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アリスの眸  作者: 智汐瞑
第一章:登校
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昨日は何となく流れで了承してしまったが、午前六時半にアリスを迎えに行くというのは、思ったよりも大変なことであった。元来俺はそんなに早起きな性質ではないのだ。寧ろぎりぎりまでの二度寝を愛するタイプと分類した方が正しいだろう。

そんなこんなと文句を頭で捏ね繰りまわしつつ、午前六時半ぴったり。とろん、とまだ眠たげな瞼を擦りながら、俺は辿り付いたアリスのマンションのインターフォンを押した。

ピンホーン、と少し間延びした音が主を呼び出しにかかる。アリスが出て来るまでには少し時間があるだろう。そう踏んだ俺はまじまじとマンションの扉を眺めていた。

黒を基調とした材質、そこに金色の模様が入れられている。丸い覗き穴は今日もぴかぴかで、ふと指で押さえてしまいたくなるような衝動に駆られる。

実際に中に入れてもらったことは数回しかないが、たしか間取りは三部屋プラスの洗面所と浴室という、なかなか豪勢な使用になっていたはずだ。物は全然置かれていなかったが。

知って驚いたのは、その全てをアリスだけが使っている、ということだろうか。


アリスは一人暮らしをしているのだ。


あの性格、行動、話から総合して考えるに、きちんとした生活を送っているかは定かではないのだが。……いや、十中八九、堕落しきった生活になっているに違いない。

人の私生活にとやかく言える立場ではないが、やはり少し心配ではある。

アリスが健康を損ねて、眸の方に害が及んだら堪ったものではない。

そんなことを考えてふぅっと溜息を吐いた瞬間、見計らったようにインターフォンから声がした。


「何だ、君か」

「人を呼びつけておいて、何だはないだろ」


うっかり思ったことをそのまま口に出してしまう。


「っ、待っていろ、今出る」


しまった罵倒が、と身構えたが、聞こえたのは想像とは百八十度異なった返事だった。

傍若無人なら、そのままキャラを突き通してくれた方が楽なのだが。嫌いになれるし。……どうにもアリスは正論に弱いようだった。

宣言通り、ほぼ間を置かずして扉が開けられる。

その影からひょこっと出て来た少女の姿を認めて、俺は絶句した。思わずその矮躯をじろじろと凝視してしまう。


「まさかとは思うけど、アリス」

「何か問題があるのか」


つんっと小さな顎を逸らして、ない胸を精一杯張ってみせるアリス。

久しぶりに見たその姿が珍しくないと言えば、嘘になるだろう。そして左眼を覆う眼帯が目に付かないと言っても、嘘になるだろう。けれど今の俺が最も気になるのは、アリス自身が着ている服のことだった。

これで問題ないと言っているのなら、それを言っている彼女が問題である。

アリスの服――それはどこからどう見ても、俗にいうゴスロリと呼ばれるものにしか見えない。黒を基調としたアンティーク風のドレス。縁を精巧なレースが飾っている。人形じみたアリスに凄く似合っている服だとは思うのだけれど、それとこれでは話が別だった。

俺が通っている、そしてアリスが在籍していると言い張る弓町高校には、残念ながら制服があるのだ。洗練されているわけではないが、特別にダサいわけでもない、どこにでもありそうなごく普通のブレザータイプの制服が。


「制服はどうしたんだよ?」

「っ、あ」


指摘してみると、不思議そうに俺を見上げていたアリスの顔がみるみる内に真っ赤に染まっていった。

どうやらただ単に、制服の存在を忘れていただけらしい。

まぁ、制服の存在を忘れるというのもある意味凄いことだと思うが。

もしかしたら、弓町高校の生徒というのは嘘で、制服を持っていないのかもしれない。生温かい視線でアリスを眺めていると、彼女はきっと俺を睨みつけた。


「ちょ、ちょっとした冗談だ」


眼帯で隠されていない方の右眼が涙目になっている。

どくり、と一瞬胸が高鳴った。あぁ、今すぐこれを刳り貫いてしまえばどんなに良いだろう! そんな危険思想を隠しながら俺は曖昧に微笑む。


「そ、そうか。冗談なんだな」


正直かなりキツい、よもや無茶な領域の言い訳だと思うが。

その自覚はあったのだろう。アリスは真っ赤にした顔を俯かせてぼそぼそと言葉を繋げた。


「十分だ」

「え?」

「十分、ここで待っていろ」


ばんっ、と言い終わるや否や、黒い扉が目の前で勢いよく閉じられる。

アリスにも人並みの羞恥心というものが備わっているのだな、とどうでも良いことで感心した。

勿論、彼女だって普通の人間と変わりない、寧ろ普通よりも弱いことは理解しているのだが、どうにもうっかりそのことを忘れそうになる。

電話をすれば何時だって、自分中心な傲慢さで話すし。会いに行けば会ったで、可愛げの欠片も見当たらない態度だし。これがいわゆる普通の人にとってのギャップ萌えに繋がるのだろうか。俺にはさっぱり理解が出来ないが。

しばし遠い目をして、普通の人と自分との萌えポイントの違いについて思案していたところ、先程と同じくらい唐突に、黒い扉が開け放たれた。

唐突過ぎて避けきれず、盛大に顔面をぶつけてしまう。


「っう」


わぁお、目の前に星って本当に飛び散るんだね!

