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アリスの眸  作者: 智汐瞑
第四章:提案
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俺のあの暴走から一日後。

図書委員というのは存外大変な仕事なんだな、と俺は一同に集められた彼ら彼女らの顔を眺めながら、他人事と同情していた。

――いや嘘です。全然他人事なんかじゃないです。

先程から図書委員からの何だこいつ、の視線がぐさぐさと突き刺さってきて心が痛いです。

どうして俺がこんな眼に遭わねばならないのかと、隣に座っているアリスに恨めしげに視線を送ってみる。


「何だ、眩」


気付いたアリスがこちらを向いた。


「俺は外に出ていてもいいか?」

「突然逆上した図書委員の誰かがアリスの眸にボールペンを」

「わかったわかった、ここにいるから」


眉一つ動かさずに、自身の眼球の破壊についてありえない仮定状況を話し出すアリス。恐ろしい。

そんなことは十中八九起こらないとわかりきっていても、やはり昨日あれほど一緒にいると主張した手前、むげにすることは出来なかった。まるで性質の悪い脅しだ。

しぶしぶ椅子の上で居心地悪く身を縮める。

俺から視線を逸らしたアリスは、今度は榎本先輩の方に声を掛けた。


「繭乃、そろそろ始められるのか?」

「あ、はい。一応皆揃っていますし」


最上級生の先輩相手に堂々とタメ口、寧ろ上から目線である年下少女に無数の視線が突き刺さる。

今日は他の委員と同じように席に着いている二人の委員長もじっと見つめていて、俺は当事者でもないのに脈拍を跳ね上げた。ばくばくと煩いぐらいの鼓動である。

その視線に直接曝されながらも全く悪びれた様子を見せないアリスは一体どういう神経をしているのだろうか。理解出来ない。

うむ、と榎本先輩の返答に満足したようにアリスは腕を組んだ。嫌な予感がする。


「では、始めるぞ」


感じた瞬間とタイムラグを置かずに悪い予感は現実のものとなる。

何を考えているのか、アリスは開始を宣言すると、急にその場で立ち上がった。

ガタン、と椅子が乱暴にどけられる音に、数人俯いていた委員がこちらを向く。

アリスのその矮躯に、一気に全ての視線が集められた。


「これから臨時図書委員会を始める」


決して大きくはないが、よく通る声。

群集は不審と戸惑いを入り混ぜた視線を送るだけで、声は挟まれることはない。

ニヤッと笑った顔で、アリスは薄い胸を精一杯張った。


「今回アリスが請け負った依頼内容は、榊原灯弥の無実を証明することだ。今からその証明を始め」


がたん、と誰かが椅子から立ち上がった音がアリスの言葉を遮る。

気分を害されたとばかりに頬を膨らませるアリスの視線の先には――顔を真っ赤に染めて立ち上がっている、西森先輩の姿があった。赤眼鏡のレンズが光を反射して煌めく。


「この前の時もそうだったけど、アンタ何なのよ!」

「生徒会から依頼を受けた探偵だが?」


即座に切り返される言葉に、西森先輩は顔を歪める。


「何が探偵よ。ごっこをするのもいい加減にして。図書委員会はそんな場所じゃないわ。それにこの件はどう考えたって榊原灯弥が犯人に決まっているでしょう」


ぴくり、とアリスの眉が引き攣った。


「ごっこじゃない。アリスは探偵だ。榊原灯弥の無実を証明するための探偵だ。今からその話をしようといっているのだ。それすら聞けないほどの短気馬鹿なのか、君は」

「っ、アンタね」


一瞬怒りのあまりか言葉に詰まったようだ。

金魚みたいに口をパクパクさせる西森先輩に、慌てて榎本先輩が駆け寄る。


「涼那ちゃん、落ち着いて、あのね、私が頼んだことなの」

