1ー16 「若き騎士との約束」
《本当に良かったのか?》
村の端の林を歩く慎二に、ドラークが話しかけた。
「うん。ああでも言わないと、あの3人は引き下がんないと思うし、それに………」
《それに?》
「僕も決心がつかなかったんだ…………。」
《………そうか。私はお前の決めた事に文句は言わん。だが………》
「ん?」
《あいつらと同じタイミングでなくてもいいから、いつかお前もあの世界に帰る事を私は薦める。》
「………。」
《それだけ言っておく。………さあ、誰か来たみたいだぞ?》
「え?」
慎二は立ち止まり、後ろを振り返る。
すると、茂みからマリスタが顔を出した。
「マリスタさん………。」
マリスタは無言で水筒を差し出し、慎二はそれを受け取った。
「昼から何も食べていないだろう?せめて水分だけでもと思ってね。………あそこで腰を下ろそう。」
マリスタは1本の大木を指差した。
「ゴク……ゴク………。ぷはっ………っ!」
慎二は貰った水筒を一気に飲み干した。
「その、ありがとうございます。」
「ああ。」
慎二はマリスタに水筒を返した。
「ねえ、慎二くん。4人で何を話していたのか私にも少し教えてくれないかな?」
マリスタは落ち着いた声で話しかけた。
「それは………」
慎二は、さっき話した事を、自分達のいた世界の事などは伏せてマリスタに伝える。
「僕はあの3人に迷惑をかけたくないんです。だいいち、僕なんかが旅に出る資格なんてないと思うんです。」
「何故そう思うんだい?」
「僕は、いつも感情的になって周りが見えなくなる………。その結果が今回のダクの死です。またいつ同じ事が起こるか分からない…………。」
慎二は俯いて言った。
マリスタは話を聞き終わると、しばらくしてから、木に頭をつけて顔を空に向けた。
「慎二君も上を見てごらん?星が綺麗だ。」
慎二は無言で見上げる。確かに、満天の星が夜空を覆い、とても幻想的だった。
そんな中、突然マリスタが話を切り出した。
「「感情的になって周りが見えなくなる」、か…………。」
「え?」
「いや。君を見ていると、つくづく昔の私と重ねてしまったね。」
「マリスタさんが僕を………?」
マリスタは頷いた。
「私の本名は、【マリスタ・ハプストブルク】。帝都貴族の家の出なんだ。」
「そ、そうだったんですか……………って、ハプストブルク!?ハプストブルクって、あのハプストブルクですか!?」
凄いのかどうなのか分からず、最初首を傾げた慎二だったが、ジャミルの残した基礎知識から、マリスタの家の知名度の高さが分かった。
ハプストブルク家は、ザンクトブルク帝国の建国メンバーの1人の家系と言われていて、現在は蒸気を使った工業を世界初で行なっており、帝都だけではなく、多くの地域で活躍している名門である。
「こう見えても昔はやんちゃで、良く近所に迷惑をかけていたよ。」
「………全然想像がつかないです。」
「ふふ…………っ!まあそうかもしれないな。実は10才の頃くらいから、父上とはよく激しい言い争いをしていてね…………」
「何回言えば分かる!?将来は【ナルヌ家】に嫁ぐのがお前の役目だ!」
「いやだって何回言ったら分かるの!?私は騎士になりたいの!」
「貴族が騎士になるなんて言うものではない!だいいち、女のお前が、騎士になんてなれると思っているのかっ!?」
「女が騎士になったらいけないって誰が決めたのよ!?父さんがなんて言おうと、私、絶対騎士になるから!!」
「そんなひ弱な体でどうするつもりなんだ!?」
父上も私も、お互い1歩も譲らなかった。でもそんな中、母上だけは違った。
父上との言い争いの後、落ち込む私の所に母上は来た。
「マリスタ。なんで騎士さんになりたいの?」
「………お母さん。昔、「虹の騎士」って本を読んでくれたでしょ………?」
「ああ!あの、虹色に輝く剣を持った伝説の騎士さんの話?貴女、あれ大好きだったわよね〜?」
「…………私、あの人みたいになりたい。あの人みたいに、みんなを守れる強い騎士になりたいの。」
きっと母上にも反対されるだろう。……私はそう思っていた。だが、
「そっか…………。ならよし!マリスタがそう言うなら、母さん応援するよ!」
「え………?」
「母上は父上と違って、私の夢を応援すると言ってくれたんだ。その時は本当に嬉しかった…………。」
「優しいお母さんなんですね?」
「ああ、本当に優しい人「だった」………。」
「だった………?」
何日かした後、私は母上と一緒に、父上の所に行った。
「貴方?マリスタの夢を叶えてあげる事は出来ないかしらっ!?お願い………っ!」
母上は父上に頭を下げて言った。しかし父上は、そんな願いは聞き届けなかった。
「……駄目だ…………っ!」
