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アリスの眸  作者: 智汐瞑
第二章:依頼
13/25

12

流石のアリスでも、寝る時には俺を部屋から追い出した。


「君は隣の部屋でも使いたまえ」


しかし、当たり前だが部屋まで案内するという気は毛頭ないらしく、本を手繰りながら命令したというだけだが。

しょぼしょぼとする目を擦りながら時計を見上げると、そろそろ一時を回ろうかという時間になっていた。

道理で目が痛くなるはずである。かれこれ五時間以上ぶっ通しで作業をしていたことになるのだから。

明日は土曜日で学校がないからよかったものの、平日だったら授業の予習が出来なくなっていたところだった。進級が危うい身としてはそれは避けたかったので、安心する。


「アリスは寝るのか?」

「君にはアリスの睡眠の有無など関係ないだろう」


なけなしの優しさを掛けると、返されたのは取り付く島もない冷たい言葉だった。

元より大した期待などはしていないが、いささか傷付く。いやね、もう少し物の言い方ってものがあるでしょうが。ふん、とアリスは鼻を鳴らした。


「寝具はクローゼットの中、シャワーを浴びるかは好きにしろ。一応言っておくが、鍵の掛かった部屋には入ろうとするなよ。まぁ、入れないがな。あと、お腹が空いてるなら、適当に冷蔵庫の中でも漁れ」

「了解」


指摘されたことで、俺は空腹を思い出した。そういえば作業に没頭していて夕食を食べ損ねたからな。

こういう細かいところがアリスが優しいのか、それともただ傲慢なだけなのかわからなくなるので困るのだ。人には言っておいて、アリス自身は食べ物を食べる気はないらしく、そのまま本の調査へと戻っていってしまった。本に視線を落とした横顔を長い黒髪が覆い隠す。

多分、俺にはもうすることがない。いたところで寧ろ邪魔になるだけかもしれない。

そう悟った俺は、床に置きっぱなしにしていた荷物を手に取った。


「少しは休めよ」


アリスからの応答が返ってくることを期待してはいない。

俺はそっと音を立てないように、部屋から外の廊下に出た。


「えっと、隣の部屋だよな」


ひやりとした冷気を纏った床板が足裏を冷やす。電気を点けていないせいで暗いままの廊下を少しだけ移動した。閉めたアリスの自室の扉、その隙間から漏れ出る明かりがほんのりと足元を照らし出している。

お目当てのドアノブを手探りで探し当てると、俺はそれを回した。

同じような要領で照明のスイッチを入れる。

パチリ。


「うわ」


室内が仄かに青白い光に照らし出されて、そして、俺は思わず呻いてしまった。

別に部屋がとんでもなく汚かったから、とかそういったわけじゃない。

寧ろ目の前に広がっていたのはその正反対な様子だった。

まるで引越しをする前のような、何もないだだっぴろいだけの空間が広がっていたのだ。

アリスの自室にも家具はあまりないとは言え、ここはそれすら超えてしまっている。

生活感がないとか殺風景だとか、そんなものじゃ足りない問題である。

朽ちていない廃墟、とでも言い表せばいいのだろうか。

掃除だけはまめにされているのか、床に埃が見当たらないのが余計に痛々しい。

このマンションの部屋にはアリスしか住んでいないのだから、掃除したのもアリスなのだろう。

どういう気持ちでここをこんなままに放置しているのか、俺には検討もつかなかった。

買ったもの自体がそもそもそんなにないのか。

――それとも、アリスの言っていた鍵の掛かった部屋にそういう類のものを全部収納しているが故なのか。

生憎と言いつけに逆らってまで見てやろうなんていう反骨精神は備わっていないので、真相を知る手立てはないのだが。

アリスの部屋から持ってきた自分の鞄を、投げやりに室内の中央に放り込む。

何もない殺風景な部屋に、鞄が一つだけ。何だか嫌な組み合わせだ。

ふぅと溜息を吐くのと同時に、腹の虫がぐぅと騒いだ。

そうだ、何か食べよう。

アリスの言い方を借りるとするなら、冷蔵庫を漁りに行くことになるのだけれど。

飲み物ぐらいは用意して持っていってやったほうが良いのだろうか、と悩みながらキッチンへ向かう。

数回だけだが来たことはあったので、キッチンの場所は覚えていた。

電気を吐ける。相変わらすここも殺風景であった。

小さなテーブルに二脚だけの椅子。不釣合いなほどに立派なシステムキッチン。

椅子が二脚あるということは、アリスとはいえ一応来客を想定して用意しているのだろうか。

まぁ、実際俺も最近はちょくちょく来るようになったしな。数回だけど。

やれやれとわざとらしく首を竦めて見せてから、俺はでんっと鎮座している冷蔵庫へと向かった。

銀色の表面。一人暮らし用にしては明らかに大きい容積。いくらなんでもこんなにいらないだろう。


「電気の無駄遣いだよな」


他人の家の冷蔵庫を開ける、という抵抗から、ついつい無駄口を叩いてしまう。

少しの間躊躇した後、俺は思い切って扉を開けた。

仄かな冷気が頬を撫でる。青白い光。食品の影。

想像していたよりも冷蔵庫の中身は充実しているようだった。しかしあくまでも想像していたよりは、だ。

実態としては明らかに人が生活を営んでいるとは思えないラインナップのものばかりだ。

上段は見たところお菓子ばかりが詰め込まれているようなので無視する。アリスの好物なのかもしれないが、これで育ち盛り真っ最中の男子高校生の胃が満足するとは到底思えない。

下段を探すと、ようやく食事と呼べそうなものが見つかった。

コッペパンとジャム。朝食としか言えない組み合わせであるがこの際仕方がないだろう。というか、これ以上に良い組み合わせが望めそうにないのだ。

コップに牛乳を注いで、俺はその味気ない夕食をもそもそと食べ始めた。

――思った以上にコッペパンがぱさぱさしていて、不味い。

アリスがこの組み合わせを食べている姿が想像出来なくて、思わず口許に笑みを浮べた。

やっぱり後で、お菓子と飲み物ぐらいは持っていこうか。

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