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アリスの眸  作者: 智汐瞑
第一章:登校
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2

アリスが校内にいる、そのこと事体が何だか凄く奇妙なことのように思えた。

不思議なのではない。奇妙なのだ。奇怪と言ってもいいだろう。

ここにあってはいけないものがあるような、例えるなら、完成したパズルの一欠片だけが実は形は同じだけの全く別のパズルのものだったような、そんな違和感を覚える光景。


「何をじろじろ見ている」

「あ、いや」


首を慌てて左右に振る。見ていたのに気付かれたらしい。

不意に後ろを振り返ったアリスが眉間に皺を寄せて睨んできた。

実質的に睨みつけている視線そのものは右眼一つ分しかないのだけれど。

きゅ、と踏み鳴らされた上履きとリノリウムの床が摩擦音を立てる。

その色は、青。

何とはなしに、視線をアリスの上履きから自分の上履きへと移動する。

その色は、緑。

どこの高校にだって大方あるように、ここ、弓町高校でも学年色というものが存在している。

上履きはその学年色によって爪先のカラーリングが違うのだ。

ちなみに、今年の一年生は青、二年生は緑、三年生は赤で、これをローテーションしていく仕組みである。


「アリスって、一年生だったんだな」


当たり前のように靴箱から上履きを取り出してみせたアリスの姿を思い出し、複雑な心境になる。

いや、三年生だったり、同学年だったりしたら、もっと複雑な気分になっていたのだろうが。

それを考えるとましだとは思っても、やはりアリスのような、その、どう見たってせいぜい中学生ぐらいにしか見えない少女が当たり前のように高校生然としていることには馴染めなかった。

ふんっとアリスは鼻を鳴らした。癖になっているのだろう。もしくは癖にしているのか。

ことあるごとに、この鼻を鳴らす音を耳にしている気がする。

アリスはゆぅらりと両手を広げ、やや芝居がかった仕草でその場で回ってみせた。

短いプリーツスカートの裾が僅かに持ち上がって円を描く。


「似合わないのは知っている」


光の加減のせいだろうか。若干傷付いているようにも見えるアリスの表情に、俺はしまった、と瞼を引き攣らせた。


「そ、そういうつもりじゃ」


慌てて言い繕おうと口を開いた瞬間だった。


「アリスちゃ――んっ」


それは、本当に一瞬の出来事だった。

あっという間もなく、アリスの矮躯が視界から消え去っていた。

俺は動体視力が特別に良いというわけではない。けれどそこそこのものは持っていると思っている。

しかし、それで全く視認出来ないスピードの早業だった。


「えっと、アリ」

「きゃーっ、今日も可愛いですわね、ゴスパンも良くお似合いでしたが、制服もまた一段と可愛いらしいと私は思いますわーっ」

「……」


曖昧な表情を貼り付けたまま、そっと声がした方、即ち、足元の辺りを見下ろす。


「や、止めろ、離せっ」

「うーん、今度は甘ロリを着てみてはいかがかしら。用意は私が致しますわ」

「い、嫌だ。断固拒否する!」


アリスを人形のように、それこそお気に入りの人形を抱き締めるようにして、頬を擦り合わせている女子生徒の背中が見えた。腰の辺りまで伸ばされた長い茶髪が揺れている。

明らかな美少女を、恐らく美少女が抱き締めている光景。

正常に健全な男子生徒なら、こういう光景を眼福として拝めるべきなのだろうか。


「眩、ぼんやり見てないでアリスを助けろ!」

「助けろとは酷いですわね。四ヶ月ぶりのアリスちゃんを堪能しているだけですわ。あぁっ、嫌がってる顔すら可愛い!」

「ひぃっ。アリスに触るな近寄るな頬を擦り寄せるな! 深紅!」


アリスの絶叫が静かな朝の廊下に響き渡る。

甲高さと掠れをミックスしたような彼女の絶叫は、聞き慣れないものだったが、俺はそれよりも、突如として混ざってきた聞き慣れた単語に目を丸くした。


「深紅?」


思わずといったように復唱してしまう。

『みく』ではなく『しんく』である。

全校生徒総計九百六十名、決して小規模とは言えない弓町高校の中でも、そんな珍しい名前は一人しか聞いたことがない。

俺の小さな呟きに、どうやらここ潮時と見切ったらしい。アリスを抱き締めて頬擦りすることにご執心だった少女は、そっとその回していた腕を解き、俺の方へと振り返った。茶髪が揺れる。

壇上で開閉されているのを良く見かける真っ赤な唇が、薄く開く。

マイク越しになら良く耳にしていた声が、吐息をたっぷり含ませて囁いた。ぞくりと背筋に何かが走る。


「ふぅん、貴方が神埼眩さん、なのかしら?」


どちらかといえば切れ長な、よく言えば知的、悪く言えば腹黒そうな眸と視線が交差する。

綺麗だし艶っぽい、とは思ったが、正直俺の好みではなかった。寧ろ苦手、嫌いな方に入るかもしれない。


「そう、ですが」


こういう眸を持つ人に警戒を持つことは決して悪いことではないだろう。

経験からの不信感をありありと滲ませる俺に、彼女はふっと視線を緩めた。

まるで、安心して、とでも表明するかのように。


「もう既にご存知だとは思いますが、私の名前は羽鳥深紅」


祭りの闇にふっと揺らめく提灯の灯り。

それを彷彿とさせる雰囲気で、羽鳥先輩は艶然と微笑む。


「現生徒会では生徒会長を務めさせていただいておりますわ」

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