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一応ということで、図書委員会が見つけたという被害に遭った全ての本を調べ終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。白い街灯の光がアスファルトを照らしている。
車通りが激しくなってきた道路を流し目で見つつ、俺とアリスは並んで帰途に着いていた。
当たり前のようにアリスは鞄を持っていない。全部を俺に代わりに持たせているせいだ。
幸い中身が入っているのか疑わしいほどの重量なので苦にはなっていない。
ぼんやりと薄闇に包まれた街を眺めつつ、俺がもしこれを持ったまま逃げ出したらアリスはどうするのか、という益体のない想像を巡らせてみた。
確かアリスの住むマンションの鍵は、鍵のポケットに入っているはずだ。
だから、きっと、アリスが家の中に入れなくなってしまうのだけは確実なのだろうけど。
「眩」
「っは、は、はい」
いきなり名前を呼ばれたので、思わずどもってしまう。
アリスの視線が胡乱な者を見る目つきになったのを見て、しまった、と思った。
じわりと掌に冷や汗が浮かぶ。
「どうしたんだ、そんなに慌てて」
「別に何も」
「ダウト」
「いやいや、ねぇ?」
アリスがじっと俺を見つめている。
愛しい愛しいアリスの眸がこちらを見つめていると思うだけでドキドキしたが、別の意味でも心臓がばくばく脈打っている。緊張状態は身体によろしくない。
無言で歩く二人の傍の道路には車が次々と通り過ぎていく。
ドキドキ、ばくばく。
胸の高まりなのか、緊張の鼓動なのか、わからなくなってくる。
「まぁ、良い」
先に折れたのはアリスの方だった。
根負けした、というよりは、ただ単にどうでも良くなっただけなのかも知れないが。
ふいっとアリスの視線が外れてしまったことが少しだけ寂しい。
見つめられたら見つめられたで居心地が悪いのに、我ながら勝手な奴である。
街灯の光に照らされた彼女の横顔は、いつもよりももっと、陰鬱な人形めいた雰囲気を纏っていた。
「世の中には、色々な酷い人間がいるものだな」
ぽつり、とアリスは呟く。
無意識の内なのか、華奢な手は左眼を覆う眼帯を抑えるように上げられていた。
「本にパンチで穴を開けたり、女子の髪の毛を切ったり、罪のない小動物を殺したり、幼子を自分の勝手で痛めつけたり」
例をあげつらう度にその声は低く、暗くなっていく。
最後の辺りにいたっては、ほとんど唸り声といっても過言ではないほどだった。
「まぁ、そうだな」
俺は言葉を濁すようにして同意することしか出来ない。歯切れが悪くなるのはどうしても仕方のないことだった。
アリスもそれをわかっていて言ったのだろう。明らかに俺に対する悪意が滲み出てる一文が混じっていた。
それきり言葉を繋げられない俺を馬鹿にするように、ふん、とアリスは鼻を鳴らす。
「何がそうだな、だ」
忌々しそうに吐き捨てる幼い声。刺々しさの溢れる口調。俺の答えが相当お気に召さなかったらしい。
まぁ、きっと何と言い繕ったところで、気に入ることはないのだと思うが。
何となく居たたまれなくなって、俺はアリスから視線をすっと逸らした。
すっかり街は夜に飲み込まれようとしている。世界の反転劇だ。
アリスをこのまま家まで送って、それから自分の家へと向かったら、帰宅は一体何時頃になるのだろうか。
頭の中で計算という現実逃避をしていると、隣から声が聞こえた。
「眩、明日もだ」
「え?」
思い浮かべた計算が、脳内で粉々に砕ける。
「明日も、アリスを迎えに来い」
少し、投げやりにも取れる声色。
アリスを見ると、俯いて、胸元のリボンを弄っていた。
「お前さ、いつかの時、自分は一年三百六十五日外になんて出ない、って言ってなかったか?」
長い黒髪に覆われた後頭部が、ゆるゆると軽く振られる。
「そうできたら、な」
見てはいけないものを見てしまった気がして、再び視線をアリスから逸らすと、ようやく目的地であるマンションが見えてきた。
黒い扉が等間隔に並んでいるのが淡い橙色の光に照らし出されている。
「目的も、予定も出来てしまったのだ」
苦しげな声にハッとすると、アリスは、その漆黒の眸に暗い暗い光を宿していた。
凝り固まった澱は忌まわしいほど神聖で。
「今回、アリスは外に出なくてはならない」
俺は何も口にすることが出来なかった。