思わずキャラが崩壊するぐらいには強烈な衝撃だった。


「十分経ったぞ、と、どうしたのだ眩」


お前のせいだよ! と叫んでやりたくとも叫べない。

顔を押さえながら悶絶している俺と、扉を見比べて、ようやくアリスは納得がいったらしい。


「そんなところに突っ立っているからだ、木偶の坊が」


どうしてこういう時に限って傍若無人キャラで通すのだ。

考えることが滅茶苦茶になっているとわかっていても、思わず恨まないではいられなかった。

本当に自分はどうしてこんな少女の言いなりになっているのだろう。つくづく泣きたくなってくる。

残念ながら我が道をひたすら行くアリスには『心配』という行為が無縁のようだった。


「さっさと起きろ、もう六時五十分になるぞ」


その内十分以上はお前のわけのわからない冗談のせいだけどな!

あまりの理不尽さに流石に腹が立った俺は、一矢報いん、と両手を顔から離した。

チキンだってキレる十代には違いないんだぞ!


  「ふざけんなよ、いい加減に」


こちらを見上げている眸と目が合って、怒鳴りかけていた声を止めた。

じろじろともう一度その全身を凝視してしまう。

アリスは、いつも俺が見慣れている弓町高校の制服に身を包んでいた。紺色のブレザー、白いワイシャツ、赤いリボン、そしてプリーツスカート。服装自体は見慣れたもののはずなのに、それがアリスが着ているとなるとおかしなものに感じるのが不思議だった。


「――お前さ、本当に弓町高校に在籍してたんだな」

「本当にとは失礼だな。アリスが嘘を吐いたことがあったか?」


溜息を吐いて、やれやれとばかりにわざとらしく首を竦めるアリス。

ふむ。確かに一理ある。根拠もなく人を疑うのは良くないことかもしれないな。

俺はそう素直に思い直して、胸に手を当ててこれまでのアリスの言動を思い返した。

冗談、はったり、カマかけ、誤魔化し。……初対面の時から嘘を吐かれまくっている気がした。


「アリス、お前嘘吐いてるじゃないか」

「アリスが言ったのは冗談であって嘘ではない」


筋が通らない屁理屈をアリスは堂々と言い放つ。

それを見ていると何だかこちらの方が間違ったことを言っているかのような気分に陥った。

顔を僅かにだけ引き攣らせるに留めると、どうやらそれすら癇に障ったらしい。

ふん、とアリスはさも不愉快そうに鼻を鳴らしてみせた。


「それで、アリス。俺はお前と学校まで一緒に行けばいいんだろ?」


仕方ない、ここは俺が折れてやるしかないだろう。

溜息混じりにそう確認すると、アリスは顰めっ面のままで小さく頷いた。

昨日あの電話の後に、迎えに行った後何処に連れて行けばいいのか、慌ててメールをしてその返信を見た時には驚いたものだった。

事件もないのに外というからにはてっきり、どうしても欲しい物でも買いに行きたいのかと思ったのだが。しかし、アリスからのメールに書いてあったのは、たった数文字、しかもよく馴染みのある固有名詞だったのだ。


「アリスにどうしても、の用事らしいからな」


嫌々行くのだ、と聞こえないはずの副音声まで聞こえそうな声音だった。

俺は軽く首を捻った。


「それはわかったんだけど、どうして俺と一緒に登校しなきゃいけないんだよ」


どうせまた、高慢な要領をえない答えが返ってくるのだろう。

訊いてしまった手前、撤回することも出来ず、俺は暗澹とした気分に顔を歪めた。

しかし、アリスから返ってきたのは、予想の斜め上を行く答えだった。


「アリスが危険だからだ」

「え?」


台詞の意味がわからず、背の低いアリスの顔をまじまじと見やれば、彼女は全くの無表情で繰り返した。


「アリスが危険だからなのだ」

「それって」


どういうことだ、と紡ごうとした瞬間、強張っていたアリスの表情がにやっと崩れた。


「残念ながら、冗談だがな」

どうしたら、上手く書けるようになるかな……

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