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「アリスちゃんはもう少し探偵らしい推理というものを演じるべきだと思いますの」
「煩いな、そんなものはアリスの勝手だろう。アリスの推理がテンプレートから大幅に外れようと深紅には関係がないはずだ」
テンプレートはそれが結局一番だから、存在しているのだと思うぞ。
勿論俺がそんな風に口を挟めるはずもなく、口を噤んでいただけだったが。
臨時図書委員会が終わってすぐに、生徒会室に逃げ込んだ俺たちと入れ違いで出て行った羽鳥先輩が戻ってきたのは、つい今さっきのことだった。ただでさえ多い彼女の心労を余計に増やしているような気がするのだが、優しい人なのでそんなことは微塵も素振りに見せない。
ただ、穏やかに笑いながらアリスに軽い忠告をし始めただけだった。
「西森さんの怒りを宥めるのにどれだけ苦労をしたことでしょうか。少しは後始末をする私の身にもなっていただきたいものですわ」
「アリスは深紅に後始末を頼んだ覚えはないぞ」
ふぅっと溜息を吐いて、羽鳥先輩は頬に手を当てた。
「確かにそうですけれども、まあ、少しは気をつけてくださいませね。アリスちゃんの敵が増えますのよ?」
「善処はしよう」
立て板に水、糠に釘、傲慢少女は何処吹く風といった様子で折角の忠告を聞き流しながら紅茶を飲んでいる。その澄ました顔を俺ならばばりばりと引っ掻いてやりたい衝動に駆られるところだが、困ったように微笑むだけの羽鳥先輩の心の広さにはいやはや感服するしかない。
色々と出来過ぎている人である。
「それで、アリスちゃん、証拠を手に入れる方の準備は万全ですの?」
「ああ」
転換された話題に、身を乗り出してマカロンを摘みながらアリスは軽く顎を引いて頷く。
やはりといっては何だが、羽鳥先輩もアリス曰く禁じ手の証拠捕獲作戦のことは聞かされているようだった。ピンク色のマカロンを弄びながら、アリスは薄っすらと笑いを滲ませている。
「本の保管はアリスたちが調査の続行と平行して行うといったら、予想通り繭乃は食いついてきたぞ。保管場所を尋ねられた。勿論ここに保管と伝えたがな。後はいかにしてわざとらしくない、けれどはっきりとした隙を作るかだな」
パクリ、とアリスの小さな口がマカロンに齧り付く。
クシャリと一瞬にして潰れた繊細なお菓子には、その歯型がつけられていた。
何だか悪事の打ち合わせの場所に臨席しているようで、何となく俺は肩身が狭かった。
生来善人の俺には身にあまる計画なのだからというのは言い過ぎになるが。
「やはりそこですわよね。榎本さんは非常に賢い方ですから、勘づかれては困りますし」
羽鳥先輩が頬に手を当てて、物憂げに睫毛を伏せる。
やはり生徒会役員を務めているだけあって、榎本先輩も優秀な人材であることには変わりないらしい。
確かにおどおどした態度さえなければ、凄い人なのだろうなということは俺でもわかる。
アリスは残ったマカロンを口いっぱいに頬張った。
ゆっくりと咀嚼を繰り返し、それを飲み下してから口を開く。
「焦っている人間は大概ミスを犯し易くなっているものだ。それに期待するしかないだろう」
「そうですわね」
結局は運頼みということだろうか。
「ま、流石に明日にしたら警戒させるだろうからな、数日後だ」
よいしょっと掛け声と共にアリスはソファーに踏ん反り返る。
小さい子がよくしているように、地面に着かない足はぶらぶらと前後に揺れていた。
「そうだな、今日は火曜日だから、木曜日か、金曜日辺りが一番だろう」
右眼が静かに瞬きを繰り返している。
「明日は無論駄目だが、時間が空き過ぎても調査が終わったと思って観念される可能性がある。――おい、眩はどちらが良いと思うか」
アリスは俺に視線を向けることもなく、意見を求めてきた。
いや、意見を求めてきたというよりは、自分の考えを纏めるために話しかけてみたといった風だった。
別に相手は俺でなくとも羽鳥先輩でも誰でも良かったのかもしれない。
その証拠にアリスは俺からの返事を待たずにぶつぶつと呟きを繰り返していた。
「口実を作りやすいのはどちらだろうか、木曜日、金曜日、ああ」
考えがようやく纏まったらしく、アリスはぽんっと手を打った。
そのままニヤッと笑いを浮べる。これではアリスではなくてチェシャ猫だ。
「木曜日にするぞ」
異論は一切受け付けないといった声音。
疑問ではなく宣言になっているその言葉に、俺は了解の意を示すことしか出来なかった。
木曜日、俺はアリスを守らなくてはならない。




