………。」
真琴は先ほど何事も無かったかのように、いつも通りの感じで、呼びかけてくれた。
「……………………。」
しかし、桜はティアを寝かしつけていて、慎二の方を見ず。
「…………………。」
健二は、なにやら斧を磨いていてるらしく、慎二に背中を向けている。
「あらら〜………。」
真琴は複雑な顔で、ビスケットの様な乾菓子を口に入れた。
「3人共、ちょっと聞いて欲しい。」
「はいはい?」
「「……………………。」」
慎二は真琴の返事を聞くと、1度深呼吸をする。そして、自分の言いたい事を伝えた。
「僕、帝国軍に入ろうと思ってる。」
「なっ!?」
真琴は乾菓子を手から落として唖然とし、桜は優しくティアの背中を叩く手を止め、健二は斧を磨く手を止めた。
「僕、帝国軍に入ってマリスタさん達と一緒に働くよ。それでみんなが元の世界に帰るのを裏でサポートしようと思ってる。」
「え?ちょっと待って。慎ちゃんも〜帰るんだよね!?」
真琴は落とした乾菓子を拾って、もう1度聞く。
「………僕は帰らない。死ぬまでこの世界で生きるよ。」
「はい?」
《おい…………?》
真琴はまた乾菓子を落とし、そして、今の言葉には、ドラークも反応した。
「僕、昔からの夢もあって、人を守る仕事に就きたかったんだ。だから…………」
「罪滅ぼしのつもりか?」
「え?」
慎二の言葉を遮ったのは健二の声だった。しかし、健二は背中を向けたままである。
「お前が俺達やダクにやった事への償いかって聞いてる。」
「………うん、そうだよ…………。」
慎二の返答に、健二は口を尖らせた。
「………やっぱり、お前はそうなんだな。」
「…………何が?」
「昔から、俺や真琴が困ってる時、お前はいつも手貸してくれたけど、お前は1度も俺達を頼ってくれないよな?」
「………………。」
「そんなに俺達が頼りないか?信用出来ないか?」
「そんな事は………….」
「俺達は結局、友達でもなんでもなかったって事だ……………!」
健二は斧を持って立ち上がって振り返り、キリッと慎二を睨みつけ、ホールを出ていった。
「ちょ、あの〜?ちょっと自分、話についていけないというか……………健二〜?」
真琴ははてなと首を傾げた後に、慎二の後について行く、
そして、ホールに残ったのは慎二と桜だけである。
「これで、これで良いんだ……………。」
慎二は静かに腰を下ろして頭を垂れる。
(自分と健二が仲違いすれば、真琴は必ず健二側に付いてくれる。それに、桜にもあれだけの事を言ったんだ。きっと分かってくれ……………)
「コホンッ。」
ふとその時、桜が咳払いをした。
「明日…………。」
「ん……………?」
「起きたら外に………。話があります…………。」
「……………。」
慎二は返事を返さなかった。
《お前、さっき言ってた事は本当か?》
「ごめん、今日はもう寝させて…………。」
慎二はドラークとも話さず、深い眠りについた。
外にいるマリスタとガレスはベンチに腰掛けて、小瓶の中の石を眺めていた。
その小石は、先程慎二が倒したゴーレムの体の破片だった。
「それで中尉、なぜゴーレムなんかの破片を?」
「これはただのゴーレムの欠片ではない。我々と同じサイズ、人型ゴーレムの欠片だ。」
「人型のゴーレム!?」
ガレスはマリスタの言葉に目を見開く。
「ああ。准尉は、そんなゴーレムの話を今までに聞いた事はあるか?」
「いいえ、初めて聞きました…………。まさかそんなのがいるとは……………!」
「これは、帰って調べる必要がありそうだ。明後日には出発するぞ。」
「は!」
「それでは我々も寝るとしようか。」
マリスタがベンチから立ち上がって伸びをする。
「そ、そうですね……………。」
「ん、どうかしたのか?先程からチラチラとこちらを見ているが……」
「っ!?こ、これは失敬!いや、中尉はいつ、どんな時でも鎧を身に纏っていたものですから、私服は珍しいと思いまして……………!」
マリスタは上下を青で揃えた自分の服を見ると、
