二番目のススメ
恵子は小さい頃からおばあちゃん子だった。
両親は共働き、おじいちゃんに当たる人は恵子が生まれる前に亡く
なっていたので自然とおばあちゃん子に、という訳である。
保育園から帰ると、恵子は友達と遊ぶよりもおばあちゃんと一緒
に過ごす時間を好んだ。元々活発な性格ではなかった。家で静かに
テレビを観たり、ゲームをやったり、本を読んだり、中でも一番好
きだったのは、おばあちゃんとお話をする事だった。
おばあちゃんは昔教師をやっていた経緯もあり、お話が上手かっ
たのも影響していたのだろう。
そんなおばあちゃん、恵子に物心がつくようになった頃から何
度も何度も言い聞かせていた言葉があった。
それは【何かを選ぶ時には二番目に好きなものを選びなさい】と
いうものだった。
不思議に思って訊ねた事もある。
「ねえ、おばあちゃん、どうして一番好きなものを選んではダメな
の? 普通は一番好きなものを選ぶんじゃないの?」と。
おばあちゃんは微笑みながらこう答えた。
「あのね、一番を選んでしまえばそこで終わりなの。それに一番を
選んで、結果満足出来なかったらカッガリしてしまうでしょ? そ
れに比べたら二番目は違う。仮に満足出来なくてもまだ一番が残っ
てる。そう思うだけでも希望がある。第一、心に余裕が生まれるも
の。でしょ?」
「ふ~ん……」
恵子にはその意味が分らなかったが、大好きなおばあちゃんの言
う事だから間違いはない、子供心にそう思った。
それからである。恵子が何でも二番目を選ぶようになったのは。
そう、例えば……こんな事があった。
小学校に上がる時、ランドセルを買ってもらうことになった。母
親は恵子の好きな色のランドセルを買ってくれると約束してくれた。
恵子が好きな色はピンク。だから母親はそのつもりでいたのだが、
恵子が選んだのは二番目に好きな水色のランドセルだった。
「恵子、本当に水色のでいいのね?」
「うん。それでいい」
「でもあんた、ピンクが好きじゃない。ピンクでなくていいの?」
「……いいの。もう決めた事だから」
そんな恵子の様子に母親は
「もう、おかしな子ね」
と呆れ気味だったが、おばあちゃんはそんな恵子の頭を撫でてくれ
たのだった。
また、日々の生活でもこんな事がある。
「ほら、恵子、ショートケーキを買ってきたわよ。色んな種類があ
るから好きなのを選びなさい」
母親が珍しく買ってきたお土産。白い箱の中には4つのケーキが入
っている。4つとも違う種類で、栗の乗ったモンブラン、生チョコを
使ったチョコレートケーキ、外国製のチーズを使ったレアチーズケ
ーキ、赤い苺の乗ったショートケーキだ。勿論恵子が一番好きなの
は苺の乗ったショートケーキであるが、ここで恵子は敢えて二番目
に好きなモンブランを選ぶ。恵子の好みをよく知っている母親は不
思議そうな顔をしていたけれど、それがまた恵子の気持ちを奇妙に
ではあるが、心地良くくすぐるのである。おばあちゃんとの秘密の
共有。そんな思いもあったのかもしれない。
今でも時折思い出す、特別な出来事もあった。
小学六年生の時、初めてバレンタインのチョコをあげたのも、二
番目に好きな浩次君だった。一番好きな啓太君の前に立つと緊張し
て何も言えないし、気持ちも苦しい。でも二番目に好きな浩次君に
なら満面の笑顔で、更にポーズも作って茶目っ気たっぷりにチョコ
レートをあげる事も出来る。この時、初めて恵子は二番目に好きな
ものを選ぶという事の本当の意味が分った気がした。
そう、二番目を選ぶというのは、心に余裕を持つという事。余裕
があれば周りもよく見えるし、失敗することも少ないだろう。恵子
はそんな風にも思うようになっていった。
そんな恵子が中学二年生の時、おばあちゃんが倒れた。脳溢血だっ
た。幸い発見が早く、一命は取りとめたが、以降、寝たきりの生活
になった。
「おばあちゃん……」
恵子は忙しい両親に代わり、おばあちゃんの面倒を看るようにな
った。
「恵子や、よくお聞き……」
「なに? おばあちゃん?」
いつものように枕元に座っておばあちゃんの世話をしている時だ
った。
「今までちゃんと話してこなかった事があるの。今日はそれを話そ