「繭乃は悪くないわ。口を出さないで。騙されているのよ!」


静止の声は逆に働いてしまったようだった。西森先輩は激情に任せてばんっと机に掌を叩きつける。

真っ赤な顔が口を開く、今度それを遮ったのはアリスの冷え冷えとした声だった。


「榊原灯弥が犯人とされた証拠は何だ?」


売り言葉に買い言葉と言うことだろう。少しの間をおいて、西森先輩は低い声で応じる。


「毎日カウンターに来ていて、尚且つ一人になる時間を持っていたからよ」

「もう一つ質問だ」


満足のいく答えが得られていくのが面白いのか、アリスはどことなく上機嫌そうだ。


「君はこの件を、連続事件として考えているかね?」

「あ、当たり前じゃない」


アリスの黒髪がふわりと右に偏る。首を傾げて、掌を上に見せるようにして差し伸べて。

極めつけとばかりにアリスは鼻をふんっと鳴らした。


「では言おう。新しい被害本が発見されたのだよ」

「な」


シン――と辺りが静まり返る。体感温度は一気に数度ほど下がったようだ。

アリスは肩眉をちょこっと持ち上げると、先を続けた。


「悪いが図書委員会は信用ならないので、ここ数日間は深紅に頼んで生徒会役員を紛れ込ませてもらった。当番に生徒会役員が混じっていたことは知っているな、繭乃」

「は、はい」


俺はそんな話、微塵も耳にしていないぞ。

手際が驚くほど良いといえばそれだけの話でも収まるのだが、何だか肝心なところを教えてもらえていなかった疎外感を覚えて、俺はアリスに非難の視線を送ってみた。

勿論アリスは取り合わない。


「その役員が見つけてきたものだ。青インクの悪戯書きもあったが、同じ犯人だろう」

「あの、私にその被害本の報告は」

「君だって図書委員会のメンバーには違いないだろう」


小さな声による抗議はあっさりと退けられてしまう。

再び静まり返った空気の中、立ったまま居心地悪そうにしていた西森先輩がアリスに問い掛けた。


「それはわかったけど、それと榊原の無罪証明は関係ないでしょ?」

「残念だが大いにあるな」


僅かな間も置かずにアリスは即答する。

ぴっと小さな指は一点を指差した。皆の視線がその先へと集中する。

即ち、一番後ろの席で何ともいえない顔で話を聞いていた当事者、榊原灯弥の元へだ。


「な、何すか、いきなり」


急に舞台に引き摺り出されて驚いたのだろう、榊原は声を上げる。

ああ、こんな声をしていたのか。俺は独りだけ全く見当違いなところで感心をしていた。

上ずっても尚、低めな声。ドスを聞かせたらさぞかし怖いのだろう。

見た目の印象にぴったりと似合った声だった。

アリスは榊原を指差したまま、淡々と話を続ける。


「悪いが君の行動を数日間監視させて貰った」

「っ、は?」


榊原の顔が引き攣る。元々の目付きの悪さも手伝って三白眼の眼光は直視しがたいほど鋭い。

そりゃそうだろう。誰だって自分が数日間監視されていたと知れば面白いわけがない。

逆に喜ぶ人間がいたらお眼にかかってみたいものだ。

内心で勝手な同情を寄せていると、アリスはようやく指差すのを止めた。


「結果、榊原灯弥は問題の本に触ってすらいない」


そしてふんっと、勝ち誇った顔で西森先輩に向かい鼻を鳴らしてみせた。


「パンチ穴あけ事件が同一犯による犯行だとしたら、今回の被害本に関わりのない榊原灯弥は、一連の事件に関係ない。よって犯人ではなく無罪だ。証明終了だな」


ぽかん、と西森先輩は小さく口を開けている。

アリスはといえば、取り敢えず自分の推理なるものを言い終えて満足しきってしまったらしい。

にこりともしない仏頂面で、ひどく自分勝手に言い放った。


「以上で臨時図書委員会は終わりにする。解散だ」

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