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朝に聞いた不穏なお茶への誘いのせいで、今日の授業の大方は身が入らなかった。顔色も相当悪くなっていたらしく、二時間目の国語の時には教師に保健室へ行くかと訊ねられる有様である。
勉強に追いついていかねばならない身だというのに、これは由々しき事態である。
はぁ、とこめかみをぐりぐりと人差し指で圧迫しながら、俺は図書館への道を急いでいた。
時刻は午後四時。臨時召集の時間は四時半とのことだったから、そんなにも急がなくていいのだが、なんとなく気が急いてしまう。本来ならば俺には行く必要すらない集まりだというのに。
苦笑を一人浮べてから、もう一つの懸念について呟いた。
「お茶は、何としてでも断らないとな」
俺の精神がやられてしまう可能性がある、どころではない、可能性大だ。
金曜日にアリスの家へ泊まると告げた際の、羽鳥先輩の恐ろしい顔を思い出して俺は身震いをした。
微笑んでいるのに殺気が出ている。恐らく生涯ナンバーワンとなるだろう怖い顔だった。
よもやトラウマレベルである。
「いやな、断ったってロクな眼に遭わないのはわかってるんだけどさ」
ぶつぶつと青い顔で独り言を呟きながら足を動かしていると、ようやく図書館の前に到着した。
相変わらず、貫禄のある建物である。
何処にでもありそうな校舎とは時空すら隔てたような佇まいに俺は苦笑した。
今日は勿論、鍵は掛けられていないので、扉はあっさりと開くことが出来る。
外が曇っているせいだろうか、エントランスは前に来た時より少し薄暗いように感じた。
それは古びた洋館独特の雰囲気と相俟って、何処となく荘厳さという言葉を想起させる。
確か、館内の位置口は中央の扉からだったか。
耳が痛くなるような静けさの中、無意識の内に足音を立てないように気をつけながら、館内に続く扉へ近寄る。そしてそっとドアノブを回して、開けた。
「あら、神崎さん」
「眩か」
「こ、こんにちは」
それぞれの位置で扉の方を見ていたらしい、三人の少女の声から一度に声を掛けられる。
カウンターの中で図書委員長らしく座っている、榎本先輩。
小さな文庫本片手に席に着いている、羽鳥先輩。
そして、羽鳥先輩から数席分離れた位置で腕組みをしている、アリス。
この場合は敬語で返すのが無難だろうか。
「……ども」
しまった、何かニュアンスを間違えた。これでは何処の根暗少年かという挨拶だ。
いやまぁ、あながち間違いと言い切れないところが哀しいんだけど。
だが幸いというべきなのか、三人の少女は思ったよりも挨拶のテンションなどには注意を払っていないようだった。
時計を見上げた羽鳥先輩が柔らかな微笑を俺に向けてくる。
「そろそろ委員さんもいらっしゃる頃合でしょうし、神埼さんもアリスちゃんのお隣にお座りになったらいかがでしょうか?」
「あ、はい」
若干拍子抜けのような気分にならなくもない。
大人しく言われた通りにアリスの隣の席へと移動し、着席する。
アリスはと言えば、俺如きに興味などないと示すように、ふんっと鼻を鳴らして横目で一瞥してきただけだった。代わりに、脇に文庫本を置いた羽鳥先輩が話しかけてくる。
「そうですわ、お茶のお返事の方はいかがでございましょうか?」
一番触れて欲しくない話題の直球ど真ん中をやってきた。
あわよくば忘れていてはくれていないかな、と考えていた俺の甘さが木っ端微塵に打ち砕かれる。
何というべきか、的確な表現が見つからないが、流石アリスより一枚上を行く人である。
もしかすると二、三枚以上上手なのかもしれないが。
俺は苦労をしてようやく、引き攣った笑みを浮べることに成功した。
「えっとですね、折角のお誘いなんですが」
「私の自宅の場所は、少しわかりにくいでしょうから、また後日地図をお渡し致しますわ」
行くことは決定事項なんですね。
既に拒否をするという俺の意志は入り込む余地を奪われてしまっている。
アリスもアリスだが、羽鳥先輩は羽鳥先輩で強引な性格をしているようだ。
何だかここ最近、特にアリスと出会ってから、ロクな眼に遭っていない気がするな、と俺は嘆息した。




