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7話 人間なんて大嫌い

 帰る前に、雪グマのお母さんは黒いサンタの住んでいる場所への抜け道を教えてくれたので、イブンたちはその通りに進みました。

 少しあるくと、切り立った崖のような氷の壁が目の前に立ちふさがりました。

 その隙間に小さな洞窟の入り口が見えます。

 ここが、抜け道なのでしょう。

 中は外よりも暖かく、ダイヤモンドのように輝く氷の花がたくさん咲いていました。

 花はとてももろく、あやまって踏んづけてしまうと、パキンと音を立てて粉々にくだけてしまうのです。

 天井にはつららがたくさんぶら下がり、今にも落ちてきそうです。

 まるで巨大な怪獣の口の中に入り込んだ気がしてイブンとトナはふるえました。

「ここは……」

 アリーが辺りを見渡してつぶやきました。

 アリーは特に怖さも感じないようでした。

「どうかしたの?」

「むかし、古い書物で読んだことがあるです。北の北の地の底にあるはじまりの墓。その場所に、ここはよく似ているです」

「お、お墓?」

 アリーは頷きました。

「初めて人間と共存した黄昏の魔女が、ここで力つき、今でも眠っているです」

 イブンはおどろきました。

「黄昏の魔女って、最初にサンタクロースに力を貸した……でも、どうしてこんなところに?」

 アリーの目が、赤く不気味に光りました。

 トナはそれを見てビクッとふるえます。

「どうして? 魔女の力をおそれた人間たちが、こんな寒い場所まで追いやったです! それでも、長であった黄昏の魔女の言いつけ通り、魔女たちは人間を責めなかった、今まで通り仲良くして行けるようにとがんばってきたです。なのに人間は魔女を悪いものだと決め付けて、便利な道具としか見ていない、それがアリーには許せないです! アリーは人間が嫌い。だからぼっちゃんについて来たです。サンタの血を引く人間がいなくなれば、魔女は人間から解放されるから」

