18
図書臨時委員会という居心地の悪い拷問イベントから早くも一週間が経とうとしていた。
最初の方は場違い感を覚えていた生徒会室も、慣れてしまえばそれまでの話で、今ではソファーに座って悠々とくつろげるようにまでなっていた。
良し悪しはともあれ、これもまた進歩である。
「そろそろ結果は出ているのだろう、深紅」
深々と身体を沈めながら、何やら隣で真剣な顔をしていたアリスの眸を眺めていると、唐突に彼女はそう言い放った。
言われた方、執務机に腰掛けている羽鳥先輩はその呼びかけを聞いて、目を通している最中だった書類から視線を上げる。仕事中だからかきりっとした表情だ。
「ええ、勿論ですわ」
「出ているなら何故、それを早くアリスに教えないのだ」
途端にアリスの顔が不機嫌そうなそれにすり替わる。
八つ当たりをされては堪ったものではない。俺は気付かれないようにそっと身を引いた。
しかし、その射抜くような視線を向けられている張本人たる羽鳥先輩はものともしていないようだった。
引き出しの一つから束に纏められた書類を取り出し、にっこりと微笑んですらみせる。
「ほら、ご覧の通りにですわ」
ちょっとした厚さがありそうな紙束だった。
上には黒いクリップが留めてあり、表紙には赤い文字で秘の文字が丸囲いで書かれている。
羽鳥先輩の余裕そうな態度を自分のことを馬鹿にしているゆえ、ととったのだろう。
ムッとした表情のまま、アリスはつっけんどんな態度で手を突き出した。
「見せろ」
人に頼んでおいたものを受け取る時の態度だとは到底思えない。
もし、依頼をこなした人から目的物を受け取りましょう検定があったら、容赦なしに落第確実だろう。
案の定、羽鳥先輩は首を傾げてみせるだけで、書類を渡そうとはしない。
「アリスをからかっているのか」
「いいえ、とんでもございませんわ。ただ」
今にも視線で人に害を与えそうな形相のアリスの目の前で、書類の束が振られる。
ただでさえ鋭い視線に、殺意が倍増した。
「深紅、君は」
「これだけのお仕事をしたのですので、少しはお返しをいただかないと割に合わないと思いますの。これは報酬外のお手伝いにもなりますし。アリスちゃんからのお仕事を請けることに不満があるわけではありませんが、生徒会長という職はそんなにも暇じゃございませんのよ?」
「なっ」
アリスの表情が一瞬にして固まる。石化の呪文だ。
確かに羽鳥先輩の言い分は正しい。他人の個人情報をどうやって入手したのか、その入手経路の追及は横に置いておくとしても、一週間そこらで通常業務と並行しながらできることなのかと考えてしまう。
それが可能だから羽鳥先輩は優秀なのだろうけど。
それにしても、嬉しそうなうふふ、という笑い声が聞こえてきそうな笑顔だ。
「安心してくださいませ、要求はたったの二件しかございませんので」
「二件もあるのか」
羽鳥先輩の輝きとは対照的な、げんなりした顔でアリスが呟く。
逆らったり文句を言ったりなどをしないところをみると、どうやら覚悟は決めたようだった。
顔の前で手を組み合わせた生徒会長は可愛らしく小首を傾げて、その要求を口にする。
「一つ目は、アリスちゃん、後日私の家に撮影をしにいらしてくださいな」
「またか」
アリスの眸が一瞬にして、地獄を見たことがあるようなものに変化する。
撮影をしに行くという言葉の意味がよくわからなかったが、それはすぐに解消された。
「沢山の可愛い私のお人形コレクションに囲まれるアリスちゃん。まさに生ける等身大ビスクドールですわ。私の至高のお人形さんですわ。ああ、想像するだけで、ぞくぞくが止まりませんっ」
普段の常識人姿を見慣れてしまっているせいか、唐突の反応に気持ち悪さを通り越して戸惑いを覚えてしまう。そうだった。羽鳥先輩は人形大好きな変態とアリスが言っていたのだった。
俺も螺子が飛ぶとこんな感じなのか、と思うと他人事のように見ていることも出来なくて、いたたまれない。
虚ろな視線を向けたまま、アリスは力なく呟いた。
「この前はゴスパンで、今度は一体何なのだ」
「この前のも良くお似合いでしたわよ。ちなみに今回は甘ロリの予定ですわ。サイズぴったりのものを既に何着か用意しておりますわ」
ああ今からもう楽しみですわーと頬に手を当て、喜悦の表情を浮べている羽鳥先輩を見て、アリスは深々と溜息を着いた。
あんなに恥ずかしげもなくゴスロリを着ている割には、甘ロリは好きではないらしい。
俺にはあまり両者の違いがわかっていないのだが。
それにしたってサイズぴったりなものを誂えさせるなんて凄いな、と無責任な感心をしていると、羽鳥先輩が今度は俺に笑いかけてきた。何だろうか。
「二つ目は、神崎さん、私の家でのお茶の約束を確約してくださいませ。この前は上手に煙に巻かれてしまいましたが、今度はそうはいきませんわよ」
「お、俺ですか!」
驚愕のあまり、大声を上げてしまった。
まさかアリスが頼んだ調査の対価で、自分の方に火の粉が降りかかってくるなんて微塵も考えていなかったからである。いや、断ろう。断固拒否だ。
ショックから立ち直って意志を固めると、ゆるゆると見せ付けるように羽鳥先輩が書類を揺らした。
「神埼さんとお茶がしたいのですわ」
「え、と」
直接は言っていないが、これはきっと俺が断ればこの書類は渡さないという脅しだろう。
言葉を濁す俺の傍らから冷えた声が念を押しにくる。
「眩、了承するのだ」
「アリス、お前っ」
ふざけんなよ何で俺が、という言葉を俺は何とか飲み込んだ。
アリスの眸がこちらをじっと見つめている。無言のまま視線だけで威圧の雰囲気を醸し出している。
闇を切り取ったような完璧な眸。俺の理想の眸。
「……わかりました。いつ行けばいいですか」
俺は顔を歪めながら要求を受け入れた。




