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アリスの眸  作者: 智汐瞑
第二章:依頼
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球体関節人形を彷彿とさせる容姿、俺の理想を完璧に具現化した漆黒の眸。

アリスの特徴を述べるとするのなら、まず浮かぶのはそれらだろう。

次いで、傲慢、我儘、自分勝手な性格、とでも続けようか。

それだけだとアリスはただの性格悪い引きこもり少女となってしまうのだが、そんなことをひっくり返す魔法の肩書きが存在しているらしい。

アリスは探偵なのだ。いや、正確には自称探偵なのだ。

自称、を俺がつけると容赦なく殴られる憂き目に遭うのだけれど。


「おい、眩、今何か失礼なことを考えていなかったか?」

「そ、そんなわけないだろ?」


焦った。

突然に掛けられた声に俺は冷や汗を拭った。アリスは妙なところ勘が鋭いのだ。

作業を中断したついでに窓の外を見やると、もう既に日はとっぷりと暮れている。

見上げた壁掛け時計が示している時間は午後八時。本来ならば家に帰り着いていないとおかしい時間である。俺はふぅ、と溜息を吐いた。


「というか、アリス。本当に良かったのか?」

「何がだ」

「いや、だって、俺」


言いかけて、何となく尻つぼみになってしまう。

言い澱みながら、大した意味もなくきょときょとと辺りを見回してみた。

相変わらすに、女の子らしさの欠片も見つからないような部屋だ。そう、ここは俺の自宅でも、ましてや生徒会室の中でもない。ならここは何処かというと、ずばり、アリスの自室だった。

調査の手伝い、という名目で、半ば無理矢理泊まりにさせられたのだ。

それをアリスが言い出したのが生徒会室で、羽鳥先輩とひと悶着あったりしたのだが、それはまた長いので割愛する。

――俺だって、ある程度は健全な男子高校生であるのだから、羽鳥先輩の言う通りそんなのを平気で泊めるアリスの常識は狂っていると思うのだが。


「まだそんなことでまごついているのか、馬鹿め。大体お前が泊まりに来るのはこれで二度目だろう」

「いや、あの、一度目は、泊まりとは言えないのでは」

「黙れ、馬鹿眩」


ふんっとアリスが鼻を鳴らす。

傲慢お姫様には、俺のか細い反論なんて聞く価値もないと思われているようだ。

アリスが身動きするのと同時に、座っているベッドがぎしり、と音を立てるので何となく気まずい。

どうして俺が涙目で、アリスが平気そうにしているのだろう。

やはりアリスの常識がどうにかなってしまっているとしか思えない光景である。

はぁ、と溜息を吐きながら、俺はアリス曰くの一度目の泊まりの時のことを思い出していた。

――暗がりにぼんやり佇むアリスの矮躯、動けない俺、恐怖。あぁ、ろくな記憶が残っていない。

大方が恐怖か畏怖かといったマイナスの感情で塗り潰されてしまっている。

いや、ほとんど俺自身のせいなんだけどね。わかってるけどね?

眉間に寄りそうになる皺を揉んで戻し、俺は調査作業へと戻った。

調査作業、といっても、やっていること自体は簡単なことだ。

生徒会室から持ってきた被害本を全部、全頁見る、それだけなのだから。

大体調査しようって言ったところで証拠品が被害に遭った本しかないのだから、それを調べることぐらいしかすることだってないのだ。

なのにどうしてアリスが人手がいるといったのか、そこもよくわからない。自分が楽するためだろうか。

俺は山積みにされた本の中から一冊を取り出して一頁一頁を丁寧に捲っていった。

ずっと同じことばかり繰り返しているせいか、目がちかちかしてきている。

調べてきた本、そしてこれから調べるだろう本、に執念のように開けられた二つ穴にはもはや感服するばかりである。

これだけの被害本がある、というのは喜ばしいことではないのだろうけど。

ぺらり、ぺらりと紙を捲る音に、時折アリスが出す唸り声が混じる。


「むぅ」


重々しいというよりは、幼い声質のせいで可愛くしか聞こえない唸り声である。

ぱらり、ともう一頁捲ったところで、ようやく俺はお目当てのものを見つけ出した。

穴が開けられた頁、そこまでは他と全く同じである。

違いはその穴が二つではなく、四つ以上になっているということだ。


「アリス、おい、これにもあったぞ」

「見せろ」


声を掛けると、アリスはずいっとこちらに寄ってきた。

横着なのか、それとも俺に持たせておけばいいと思っているのか、自分の手にとって確かめようとはしない。首を突き出すようにして俺の手元を覗き込もうとするせいで、長い髪の毛がさらさらと手を擽った。

こそばゆい。そして、心なしか、良い匂いがする。

アリスの眸と目が合った時ほどではないが、胸が高鳴った。


「ふぅん、うむ」


俺の心臓に要らぬ負担を掛けていることに気がついてはいないらしい。

アリスは何かを一人で納得すると、首を引っ込めてしまった。

少しがっかりしたような、そんな気には断じてなっていない。

いや、なっていないって。俺だし、俺だから、うんうん、落ち着こう。

落ち着く、という目的も兼ねて、俺は少しぶっきらぼうにアリスに質問をしてみた。


「おい、アリス、これに何の意味があるんだ?」

「眩は知らなくてもいいことだ。言うだけ無駄だ。黙って次のを探せ」

「……」


手伝ってやってるのはいるのになんていう言い草だ。

しかしそう思ったところで強く出られないのが、哀しきかな、俺の性である。

諦めに溜息を吐いて、続きの頁を大人しく手繰り始める。


「その本は、後でここに置いておけ」


ぽふぽふ、と折角のそれを邪魔するかのように、ベッドを叩く音がした。

二重の意味を込めて俺は顔を顰める。

確かに俺はアリスの眸、率直にいうなれば眼球にしか興味がない。でも、幾ら確信を持っていても、少しは警戒というものをすべきじゃないんだろうか。俺だって眼球好きを除けばいたってごく普通の男子高校生である。そりゃ、アリスを多少は異性として見ているわけで。

そこで俺はアリスの身体を眺めてみた。

人形のように整った容貌、華奢な手足、黒い絹髪、色っぽさとは無縁な小さな身体。

学校から帰ってきてから着替えていないせいで、未だに制服を纏ったままだ。


「何だ、人をじろじろと見て。何か言いたいことでもあるのか」

「あ、いや何もない、デス」


喉元まで出掛かっていた言葉を飲み込んで、俺は曖昧に頷いた。

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