 アリーは杖を地面に突き立て、呪文を唱え始めました。

「サリマン サラルラ……」

「いかん、ぼっちゃん、逃げるんや!」

 身の危険をとっさに感じとったトナは、慌ててイブンを連れて逃げようとしました。

 しかし、イブンは凍ってしまったように動けません。

 体も、表情も、頭の中も。みんな真っ白になってしまったようでした。

「……リンドン シャントン! おまえたちもここで一生眠るといいです」

 アリーのさけび声が大きく、悲しく響きます。

 するとイブンとトナの足下の氷にひびが入り、二人はまっさかさまに地面の下へ落ちて行きました。

「ぎゃああ! 誰かー!」

 トナの悲鳴が辺りに響きわたります。

 こんな足場の悪いところでは自在に空を飛ぶことは無理でした。

 イブンは崩れた地面に足をとられ、バランスを崩して倒れます。

 地面に飲み込まれる直前に見えたアリーの顔。

 泣いていました。

 頬を流れる綺麗な涙が、イブンの瞳にくっきり写ります。

「アリー、僕は……」

 伝えたいことを伝えることもできず、イブンも暗い地底へ飲み込まれていきました。


 人間なんて、大嫌い。

 アリーは、立派な魔女になるために初めて人間の住む世界へ出ていったときのことを思い出していました。

 初めて出会ったのは、少し気の強い活発な女の子でした。

 仲良くなってもらうために、アリーは魔法を使って、いろいろなことをしてあげたり、いろいろなものをプレゼントしました。

 初めのうちはとても喜んでお礼を言ってくれました。

 そして、仲良くしてくれました。

 やがて女の子は親に買ってもらえない高価なものや、子どもが手にしてはいけない危ないものをねだるようになりました。

 それは女の子にとって良くないものです。

 アリーが断ると、女の子は急に冷たい態度をとるようになりました。

「あんたは言われたとおりに魔法を使ってればいいのよ、欲しいものを出してくれないなら、友達やめるから」

 女の子にとってアリーは、何でも言うことを聞く奴隷のような存在でした。

 女の子にとってうれしかったのはアリーがプレゼントを出してくれることであって、アリーと仲良くなれたことではなかったのです。

 悲しくなり、アリーはその子の元を去りました。

 それからもいろんな人に会ってきましたが、魔女の怖いイメージを強く持って攻撃して来る人や、アリーの力を悪いことに使おうとたくらむ悪い人ばかりです。

 誰も、アリーと仲良くなってくれるひとはいませんでした。

 魔法のおまけのような存在。

 そう思われるのに耐えられなくなって、アリーは人と関わるのを止めました。

 それから何年もたったある日。

 サンタクロースの仕事を手伝っていたマーリン婆さんがギックリ腰で動けなくなったため、変わりにアリーがお手伝いに行くことになりました。

 古文書を読んで、初代サンタと黄昏の魔女との出会いや行いをよく知っていたアリーは、サンタクロースという人間に淡い期待を寄せていました。

 この人は、きっとほかの人間とは違って、ちゃんとアリーを見てくれるかもしれない。

 アリーは少しわくわくしながら真っ白が丘山頂目へ行きました。

 しかし、そこにいたサンタのおじいさんも、今までに出会ってきた人間たちとたいして変わりません。

 アリーのことをプレゼント製造機のように扱うのです。

 結局、人間はみんな一緒。

 アリーは絶望して、なにもかもがどうでも良くなりました。

 だから、イブンに会ったときも、なんとも感じませんでした。

 逆に、プレゼントがもらえないからといってだだをこねるわがままな奴だと、怒りすら覚えたくらいです。

 魔女が人間から解放されるためには、仲介人の役割を持っているクロース一族を滅ぼしてしまえばいい。

 そう思いついたアリーは、今こうしてイブンを氷の割れ目へ落としたのでした。

 思っていたとおりに、すべてうまく行きました。

 なのに心の中はなんだか気持ち悪いものがまとわりついて離れません。

 これでやっと自由になれるのに。

 素直に喜べません。

 一人立ちすくむアリーの周りに、白い光るものが飛んできました。

 この辺りを住みかにしている雪の妖精、スノーホワイトさんです。

「ひいっ、なんだかわけの分からないものが出てきたです!」

 魔女はスノーホワイトさんが苦手でした。

 暗いところで魔法の練習をしたり、夜に活動することが多い、黒や闇を好む魔女には、スノーホワイトさんが放つ神秘的なまぶしい光は、とても怖いものなのです。

 黄昏の魔女がこの場所へ追いやられたのにも、そう言った理由があるのでしょう。

「見ていたわよ、あなたは今、魔法を使って悪いことをしたわ」

「悪い魔女、うそつき魔女」

 スノーホワイトさんたちは口々にアリーをしかりつけます。

「黄昏の魔女さんは死ぬ前に言ったわ。魔女は二度と、魔法を使って人を傷つけたりしないって。なのにあなたは、サンタのぼっちゃんを魔法で傷つけたわ!」

「悪い魔女、うそつき魔女」

「いやっ、こっちこないでください!」

 アリーは必死で腕をふりまわして追い払おうとしますが、スノーホワイトさんたちはさらりとかわし、しなやかな動きでアリーを追いつめていきます。

「悪い魔女、うそつき魔女」

「悪い魔女、うそつき魔女」

「どうして!? どうして魔女ばかりがいやなこと全部ガマンしなくちゃいけないですか! アリーは何も悪いことしてないです、アリー、嘘は嫌いです、だから嘘はつきたくないです!」

 いろいろな気持が溢れだし、アリーは泣き出しました。

「分かってるです、アリーは悪い魔女です。だってぼっちゃんは、イブンは何も悪くないです! 便利な魔女がすぐそばにいたのに、その力に頼ろうとしなかったです、全部、自分の力でやろうとしたです。そんな人初めて見たから、アリーはどうすればいいか分からなかったです!」

 人間の悪い部分しか見てこなかったアリーにとっては、それが人間の全てです。

 嘘は嫌いなんて言っておいて、自分には嘘をつきっぱなし。

 そんな自分が嫌で嫌で仕方ありません。

 本当は、もっと楽しいことをお話したかった。

 本当は仲良くなりたかった。

 でももう、手遅れです。

「ごめんなさい、ごめんなさい!」

 もうどこにもいないイブンにあやまるたびに、アリーの胸はズキズキ痛みます。

 まるで誰かが「許さない」と言っているかのように。


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