意表を突かれた様な顔で、ガレスを見返した。
「し、失礼しました!そ、それではまた明日!」
ガレスは緊張気味でマリスタに背を向け、小走りで役場に入っていった。
「そんなに珍しいのか?私の私服は…………。」
少し経ってから、マリスタも役場に入った。
真琴は2階の倉庫の扉を勢いよく開けると、あぐらをかきながら、窓越しの夜空を眺める健二の姿があった。
「やっと発見〜!倉庫にいたんだ〜!」
健二は驚いて振り向く。
「真琴か…………。」
真琴は埃っぽい部屋に鼻を押さえながら入ってドアを閉める。
「健二って昔からこういう所好きだよね?ね?」
「まあ、1人になれるからな……………。」
「でも、今は2人だね?」
「ああ、お前のせいでな。」
真琴は「ニシシ……………!」と笑うと、健二の隣に座り、乾菓子を口に入れた。
「ボリボリボリ…………っそうだ、健二?」
「ん?」
「私達4人が仲良くなったのって、いつからだったか知ってる?覚えてる?」
真琴の素っ気ない声の質問に、健二はピクリと肩を動かした。
「なんだよいきなり………?」
「ん、いや〜、なんとなく!」
健二は小さくため息をつき、夜空を眺めながら答える。
「小5だろ?俺が柔道に興味を持ち始めたばかりの時、近所にすごい人がいるっていうのを知って、そのすごい人の家に行った時だ。」
健二は水筒の水を飲む。
「そうそう!いきなり健二が「直接会いに行く!」とか言って張り切って出てった10秒後に血相変えて戻って来て、「真琴、もちろんお前もついて来るよな…………!?」って言ったんだよね〜!?」
「ブッ!」
真琴の言葉を聞いた途端、健二は口に含んだ水を吹き出しそうになった。
「はぁ!?俺そんな事言ったか!?」
「言った言った!そして歩いてる時、隣で肩ぷるぷる震わせてたじゃん!?」
「く……っ!ま、まあ、そんな事もあったかもな………。」
健二は顔を赤くして頷いた。
当時、健二は極度に緊張していた。自分でなんとか調べて手に入れた情報は、名前が「北野」という事だけ。男か女かも分からず、どんな人が出てくるのか、正直怖かったのだ。
「はぁ…………はぁ…………っ!」
「健二ぃ、早くぅ〜!」
冬の夕方の道を2人の子供が歩く。
「はぁ…………く………っ!」
足を震わせながら、ゆっくりと歩く健二。
前をズイズイと歩く真琴は、そんな健二の方に振り返った。
「だらしない!ほら、早く行くよ〜!」
「ま、待てよ真琴ーっ!」
「私寒いの苦手なんですぅ〜!う〜!寒っ!」
真琴は昔から怖いもの知らずの天真爛漫な子供だった。
気づけば日は暮れていたが、なんとか北野家の門までたどり着いた。
「ひょー!大っきいお家!」
真琴は門を見上げて言った。
「ま、マジかよ………っ!」
健二はもう帰る気満々だった。
「お、おい真琴?ここ、絶対違うって!もう帰ろ………」
ギィ…………ッ!!
真琴は躊躇いなく門を押し開けた。
「おい!」
「ん、どしたの?開けただけだよ?」
「いや、開けただけだよじゃなくて………っ!?」
「何言ってんの?ほら、行くよ!!」
真琴は健二の腕を掴んで、門をくぐった。
ドンドンドン!
「すみませーん!ちょっと良いですか〜!?」
「ばか!声でかいって!」
「え、良いじゃんっ!?なんか道場破りみたいで!」
「いや良くねえよ!?」
そんなやりとりを始めた直後、
「はいはーい!」
と、元気良く2人の前の扉が開き、女の人が顔を見せた。
「あ…………!」
健二は人が出て来た時には、もう放心状態だった。
「あらら…………っ!?」
「あの!この子が空手………じゃなくて柔道を教えて欲しいって!」
真琴は出て来た女の人の前に健二を突き出した。
「あ………。」
「ほら、健二!」
真琴のドンッと背中を押され、放心状態から戻った健二だが、脳内はミキサー状態である。
「そ、その、き、近所で柔道強い人がいるって聞いて、そ、その!し、調べたら北野さん………って人が出て来て………あ、あの……!?も、もし良かったら、ぼ、僕に柔道を…………」
ガシッ!