うと思うのよ」
「え?」
おばあちゃんの真剣な目を見て、これは……と思う恵子でもある。
「何かを選ぶ時には、二番目に好きなものを選びなさい、って教え
てきたでしょ?」
「うん」
「あのね、本当は……」
おばあちゃんはどうやって切り出していいものか、悩んでいるよ
うだった。無理も無いだろう。あんなにくどいほど言い続けてきた、
もはや宗教と言ってもいい程の言葉でもあるのだ。
「本当はって……もしかして……違うの?」
恵子の搾り出すような言葉におばちゃんは目を瞑り
「あのね……二番目を選びなさいと言うのは本当でもあるし、そう
じゃないとも言えるの。敢えて二番目を選んでいれば、心は平安で
いられる。一番目を手に入れられなかった悔しさからも逃れられる
しね。そう、余裕も生まれる。でも……」
「でも?」
「私がそう思うようになったのは、おじいさんが亡くなった時なの
よ。私はおじいさんが大好きだった。勿論一番。そんなおじいさん
と一緒になれてそれはそれは幸せだった。だから別れの時は悲しか
ったわ」
おばあちゃんの瞑った目から涙が溢れた。
「確かおじいさんがまだ若い時に亡くなったのよね?」
恵子の言葉におばあちゃんは目をこすりながら答える。
「そう。あなたのお父さんがまだ小学生の時だからね。その時、思
ったの。一番は失くした時に悲し過ぎるって。だからこれからは二
番目を選ぼうって」
「……」
「でもね、最近よく夢をみるのよ。それはおじいさんと一緒の夢。
幸せだった時の私たちの夢。あの時、間違いなく私たちは笑ってい
たのよね」
「うん……」
「やっぱり心から笑えるのは、一番好きを選んだからこそなのよ。
確かに二番目を選べば心は楽になる。けれど……」
そう言い終えてからおばあちゃんは口をつぐんでしまった。泣き
たいのを堪えているのだろうと恵子は思った。
恵子は考える。確かに二番目を選ぶようになってから、私は心が
楽になった。必死になる事もないし、絶望感を味わう事もない。ま
たそれが正しいんだと思ってきた。けれど……今でも時折思い出す。
小学六年生のあの時。初めてのバレンタインのチョコレート。本当
に渡したかったのは啓太君だった。今考えれば、自分の苦しい気持
ちから逃げてしまったのだ。逃げる? そうだ。自分との戦いから
逃げていたのかもしれない。
「恵子……普段は二番目に好きなものを選ぶのが正解だと思う。人
は心に余裕を持つ事が何よりも大切だから。だけど心から大切だと
思うものは、特に好きな人は、一番を選びなさい。例え相手から選
ばれなくてもそれを選んだのは間違いじゃないから。もしダメなら
次の一番を探す事。これが正解かな? いい? 人生に後悔はつき
ものよ。何を選んでも後悔はある。だからこそ、後悔の少ない人生
をね……」
おばあちゃんはゆっくり目を開けると微笑んだ。それから再び静
かに目を閉じた。そして再び起きる事は無かった。
「おばあちゃん?……おばあちゃん!」
今おばあちゃんは一番好きなおじいちゃんと再び会えたのだ。そ
う思うと余計に涙がこぼれた。
おばあちゃんの葬式が終わり、それまでずっと泣いていた恵子は
思う。やっぱり一番好きを亡くすのは苦し過ぎる。大好きだったお
ばあちゃん。私は今こんなにも苦しい。だけど……おばあちゃんと
の楽しかった生活。それを無い事には出来ない。楽しかったからこ
そ苦しいのだ。苦しいのは愛している証なのかもしれない。
今改めて思うおばあちゃんの言葉。普段は二番目に好きなものを
選びなさい。だけど心から大切だと思うものは、特に好きな人は一
番を選びなさい……か。
恵子は心に決めた。普段の生活では今まで通りに二番目を選ぶ。
それが心の余裕にも繋がるし、自分の好きな、穏やかな生活が過ご
せるだろうから。でも……肝心要の時には……そうよね、分ったわ、
おばあちゃん!
写真の中のおばあちゃんが、それでいいのよ、と笑いかけてくれ
た様な気がした。
心穏やかに過ごしたい方にはおススメの【何かを選ぶ時には二番目に好きなものを選びなさい】です。チャレンジャー気質の人には不向きかもしれません…




