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アリスの眸  作者: 智汐瞑
第二章:依頼
11/25

10

「うむ、幸先良い日だな」


テーブルの上に置かれたお菓子の山を順調に消費していきながら、アリスはいたくご機嫌な様子だった。

小さな手が色鮮やかなマカロンを摘んでは、せっせと口に運ぶ。

最終的には両手で持って食べているあたり、いかにもアリスの幼げな容姿と似合っていた。

――さっきから食べ続けているのは別にいいのだが、一体この小さな身体の何処に収まっているのだろうか。

女性の体型事情を気にしない程度のデリカシーは持ち合わせているつもりだが、やはり気になってしまい、それとなくアリスのお腹の辺りに視線を送ってしまう。

何処にも栄養素が贈られていなさそうな矮躯。はっきり言ってしまえば、何時見ても変わらない、見事な幼児体型である。


「これでまた暫らくは、うむうむ」


ちらちらと横目に眺めている俺に気付かない程度には上機嫌であるらしいことがよくわかった。

アリスがこんなにも上機嫌なのは、勿論理由がある……らしい。

らしい、と曖昧な言い方しか出来ないのは、俺がその内容を直接知らないからである。

あの受諾の表明の後で少しの間羽鳥先輩とぼそぼそ話していたから、そこで何かがあったことが確かなのはわかっているのだけれど……。一体、何だったのだろうか。

首を捻りながら、俺もそっとお菓子の山に手を伸ばしてきた。


「眩、アリスはピンク色のマカロンがお勧めだぞ」

「お、おう」


本当はバタークッキーを取ろうと考えていたのだが、勧められた勢いのままに、ピンク色のマカロンを手に取ってしまう。

ここまで上機嫌だと逆に薄気味の悪さすら覚えてくる。

いつものアリスならば、俺が彼女の食べているお菓子に手を出そうものなら不機嫌マックスと罵詈雑言となるというのに――それは言いすぎだが――寧ろお勧めすら教えてくるとはどういう心境の変化だろうか。

にこにこと笑っている漆黒の眸が何を考えているのかわからなくて、俺は内心冷や汗をかきながら口にマカロンを放り込んだ。

――甘い。

ただ甘い。

すこぶる甘い。

胸が焼け付いて舌がでろでろに溶かされていくような錯覚すら覚える。

甘味が苦手な身としては今すぐに吐き出してしまいたいレベルの甘さだ。

だったら何で手を出したのだ、という話になるのだが。

それとなく平静を装いながら、紅茶へ手を伸ばす。

すっかり冷め切ってしまったそれを啜っていると、がちゃりと扉が開けられた。


「只今戻りましたですわ」


羽鳥先輩のご帰還である。

アリスとの内緒話の後すぐに何処かに呼び出されていった彼女は、心なしか憔悴したような顔になっていた。微笑みにいつもの力がない。

困ったように眉根を寄せて迷ったような素振りをみせた末に、羽鳥先輩はアリスを手招いた。


「ちょっとアリスちゃん、良いでしょうか?」

「ん、何だ?」


上機嫌アリスは毒吐くこともなく、大人しくその手に誘われていく。

これくらいの性格で安定してくれると助かるだろうな……。

ぼんやりと眺めていると、羽鳥先輩はちらちらと俺の方を気にしながらも、アリスに耳打ちをした。

何だが嫌な予感がするぞ。

ぴくっとアリスの指が、引き攣りを起こしている。

耳を澄ましても俺の位置からだと音としてしか聞こえない、そんな音量で羽鳥先輩は囁きを続けている。


「――で、――――が、――――ですの」


一、二分も経っただろうか。くるりと振り返ったアリスの顔には、先程までの上機嫌さが掻き消され、いつも通りの冷ややかな不機嫌さが戻ってしまっていた。

何だか事態はよく飲み込めていないが、嫌な予感だけは当たったらしい。

もう少しだけ安寧を味わわせて欲しかったのだが、それは無理な相談だったのか。

ふんっとアリスが鼻を鳴らす。


「わかった。それはそれできちんと対応しよう。代わりに一ついいか」

「出来うる限りのことは致しますわ」


アリスはむっとした顔のままで、腰に手を当てた。


「今日中にアリスのマンションに図書館の方の被害本と、資料を届けろ。資料はいつも通りメールで構わん」

「お安い御用ですわ。運搬に数人、執行部の者を向かわせますわ」


生徒会長の権限って凄いものだな。

あっさりとアリスの要求に了承の意を示す羽鳥先輩が眩しく見える。

確かに弓町高校は生徒会の権限が他校よりも若干強い傾向がある、とは耳にしていたが、まさか個人の要求に応じてすぐに人員を動かせるほどのものだとは思っていなかった。

ぼんやりと俺はここ数ヶ月の苦労の過去を思い出す。

――他校の事件の時は、俺が何度も往復をして荷物を全部運んだんだっけ。不覚にも涙が出そうになった。

熱くなった目頭を誤魔化すように頭を振ると、不審なものを見る目つきでアリスは俺を眺めていた。


「おい、眩。明日は授業はないな?」

「土曜日だし、確かなかったと思うけど?」


いきなり何を訊きたいのだろうか。

質問の意図が汲み取れなくて頭を捻っていると、アリスはうむと重々しく頷いて、いたって表情を変えずにとんでもないことを言った。


「作業に人手が要るから、眩、君は今日アリスのマンションに泊まれ」


一瞬だけ生徒会室に静寂が落ちる。


「は?」

「アリスちゃん、何を言いますの!」


次の瞬間、俺の間の抜けた声と、羽鳥先輩の悲鳴が重なった。

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