「ひっ…………っ!」
話している最中に両肩を思いっきり掴まれた為、思わず声が出てしまった。
女の人はそのまま、健二を玄関に引き込んで、真剣な顔で言った。
「ご飯、食べてく?」
「へ?」
健二は首を傾げた。
女の人は2人を家に招き入れ、リビングに連れて行く。
「ほらほら、こっちこっち!」
「は、はい!」
「ほーい!」
「慎二〜!桜〜!お待たせ〜!」
そして、静江はリビングの障子を勢い良く開けて中に入ると、健二と真琴もそれに続いて入った。
「姉さん、その人達は誰?」
「私のファン!」
「ふぁ、ファンですか…………?」
健二と真琴の目に入ったのは、近くにある私立の小学校の制服を着た少年と、着物を着た少女が、行儀良く並んで正座していた。
「こんばんは!」
真琴はその2人が目に入った途端、元気良く挨拶をした。
「ど、どうも…………。」
健二も軽く頭を下げると、座る2人も頭を下げた。
「ほらほら!さ、早く食べよ!」
テーブルにはすき焼きがぐつぐつと煮えていた。
「あの時から、私達、4人で遊ぶようになったんだよね!?」
健二と真琴は、思い出話に夢中になっていた。
「そうだな!4人で色んな事して遊んだよな!?3年前も、静江さんに海に連れて行ってもらってさ、確か、真琴が溺れかけて…………」
「そうそう!あの時は静江っちがロープ付きの浮き輪を投げてくれて、みんなで引っ張ってくれたよね!?」
「まあ色々あったけど、また4人でどこか…………どこか…………。」
あんなに楽しそうだった健二の顔が、段々と悲しいものになっていった。その顔を、真琴は覗き込み、その後夜空を見上げた。
「私馬鹿だから、さっきの話、正直全然ついてけなかった…………。でもさ、前から1つだけ分かってる事があるよ。」
「え?」
「慎ちゃんは私達の事を友達だと思ってる。うん!」
その言葉に健二は立ち上がって怒鳴った。
「そんな訳あるか!もし俺達の事を友達だと思ってるんだったら、なんで1人で勝手に色々な事を決めるんだよ!?」
「だってそれは、私達を守ろうとしてるからだよ?」
「は?何言ってるんだよお前…………っ!」
「多分本人も気づいてないけど、慎ちゃんが誰かを頼らないのは、まず、頼るっていう選択肢が頭の中に無いんだと思う。」
「ど、どういう事だよ………?」
「誰かがやるよりは自分が。自分がやれば、仲間がやる必要なんてない、仲間が大変な思いをしなくて良い。慎ちゃんはいつも、自分の事より、他の「誰か」の事を考えて動くんだよ。多分ね!」
真琴の説明に健二は「あー………!」と頭をかいて、また座った。
「どんなお人好しだよ?あいつは………!?」
「今回の事で、慎ちゃんはすごい心に傷を受けたんだと思う。………そうか!だから慎ちゃんはあんな事を言ったんだ〜!」
「ほんと、あたしって馬鹿だな〜」と、真琴は自分の頭を軽く叩く。
「お、おい!1人で納得するなよ!?」
「あ、ごめんごめん!………慎ちゃんはあの時、私達を守ろうとして、1人で敵に突っ込んだ挙句、守ろうとしていた人を死なせてしまう事になった………。だから、自分と一緒にいると、逆に私達を死なせる事になってしまうのかも…………とか、思ったんじゃない?そうじゃない?」
「そ、そうか………。」
健二は俯いた。
「でも大丈夫!私達、きっとまた会えるよ!」
「っ!?お前、慎二を止める気は無いのか!?」
「なんで?慎ちゃんが決めた事じゃん?私は別に良いと思うよ?………でもまた会えるに決まってる!会って、私達は元の世界に帰るだけだよー!」
真琴は自信満々に告げた。
「そ、そういうもんなのか………?」
「そ。そういうもんだよ。」
「そうか。なら、良いか…………!」
健二は微笑むと、再び斧を磨き始めた。
「健二。それ、ダクのだよね?」
「ああ。これは俺が使う。」
「………そ。なら、ほわぁ〜………。眠いからもう、私寝るね?」
真琴はそう言うと、後ろに倒れ込んで、すぐさま寝てしまった。
「っ?早いな…………。」
健二は近くにあった毛布を真琴に優しくかけてあげ、肩をぽんぽんと叩いた。
「真琴、ありがとな…………。」
「むにゃむにゃ………、どういたしまして…………。」
偶然か。真琴から返事が返って来た事で健二はすぐさま手を引っ込め、何事も無かったかの様に斧磨きを再開した。