「お父さん!」
「駄目だと言ったら駄目だ!もう向こうの家と話はつけてあるんだ。もうその話は2度とするな!」
「そんな…………。」
「第一に、お前がマリスタをしっかり躾けないからこういう事になるんだぞ!?それを分かっているのか!?」
「ごめん……なさい…………。」
母上は悲しそうに俯いた。それを見た私は、ついかっとなってしまった。
「なんで…………っ!」
「ん?」
「なんで……私と母さんは、貴方に縛られてなきゃいけないの!?」
「……縛るだと!?」
「やめてマリスタ!」
「もういい!!」
そう言って私は家を飛び出して、そのまま帝都外れの森の中にまで走った。
するといつの間にか、自分の知らない所に来てしまい、自分がもうどこを歩いているのかも分からなくなってしまった。元来た道を戻ろうと思っても、どこも同じ様な景色ばかり。
「あれ……?あれ………っ!?」
どんなに歩き回っても森からは出られないかった。
そして、さらに恐ろしい事態になった。
「グルルル…………ッ!」
「あ、あ…………っ!!」
森で魔物を見るのは初めてだった。
フォレストウルフが3体、私の匂いを嗅ぎつけて追ってきていたんだ。
私は無我夢中で逃げた。あわよくば、森を抜けられると思ったんだろうな。
だが、一向に森を出れる気配は無かった。
先程から走り続けてばかりのせいか、足が疲れて、走る足を止めてしまった。
その結果、私はその3体に囲まれ、完璧に逃げ場を失った。
「はあ……!はあ……………っ!」
恐怖で足が震えて、体の力が抜けていく感覚を味わったのは、あの時が初めてだった。
「ガルルル…………ッ!」
自分の前の1体が鋭い爪を見せて、こちらに走って来ていた時にはもう、地面にへなへなと座り込んでいた。もう駄目かと思ったとき、右から魔物ではない何者かの足音が聞こえたのだ。
「マリスターーーーっ!!」
その足音の正体は私を追ってやって来た母上だった。
母上は私の前に立つと、持ち慣れない剣を構えて、フォレストウルフに振り下ろした。しかし、
ザクッ!!
フォレストウルフの爪の方が早く、母上は喉元を斬り裂かれた。
「母さん………?」
今の状況に追いつけていない私は、ただその母上の後ろ姿を見上げていると、母上は後ろを振り返って私を見た。
「………て………っ!」
「……………っ!?」
その時の何かを言いたそうだった母上の目は、今でも私の脳内に焼きついている。
「ガルルル…………っ!」
そのまま3体の狼は、私を無視して母上の体に喰らいつきだした。
「………貴様……ら……………っ!!」
その時、私の中で何かが切れた気がしたんだ。
「その後、私は落ちていた剣を取り1体の狼を力任せに蹴り飛ばした所から、家のベッドで目が覚める所までの記憶がなくてね。そして、次に待っていたのは、母上の葬式だった…………。」
「そ、そんな………。」
「あの時、感情的になって森になんか出て行かなければ………。ましてや、自分のわがままに母上を巻き込まなければ…………。当時は多くの後悔が頭の中を巡ったよ………。」
マリスタは夜空から目を下ろす。
「12才の頃、私はどうにか父上を説得し、1年で士官学校を卒業して、当時の史上最年少、13才で帝国軍に入軍した。……私は、それらの過程を経て、ようやく、昔の自分から、今の自分に変わる事ができそうなんだ。」
「え、どうやって……!?」
「君は多分、誰かを頼るのが嫌いだろう?」
「え?」
「誰かに頼ろうとせず、ずっとなんでも1人でこなそうとして来たのだろう。」
マリスタは少し悪戯げに微笑みながら言った。
「いや、そんな事は…………」
「本当か?それなら、今までの自分を思い出してみるといい。心当たりがあるはずだ。」
慎二は、ここ数日の自分を思い返す。それからすぐに、「あ………。」と思わず声をあげた。
「朝早く起きて掃除して、朝ご飯の支度をして、学校に行って、友達と話したりしてはしゃいで、家に帰って洗濯や夕食の支度をして、姉さんが元気に帰って来る。毎日の1秒1秒が充実していて………うん、やっぱり今の生活が僕には楽しく感じる。」
慎二は姉がいない時、全ての家事を誰の手も借りずに、1人でこなしていた。
「僕1人で探しに行く!………それで見つけて、3人と一緒に元の世界に帰る。なんとしても………!」
この世界に来る時、慎二には4人で行くという選択肢はいっさい無かった。
「僕は、もう、さっきみたいに誰かが悲しむ所を見たくないんだ。もちろん桜の事もね。だから、僕も死なないし、誰も殺させない。僕は人の笑顔を守りたいんだ。」
危険な所に行く時、みんなが一緒に来るなんて思ってもいなかった。
あの時だってそうだ。何も言わずに1人でゴーレムに突っ込んでいったんだ………!
