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「さっきは急に取り乱してしまい、すみませんでした」
生徒会役員という人達は、皆こうして丁寧な口調で話す人物ばかりなのだろうか。
長い三つ編みを垂らして、深々と件の上級生は頭を下げている。
困惑気味にその旋毛を眺めながら、俺はぼんやりとそんなどうでもいいことを考えていた。
頭が飽和状態になっているようだ。三年生に頭を下げさせているという状況が、二年生としてこの上なく肩身が狭い。しかし、隣に座っているアリスといえば、流石と褒め称えるべきなのだろうか。
堂々と薄い胸の前で腕を組んで、その旋毛を眺めている。
いや尊大すぎるだろ、一体お前は何様なんだよ、アリス。
「彼女は榎本繭乃さん。図書委員長を務めていただいていますわ」
淹れたての紅茶をテーブルに置きながら、羽鳥先輩が手際よく互いの紹介を始めてくれた。
気まずい状況の気まずい沈黙に一言の助け舟。何と言うか、そつのない人である。
俺としてはお茶汲みぐらいは出来ますよと代わりたいところだったが、それは申し出た瞬間に羽鳥先輩自身によって却下されてしまった。
理由は、きっと場所がわからないだろうから。……いやまぁ、正論でしかないのだが。
そもそも一介の生徒でしかない俺は生徒会室に立ち入っていること自体がイレギュラーなのである。
お茶汲みの場所など覚えているはずもない。
「こちらは、神埼眩さん」
ゆるり、と左掌が俺を示す。
右手といえばてきぱきと各自の前にティーカップを配布しているところだった。
「よろしくお願いします?」
一応流れに乗って頭を下げてしまったが、やはり語尾は疑問系になってしまう。
誰がどう見たって、俺はただの部外者である。部外者以上でもないし、部外者未満でもない。
紹介して貰う価値があるのかないのかと訊かれたら、はっきり言って全くないと断言出来るだろう。
弓町高校に通う一般生徒。選ばれし生徒会の人からしてみればただの烏合の衆だ。
口には出さないが、榎本さんもきっとそう思ったに違いなかった。
ゆっくりと上げられた顔の中で、眉のパーツが怪訝そうに寄っている。案の定と言うか、その眼鏡越しに見える眸は心なし細められていたようだった。元々垂れ目気味なせいかそうしてもキツい印象は受けなかったが。
――あぁ、うん、ぎりぎり好みってところだな。
顔でも緩ませてしまっていたのだろう、そう考えた途端、隣から容赦のない肘鉄が俺を襲った。
身長差もあってか、がつりと肋骨のすぐ下を抉るような角度だ。地味に痛む。
しかし顔には出さなかった辺り、俺を褒めて欲しいと思った。いや、冗談だけど。
ことり、とテーブルの中心部に硝子の容器に入れられたお菓子の盛り合わせが置かれる。
そこでようやく羽鳥先輩はアリスのことを掌で示した。
「そしてこちらが」
「アリスだ」
紹介の台詞を遮るように先取りしてアリスが宣言する。
頭を下げるどころか、偉そうに腕を組んだままというのがいかにもらしい態度であった。
「アリス」
細めた眸を見開きながら、榎本先輩が鸚鵡返しに復唱する。
アリスの傍若無人な態度に吃驚しているのだろうかと思ったが、残念ながらそういうことではないらしい。
榎本先輩は数拍の間を置いて、にこりと笑顔をみせたのだ。
「この子がアリスちゃんなのね、生徒会長さん」
「えぇ、その通りですわ」
二人の口ぶりからして、アリスのことは既知のこととしての認識のようだった。
どうやら俺が知らないだけで、アリスはかなり有名人なのかもしれない。
どうしてなのかはわからないが、自分が知らない彼女の面を知らされるのは複雑な気分だった。
「それで、今日は一体どういたしましたのかしら?」
お茶のセッティングをし終えた羽鳥先輩が、榎本先輩の隣に腰掛けながら、ふわりと微笑みかける。
今朝同様に非日常の夜の闇に灯る灯りを彷彿とさせる艶やかさだ。
生徒会役員だというのに、そういうことに慣れていないのかもしれない。榎本先輩はびくっと肩を揺らした。おずおずと窺うような視線を走らせてから、小さく口を開く。
「えっと、あの、本が」
ちらりちらり、と眼鏡の奥の視線が時折アリスの方へ向かっている。
「その、頁をパンチで、穴あけ、されまして」
「穴あけでございますか?」
「はい、こう、何度も何度も」
榎本先輩がぶすぶす、と空中に人差し指を何回も突き刺してみせる。
どうやら本の破損状態について表したいようだが、正直何がどうなのかよくわからなかった。
話を促した羽鳥先輩も同じだったのだろう、眉を下げて曖昧に微笑んでいる。
わからないとはっきり言うには気が引ける。そんな空気があった。
しかし、流石というべきなのか、アリスの対応だけは全く違っていた。
「君の説明ではわからない。現物はないのか」
ばさりと何の遠慮もない物言い。思わず隣に座っているアリスを見やってしまう。
案の定、眼帯に包まれていない方の眸が、爛々と光を宿していた。
生き生きともまた違った、強いて言うなら獲物を見つけた時の肉食獣の静かな光だ。
組まれていたはずの両腕は解かれて、今は膝の上に置かれている。
少し前屈みになった姿勢のせいか、長い黒髪が、アリス自身の横顔に影を落としていた。
――あぁ、あの時のアリスだ。
脳裏の裏で重なるようにして、三ヶ月前、初めて俺の前で推理を披露したアリスの姿が被る。
傲慢すら覆い隠す、ひどく少女らしい好奇心に満ちた表情。
一瞬虚を突かれたのか、呆けたように口をぽかんと開けてアリスを見ていた榎本先輩は、数拍の間を置いてようやく自分を取り戻した。
「あ、はい、あの、図書館にあります」
恐る恐ると言った様子で敬語を使って話すその姿勢に若干の違和感を覚える。
いや、榎本先輩は三年生で、絶対アリスより年上なんだけどな。
残念ながらそのことを問題とする気は俺にないのだが。
そんなことをぼんやり思っていると、榎本先輩は小首を傾げて見せた。
文学少女のイメージ通りの三つ編みが動きに合わせて揺れる。
「よろしかったら、今から見に行きますか?」
「無論だ」
僅かな間も置かずに、アリスは堂々と頷いた。




