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1話 おじいさんに会いに来ました。

冬の童話祭2016に参加しています。

少し長いですが、よろしくお願いします。

「雪だ!」

 空を見上げて、イブンは大きく息を吐きました。

 口の中から白い煙がじわじわと飛び出して、透き通った空に溶けてゆきます。

 ひらひら、妖精が飛ぶときに落として行く、祝福の粉のように白い白い、冷たい冷たい光の粒が空いっぱいに降り注ぎます。

 雪は地面に降り立つと、その役割を果たし終えたように、溶けて石造りの床を湿らせていくのです。

 皆さんが思い浮かべる、辺り一面真っ白の雪景色ができあがるには、もっとたくさんの雪たちが、溶ける暇もないくらい一生懸命降り乱れなければなりません。

 しかし、この辺りに降る雪はそれほど激しくないため、地面に触れては消えてゆきます。

 降ってくる雪を見上げているとわくわくした踊る心が、下を見下ろすと何だか少し悲しくなりました。

 イブンは心の優しい、暖かい男の子なのです。

 後ろで、真っ黒い蛇が頭から煙を吐いて線路の上を走り始めました。

 イブンが乗ってきた、蒸気機関車です。

 汽車から降りたイブンは、ホームに立ち止まって降り出した雪を見ていたのでした。

 汽車が走り去る音も遠くへかき消えて、イブンは改札を通って駅の外に出ました。

 小さな一本道が、駅の前を横切って遠くまで続いています。

 その先には、真っ白な雪に覆われた山がそびえ立っていました。

「あらあら、これは珍しいお客さん。ぼっちゃんぼっちゃん、ここから先は何もない、険しい雪山が続いているだけですよ。あなたのような小さい体なんか、すぐに凍って動けなくなりますよ」

 イブンの肩に、蝶々がとまりました。冬になると夏眠から目覚めるスノーホワイトさんです。

 その名前と同じ、きれいで透き通った羽模様がなんとも魅力的な、可愛らしい妖精さんです。

「こんにちは、スノーホワイトさん。でも僕はあの山を越えなくてはいけないのです」

 礼儀正しく、イブンはスノーホワイトさんに説明しました。

「あの山の頂上に、僕のおじいさんが住んでいるのです。今日から冬休みなので、会いに来ました」

「あら! じゃああなたが」

 スノーホワイトさんは、うれしそうにびっくりしました。しかしその顔はみるみるうちに悲しくなり、細い白い眉毛がハの字になってしまいます。

「ぼっちゃんはもう知っているのね? あのおじいさんの孫であると言うことが、どういうことかを」

 スノーホワイトさんの質問は、なんだかちんぷんかんぷんに感じました。でも、イブンには充分なほどよく分かることだったので、大きく、強く肯きました。

「そのことについて、おじいさんに尋ねに行く途中なのです。もうすぐ、お迎えが来るはずなのですが……」

 イブンが空を見上げると、雪山の山頂から何かが近づいて来るのが見えました。

 シャンシャン、シャンシャン!

 鈴のようなベルのような音が澄んだ空に響きわたり、寂しかった辺り一帯が何だか賑やかに、楽しそうになってきました。

 黒い豆粒のようなものが、山からこちらへ降りてきます。

 それはだんだん近づいてきでその姿がはっきり見えるようになりました。

「やだ! あたし、トナカイ嫌いなのよ」

 スノーホワイトさんは一目散に逃げ出して、雪にかくれて姿をくらましました。

 ぽつん、一人取り残されたイブン。

 その目の前にトナカイが降り立ちました。

 首に付けた釣り鐘型のベルが、シャンと鳴って止まります。

 大きなトナカイでした。

 イブンが腕をいっぱい伸ばしても、頭を撫でることはできないでしょう。

 立派なつのが格好いいトナカイさんですが、緑色の丸い鼻を見て、思わず笑いそうになりました。

 イブンに向かって、トナカイは挨拶します。

「あんさんが、じいさんのお孫さんやな。わいはトナカイのトナや、まあよろしゅう頼みますわ」

 トナカイのトナは不思議な言葉をしゃべります。

 その陽気な話し方が鼻とよく合っていて、笑いをこらえるのに必死でした。

「なんや、関西弁しゃべるトナカイがそんなに珍しいか? わいも自分で珍しいと思うわ。一応コンプレックスやなくて自慢にしとるんやで」

 自慢げなトナ。鼻のことに触れなかったのは、そこは気にしているということなのでしょうか?

 だとしても、他の人が馬鹿にするようなことを自慢できるトナが、少し羨ましいと思い、こらえたと言っても、笑ってしまった自分が、イブンは何だか恥ずかしくなりました。

「さあさあ、雪がひどくなってきたで。吹雪にならんうちに行こ」

 トナに急かされ、イブンはトナの後ろにくくり付けられているソリに飛び乗りました。杉の木で作られた、古いけどしっかりした大きなソリです。

「乗ったな? ほな行くでー! 振り落とされんようにしっかり掴まっといてや!」

 トナの掛け声とともに、首に付けたベルが大きく高鳴りました。

 シャラン!

 勢いよく助走をつけるため走り出すトナ。急な風の抵抗を受け、イブンは慌ててソリにしがみつきました。

 落ちないように、飛ばされないように、姿勢を低くします。

 トナが地面を強く蹴りました。

 すると足が地面を離れ、見る見るうちに空に昇って行きます。

 もちろん、ロープでトナと繋がれたソリも一緒にです。

「すごい、飛んでる!」

 顔に突き刺さる冷たい風にかき消されないくらい大きな声で、イブンは感動を叫びます。 さっきまで立っていた駅の姿が、あっという間にマッチ棒のように小さく細くなり、世界が真っ白い画用紙の上のみたいに感じました。

 ソリは雲の間を抜け、さらに高い場所に向かっていました。

 イブンが地上から見上げていた雲の上には青い空が広がっていて、そこよりもっと上でお日様を隠すように広がった雲が、まるでかき氷器のように冷たい雪を大量にまき散らしているのでした。

 下層の雲を突き破るように飛び出た黒い陰が、はるか前方に見えました。

 それのてっぺんはとがっていて、うっすらと光の点が見えた気がしました。

「あそこがじいさんの家や。こっからは今までよりもさらに寒くなるから、頭を低くして、しっかり手綱を握っとくんやで、決して眠ったらあかん。眠ればあっと言う間に死んでまうからな」

 トナの忠告をしっかりと聞き、イブンは言われた通りに背中を丸め、頭を足と足の間に挟みました。

 なるほど確かに、急に空気の冷たさがひどく増し、背筋が凍るようにゾクゾク、思わず全身をブルっとふるわせます。

 真冬用の分厚いコート、ふわふわ毛玉の耳当て、おかあさんの手編みのニットの手袋と靴下。

 完全防寒でこの北国の険しい環境に挑みにきたはずなのに、その全てが無駄だったかのように、とても寒いのです。

 頭がだんだんボーッとしてきました。

「眠ったらあかんって!」トナの声がだんだん遠くなってゆきます。

 もう、だめ……。イブンの体はソリの中に倒れ込み、動かなくなってしまいました。


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