「気付いたか?」
「はい…………。」
「私も、昔はなんでも自分1人でやろうとする人間だったからな。よく教官と言い争いにもなったし、上官の命令を無視したりした事もあった。だが、今の私はもう違う。私は、自分の戦友の1人1人を信頼している。いや、信頼する事ができている。そう、助け合いを学んだんだ。」
「そうですか………。………なんか、羨ましいです…………。」
「そうか………?ならそうだ!ねえ、慎二君?」
マリスタは慎二の方に顔を向けた。
「君、帝国軍に入る気はないか?」
「…………え、僕が!?」
「ああ、そうだ。」
慎二もマリスタの方を向いた。慎二はどこか人のいない所にでも行って、1人で静かに暮らそうなどと考えていたため、マリスタの唐突な提案に驚いた。
「ぼ、僕じゃ駄目ですよ……っ!?軍なんて、ヘマしそうだし…………。」
慎二は首を横に振って俯いた。すると、マリスタは両手で慎二の頰に手を添えると、自分の顔を彼に近づけた
「っ!?」
慎二はまたもや驚いた。そして、マリスタがこちらをじっと見ている事に気付くと、慎二は少し気恥ずかしくなった。
「………うん、大丈夫。やはりまっすぐな良い目だ。君ならやっていける。」
マリスタは手を離すと、慎二は思わず顔を逸らした。
「僕、剣もろくに振れませんし………」
「何言ってるんだ。あの時、ゴーレムを倒した時の剣さばきは見事な物だったぞ?」
「そ、その………。あの時は、ただ、無我夢中だっただけです………。」
実際、慎二は自分があれをどうやってやったのかを全く覚えていなかった。
「いや、それでも君は充分凄い。」
そう言うと、マリスタは立ち上がって、慎二に手を差し出した。
「そんなに不安なら、今、私が剣のフォームを見てあげよう。」
「え?」
「ほらっ。」
差し出しだされ続ける手を、慎二は言われるがままに掴んで立ち上がった。
そして、マリスタが自分よりも背が高いという事を、慎二はようやく気付いた。
「それじゃあ、剣を構えてみてくれ。」
「分かりました。」
慎二は自然体に剣を構えた。それを、マリスタは色々な角度から観察する。
「う〜ん………。もっとこう、鞘を握る手の間隔を開けてバランス良く。」
「こ、こうですか?」
慎二は少し手の間隔を開けて握った。
「間隔は良くなったが、もう少し………」
マリスタは話しながら慎二の背後に回ると、後ろから包むように、剣を握る慎二の手に、自分の手を乗せた。
「っ!?」
「これくらいかな?」
慎二は思わずドキッとして、身をよじった。
「ん、どうした?肩に力が入っているぞ?もっとリラックス。」
「は、はい………!」
「よし!では姿勢を少し低くして……いや、それは腰を引きすぎだな……………?ん〜、……………そう、これだ!これが基本の構えだ。」
マリスタは慎二から手を離し、満足そうに頷いた。
慎二はゆっくりと姿勢を解き、剣を鞘に収める。
そして、自然と心臓に両手を当てた。
まだドキドキしている。
こんな、なんとも言えない気持ちになったのは人生で初めてだったため、今の自分に少し驚いていた。
心臓の鼓動が落ち着くと、慎二は小さな声で聞いた。
「あの…………?」
「私ももう少し…………ん、なんだい?」
ついでに自分の剣のフォームも確かめていたマリスタは、剣を収めて、慎二の方を向いた。
「あの、こんな、僕みたいな人でも、帝国軍には入れますか?入って、マリスタさん達の役に立てますか?」
「え?」
「僕、軍に入ります!入って、マリスタさん達と一緒に働きたいです!だから………、もし入った時は、その……………!」
「大丈夫。」
慎二が話し終わる前に、マリスタは慎二の頭をさすった。
「え………?」
「あの時君は、私や友達を守ろうと必死に戦ってくれたおかげで、私や君の友達はこうして今を生きていられる。私は、君に感謝してもしきれないぐらいだ。大丈夫さ、君は強い。すぐに一人前の兵士になれる。君が軍に入った時、私はいつでも君を歓迎する!」
「マリスタさん…………!」
慎二はその言葉が嬉しくて、自然と微笑んだ。
「よし!それでは役場に戻ろう。君もそろそろ寝た方がいい。」
「それはマリスタさんもですよ?」
「ふふっ。そうだな!」
そうして、マリスタと慎二は桜達のいる役場へと戻っていった。




