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アリスの眸  作者: 智汐瞑
第二章:依頼
9/25

8

「そういえばですけれども、神埼さんは何時アリスちゃんとお知り合いになったのかしら?」


羽鳥先輩が小首を傾げると、茶色がかった長い癖毛がゆるゆると片側に落ちていく。

癖毛、とは思ったがもしかしたらわざわざカールさせているのかもしれない、と俺は思い当たった。

時刻はそろそろ八時二十分を越えようとしている。

昨日同様にアリスを生徒会室に置いていって、自分の教室に向かっている真っ最中だった。

昨日と違う点を幾つか挙げるとするのなら、アリスが自ら生徒会室に残ることを望んだということと、今日はショートホームルームに間に合いそうだということと、生徒会長がこうして一緒に俺の隣を歩いて教室に向かっていることになるのだろうか。

俺はぼんやりとした印象しか持ち合わせていなかったとはいえ、羽鳥先輩は弓町高校の顔とでも称するべき生徒会長様である。そんな人と一緒にこんな凡人以下が歩いていたら、関係を怪しまれるに決まっているのだから、本当は一緒に歩きたくはなかったのだが――当たり前のように「途中までご一緒させていただいてもよろしいかしら?」なんて言われれば俺に断る術などなかったのだ。

そんな、何とも言えず緊張感であっぷあっぷな場面で唐突に俺に投げつけられた質問は、本人にとっては何気ないつもりなのかもしれないが、非常に強烈なものであった。

俺とアリスの関係の発端。

それは俺の社会的立場とか、そういった諸々の根幹に関わってくるセンシティブな問題なのである。

そう、ナイーブな秘密持ちなのだ。冗談だけど。

俺は曖昧に笑って誤魔化すことにした。


「数ヶ月前にちょっとしたことがありまして」


本当はちょっとした、で済まされるようなことではない。

誤魔化そうと決めた以上、まさかそれを詳しく話そうなんて気は誰が相手であろうと、さらさらなかった。

言外に含ませた拒絶に気付いてくれたのだろうか。

羽鳥先輩は少し間を置いてから、あからさまに逸れた話題へと着地してくれた。


「昨日、私も執務を終えた後に被害に遭った本たちを拝見させていただきに参りましたわ。かなり酷い状態でしたわね」

「そう、ですね」


内心、ほっと溜息を吐く。

誤魔化すとは決めているが、緊張しないのと後ろ暗くないのとは別なのである。

相槌を打ちながら、俺は脳裏に昨日見た本の頁を思い浮かべた。

白い紙に印字された黒い文字。その全ての頁に穿かれた、黒い暗い穴。


「取り敢えずは発見された分だけは生徒会室に回収させていただいたのだけれど――まだまだありそうな気配がしますわね」


ふぅ、と羽鳥先輩は溜息を吐く。

憂いを帯びたその眸はぞくっとするほどに色っぽかった。俺の好みからは外れているが。

生徒会長という役目を担う羽鳥先輩には他にもきっと沢山の悩みごとがあるに違いない。

通常のそれに舞い込んできた厄介事といった感じだろうか。歓迎されないイレギュラー、というわけだ。


「榎本さんから伺った話によりますと、ここ最近の蔵書点検によって見つかり始めたようですの。弓町高校生徒会としてもこの由々しき事態は何とか致したいものなのですけれども」


ゆるゆる、と羽鳥先輩は首を左右に振る。何を言いたいのかは、何となくだが察せられた。


「うちの図書館の貸し出しは、何も校内に限ったことじゃないですしね」

「そうなのです、そこなのですのよ」


立派過ぎる故、とでも言おうか。

我が学校の図書館は一般にも開放されているし、少しだけ煩雑な手続きを踏めば、近隣住民の誰でも借り出すことは可能なのだ。図書館自体が校舎の奥まった場所に位置するせいか、利用者はそんなに多くないと榎本先輩は言っていたが、それでもこの事件の犯人を生徒限定とすることが出来なくなる。


「精々、注意を促すことぐらいが関の山ですわね」


物憂げに羽鳥先輩が呟く。

丁度そこで、二年生と三年生の教室が別れる廊下の分岐点に差し掛かっていた。

あら、と声を上げた羽鳥先輩はふわりと照れたように微笑んでみせる。

昨日の艶然さが少しだけ薄まった、歳相応な微笑みだった。


「ごめんなさいね、ついつい。生徒会長が生徒に弱音を吐いていてはいけないといいますのに」

「いえいえ、そんなことはないですよ」


社交辞令は四割強、といったところだろうか。俺はまた曖昧な微笑みを浮べた。

先程から複数人の視線が身体に突き刺さって来るような気がしてきていた。

俺としてはそちらの方がよほど気に掛かってしまって仕方がない。

数ヶ月前のことを少なからず後ろめたいことと認識している身としては、あまり沢山の視線に曝されるようなことは喜ばしいことではない。無意識的に、そこに非難や軽蔑の色を探してしまうので。

そういったところは鈍感なのか、羽鳥先輩自身はあまり気に留めている様子ではないが。

あれだろうか。ずっと視線に曝され続けていると、慣れてしまうということだろうか。

ゆるり、と羽鳥先輩が手を振った。


「それでは、また放課後にお願いしますわね、神崎さん」

「はい」


軽く、頭を下げて、互いの教室へと向かう。

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