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2話 どうして僕だけ、クリスマスを知らないの?

 ふわふわと漂う意識の中で、イブンは夢を見ていました。

 それは昨日のこと。二学期の終業式を終え、とりわけ良くも悪くもない普通の通知票と冬休みの宿題を受け取ったイブンは、休みは何をして遊ぼうかと胸躍らせながら、いそいそと帰り支度を整えていました。

 隣の席では、双子のジョーとジーがなにやら楽しそうに会話しています。

「ねぇジョー、今年はサンタさん、どんなプレゼントをくれるかしら」

「僕はあたらしいプラモデルくださいってお願いしたんだ」

「私はかわいいお人形をくださいって手紙を送ったわ」

 そんな会話が耳に入ってきて、イブンはぴくっと頭を二人の方へ向けました。

 知った人の名前を聞いて、何だか気になったのです。

 そう、イブンのおじいさんは、世界的にも有名なサンタクロースなのです。

 しかし、サンタクロースであるおじいさんが、なぜそんなに有名なのか。

 はたまた、いったい何をしている人なのか。

 イブンはまったく知らなかったのです。

 イブンは小学校に入学し、初めて同年代の友達ができて、やっとそれを耳に入れることができたのです。

 イブンのぽかんとした視線に気づき、ジョーとジーがイブンを挟み込むように机の周りに寄ってきました。

「イブン、お前はクリスマスは何をもらうんだ?」

「イブン君なら、新しい本なんてもらえたら素敵よね」

 両端から、やいやい訪ねられて、どうすればいいか分からず、イブンの頭はクラクラします。

「さ、さあ。まだ決めてないよ」

 嘘をつきました。

 決めるどころか、そんなこと考えたこともないのです。

 ただ、二人の話を聞いて分かったこと。

 サンタクロースがプレゼントを持ってきてくれる。

 それは子どもたちの間では当たり前のことで、知らない子は一人としていない。

 約一人を除いて。

 そのため、知らないイブンはそのことが何だかとっても恥ずかしいことのように思えて、つい嘘をついてしまったのでした。

「早くサンタさんに手紙を送らないと、クリスマスに間に合わないぞ?」

「大丈夫よ、今日中に送れば、ちゃんと届けにきてくれるわ」

「あ、あのさ、サンタさんへの手紙は、どこへ送ればいいんだっけ?」

 わざとらしく訪ねるイブン。もう嘘の上塗りです。

 いけないことだと分かっていても、この偽りの連鎖を止めることはイブンにはできませんでした。

「何言ってんだよ。北の国、真っ白が丘山頂目だよ」

 そんな当たり前で大事なことを忘れるなんて、とジョーは呆れた様子で教えてくれました。

 イブンはその住所をしっかり頭に叩き込み、ジョーとジーに別れを告げると、そそくさと家に帰りました。

 帰ってすぐ、イブンはお母さんに突っかかって尋ねます。

「お母さん、おじいさんの住んでいる場所は、なんていうところ?」

「どうしたの、急に」

 突然のことに、お母さんもびっくり。

 しかしイブンの勢いはおさまりません。

 訳が分からないも、お母さんが教えてくれた住所は、「真っ白が丘山頂目」。

 間違いありません、ジョーとジーが話していたサンタさんとは、確実にイブンのおじいさんのことなのです。

 だとすると、一番不思議な謎が浮かび上がってきます。

「お母さん、僕のおじいさんはサンタクロースなのに、世界中の子どもたちにプレゼントを配っているのに、どうして僕には一度もプレゼントをくれたことがないの?」

 突然の問いかけに、さらにびっくりするお母さん。

 そんなお母さんに、イブンは今日のでき事を話しました。

 するとお母さんも納得して、肯きました。

 きっといつかはこうなるだろうと、分かっていたような表情です。

「そう、知ってしまったのね。もうすこし大きくなってから話そうと思っていたのだけどね。イブン、あなたがプレゼントをもらえないのは、あなたがサンタクロースの血を引いているからなのよ」

「どういうこと?」

「あなたはこの先、大きくなって、立派な大人に成長したら、おじいさんの跡を継いでサンタクロースにならなければならないの。サンタの仕事は、子どもたちが喜ぶプレゼントをクリスマスの夜に配って回ること。「あげる側」の人間として生まれてきたあなたは、「もらう側」の人間にはなれないのよ。分かって、イブン」

 お母さんの話を聞いて、聞き分けのいいイブンは納得して肯きました。

 しかし、心の奥底ではどうしても満足できず、その日の夜に家を飛び出したのです。

 簡単な着替えやおやつ、少しのお小遣いを詰め込んだリュックを背負っての、無謀な旅立ちでした。

 イブンは家の近くの駅へやってきました。

 看板に、真っ白が丘駅まで行くためにはとても高いお金を払わないといけないことが、イブンにも分かるように書いてありました。

「おや、こんな夜遅くに子どもが何をしているんだね」

 お財布の中と看板を交互に見ながら困っていると、後ろから小太りの人の良さそうなおじさんがやってきて声をかけました。

 ビシッと決まった制服に身を包んだ、駅長さんです。

「迷子かね、それとも家出? 名前は? おうちはこの近くかな?」

「あ、あの、僕は……」

 イブンはあたふたするばかりです。

 今家に連れ戻されたら、きっとしかられます。

 おじいさんのところへ行く事もできなくなるでしょう。

 何とか言い訳して汽車に乗せてもらおうか、でも何て言おう。

 困って泣きそうな顔をしていると、駅長さんはイブンの背中を叩いておおらかに笑い出しました。

「はっはっはっ、いじわる言ってすまなかったね。君はクロースさんのところのイブン坊だろ? いや、大きくなったな。君が赤ん坊の頃に一度だけ会ったが、覚えていないだろうなあ」

 イブンは駅長さんの変貌ぶりにただ目を丸くするばかりです。

「実は、君のお母さんからこれを預かっていたんだ」

 駅長さんが差し出したのは、なんと『真っ白が丘行き』の切符でした。

「おじいさんには連絡しておくから、気が済んだら帰ってきなさい」

 一緒に添えてあった手紙には、そう書かれていました。

 イブンの考える事なんて、お母さんにはお見通しだったのです。

 それでも無理なわがままを聞いて、受け入れてくれたことがうれしくて、ちょっぴり涙が滲みました。

「夜間列車真っ白が丘行き列車はもうじき出発だよ。さあ乗った乗った」

 駅長さんの合図で蒸気機関車の汽笛がうなり、発車のベルがけたたましく鳴り響きます。 慌てて飛び乗ったイブンをのせて、シュッポシュッポと車輪は走り出しました。

 駅で見送ってくれた駅長さんに車窓から手を振り、遙か遠くのサンタクロースのおじいさんへと思いを馳せながら、イブンはいつの間にか深い眠りについていたのでした。


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